秘密結社クリプティッドヒーローズ

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第1話 夢を見る

「えー、この時代では……」


 歴史について板書をしながら生徒に語りかけるのは、社会科の先生である愛菜あいな先生だ。


 そして、授業中にもかかわらず、うとうとしながら現実の世界と夢の世界の狭間を行ったり来たりしているのが俺だ。


 愛菜先生は生徒思いの優しい先生で、俺は先生のことを好ましく思っているけど、だからといって先生の授業までは好きになれない。


 そもそも、基本的に授業が嫌いだ。そして特にこの、昼休み終わりの歴史の授業はやる気が出ないし、眠たくなる確率がとても高い。


 それでも、愛菜先生の授業を真面目に受けるための努力はしたいと思い、窓の外を眺めて眩しい景色を瞳に映すことで、眠気を覚まそうとした。


 窓の外では、校舎の4階の高さまで育った樹が、枝葉をうんと広げ、太陽の光をいっぱいに浴びながら、サワサワと風に揺れていた。


 とても穏やかな日だ。なんだか……眠くなってきた。――いやいや、寝ちゃダメだ。


 頭をブルブルと左右に振り、眠気を吹き飛ばす。だが、しばらくすれば、また眠気が襲ってくるだろう。そこで俺は考えた。眠くなるのは、退屈だからだ。ならば、楽しいことを妄想すれば眠くならないのではないか、と。


 俺は机の前方のふちをじっと見つめるように視線を落とし、妄想を始めた。


 授業中に妄想をするのはおそらく初めてだが、休みの日とかによく妄想をしていたので、妄想することは慣れていた。そして決まって思い描くのは、ある日不思議な力を手に入れて、世界の平和を脅かす魔物を倒す、というファンタジー的なことだった。


 ときには困難にぶち当たることもあるが、仲間たちの力も借りながら困難を必ず乗り越え、危機にひんした世界を何度だって救う。正義の味方として人々から愛され、そして伝説として語り継がれる。そんな存在に俺は憧れていた。


 妄想の中では、俺はいつもヒーローだった。


『正義の味方だとか、ヒーローだとか、高校生にもなってそんなものに憧れるなんて恥ずかしい。せめて中学生までだ』と言う人がいるかもしれない。


 だが案外、そんなものに憧れている高校生は多いんじゃないかと俺は勝手に思っている。いや、高校生だけでなく大学生や大人の多くも、そんなものに憧れているんじゃないだろうか。


 ヒーローになりたい。そう夢見る人は少なくないはずだ。だけどこれまでに、この世界にヒーローが現れたという話を俺は聞いたことがない。つまりそれは、ヒーローになるのは簡単ではないということを説明しているのではないだろうか。


 なりたいと望むだけでなれてしまうほどの、単純な話ではないのだ。


 だけど俺は、望むことをやめたりはしない。望まなければ夢を掴むチャンスすら、やって来てくれないからだ。


 俺は、いつかヒーローになれると信じている。


 望む心や信じる心には、大きな力が秘められていると俺は思っている。非科学的で、子供っぽいと馬鹿にされるかもしれない。でも、信じていれば、どんな天才でも説明できない奇跡がきっと起こるはずなんだ!


 拳を握り、全身にグッと力を込めると、眠気は覚めた。


「この時代の主な出来事は……」


 先生の声がわずかに耳に流れ込む。しかし、俺の意識はすぐに自分の頭の中に向かっていき、妄想は続いた。


 もし不思議な力を手にするとしたら、どんな力がいいかな。魔法とか使える感じか? いや、すごい武器が使える感じがいいか? どちらにせよ、攻撃属性は火がいいな。炎がバーンって燃え上がる感じのやつ。かっこいい系で、派手で豪快な――。


竜晴りゅうせいくん。竜晴くん!」


 俺を呼ぶ誰かの声がどこからか聞こえる。……これは助けを求める声か?


「聞こえてますか? 火燈ひとぼし竜晴りゅうせいくん」 


 声は前方から聞こえる。そして、この声は聞いたことがある声だ。


 下げていた視線を前方へ向けると、そこにはジト目で呆れたようにこちらを見つめる先生の姿があった。


 ああ、妄想に夢中になって忘れていたが、今は授業中だったな。

 

「授業、ちゃんと聞いてる?」


「すみません! 聞いてませんでした。考えごとをしていたもので」


「そっか。そうやって正直に言えるところは竜晴くんの良いところかもしれないけど、今は授業に集中しようね」


「わかりました。頑張ります」


「うん。――じゃあ、授業を続けます」


 先生は黒板に向き直り、カツカツと音を鳴らしながら白色のチョークで板書をしていった。文字を書くたびに鳴るその音が実に心地よく、覚めていたかと思っていた眠気が再び襲ってきた。


 でも、頑張るって言葉にしたんだから、頑張らなくちゃ。


 俺は夢の世界へ行かないように意志を強く持ち、『寝るな、寝るな』と自分に言い聞かせることで現実の世界に留まるよう努力をした。


 その後、何度もこくりこくりと首を動かしてはハッとする、ということを繰り返しはしたが、無事寝ることなく授業を終えることができた。


 授業に集中できていたわけでないが、ひとまず今回は寝なかっただけ良しとしよう。次はもう少ししっかり授業を受けられるよう、頑張りたいと思う。


 さて、この後の授業は体育だ。急いで着替えなくては。


 女子たちは早々に教室を去り、残った男子たちはザワザワと騒ぎながら着替えを進める。


 体育の授業はあまり好きではないが、良いところもある。


 体を動かしている間は、眠くならないことだ。

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