第7話

 うえええええ~~~~~~~~んん!!!!


 私はウィステリア様の整いすぎているお顔を前にして、心の中で号泣しました。

 

 夕食後、ウィステリア様は約束通り私を部屋に呼びました。もちろん、人払いを済まして、です。

 ウィステリア様の体質は執事とメイド長以外知らされていないため、当然治療のことは秘密です。なので、傍から見れば夕食後に邪魔されずいちゃいちゃしたい恋人にしか見えません。ここに来る間も、すれ違った侍女や使用人から「本当にウィステリア様の恋人なんだ……」と驚愕された目で見られてとてもいたたまれなかったです。

 

 治療なのでやましい行為ではありませんが、密室で殿方と二人きりというのは心臓に悪いです。二人掛けのソファに座っているウィステリア様からさりげなく距離を取っていると、彼は私の腕を取りました。ひやりとした感覚に「ひゃあ」と声が出ます。

 

「そんな離れていては魔法をかけ辛いだろう。隣に座ったらどうだ」


 そう言ってウィステリア様は私の腕を引っ張り、横に座らせます。肩が触れ合いそうな距離。ウィステリア様は私の手を己の頬に当て、「頼む」と言って目を閉じました。

 

 公爵とのやり取りで薄々勘づいていましたが、ウィステリア様って天然でございますね? 距離感が恋人のそれなのですが!?

 

 直視すれば目が潰れるのではないかと恐れるほど美しいお顔を前にして、指先が緊張で震えます。もうこうなったらやるしかないです。わあウィステリア様のまつ毛長いと現実逃避しそうな己に喝を入れて、私は手に魔力をこめました。

 

「そ、それでは……始めます」


 治療開始の宣言をして、ウィステリア様の体温を下げていきます。

 前回と違って今回はウィステリア様があらかじめ体温調整なされていたので、大きく温度を低下する必要はありません。なので私は、温度調整よりも、保温効果に力をこめました。

 私の魔術の効果期間は、長くて三か月。今回は、実験ということで三日ほどに留めていきます。そして、ウィステリア様が右腕だけ体温調整をせず放置し、三日効果が続くか確かめる。三日を確かめたら今度は五日、五日を確かめたら七日、と徐々に期間を伸ばしていくと事前に話が付いています。

 私は目を強くつぶって集中しました。だって、ウィステリア様が目を閉じてくださらないのです。深い海のような瞳にじっと見つめられれて平然とできるほど、私の心は強くありません。苦肉の策として物理的に視界を閉じて、魔術に集中します。

 手のひらが冷たくなって、指先の感覚がなくなっていきます。その温度を一定に保つよう、魔力をさらに注ぎ込む。このくらいですね。私は目を開けて、ウィステリア様から手を放しました。


「お、終わりました。これで三日は保つはずなので、様子を見ましょ――て、きゃあ!?」


 ガシッと、ウィステリア様に手首を掴まれ、私は悲鳴を上げました。

 え、な、なにか、不手際が合ったのでしょうか!? まさか、まつ毛にマッチ棒五本ぐらい乗りそうと思っていたことがバレたのですか!? 違います、思っただけで実行しようとしたわけでは――

 

「冷たくなるとは聞いていたとはいえ、手のひらが真っ赤じゃないか。……これを」

 

 ウィステリア様は懐から小さな缶を取り出し、私に渡して下さります。蓋を開ければ、蜂蜜の香りがするクリームが入っていました。

 

「ハンドクリームだ。気休めに過ぎないが。今、湯を用意させるから、少し待っていてくれ」


「あ、ありがとうございます。……しかし、なぜ、ハンドクリームを?」


「治療のせいで、あなたの手を荒れさせるわけにはいかないだろう。今度からは事前に湯を用意させておく」


 そう言ってウィステリア様は立ち上がると、人を呼びに廊下に出ていきました。

 うーん。ウィステリア様、天然ですし言葉足らずで嘘が下手なお方なのですが、悪い人ではないのですよね。こういうところが氷の貴公子としてモテる秘訣なのでしょうか。

 その後、私はやってきた侍女さんに連れられてお風呂に入りました。なんで?


「ウィステリア様が、ラヴァンダ様を温めるお湯が必要だと仰っていたので」


「手を温めるだけで良かったのですが……」


「ついでに保湿もしてほしいと頼まれていたので、てっきり湯浴みのことかと。失礼しました」


「………」


 やっぱり言葉足らずです、ウィステリア様。

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