俺はS級ギルドから追放されることを望む

サマーソルト

第1話



首都から西へ遠く離れた平野。

木も草もない、一切の緑色が淘汰された赤茶色の大地を俺たちは歩く。


ここが今日の任務先。

討伐対象を探し始めてまだ数分も経っていないが、この地には遮蔽物が一切ない。お目当ての獲物を見つけるのに時間はかからなかった。


俺たちはそろって足を止め、空を見上げる。


「大物が降りて来るぞ、お前ら構えろ!」


大声で号令をかけるボスに従い、俺たちは各々武器を手に取りそれと対峙する。


討伐対象は空から雲を割って現れた。

ボスの黒丸サングラスと俺たちの瞳に映ったのは、身体も翼も爪も全てが深紅色の竜"クリムゾンドラゴン"。全長10mはくだらない巨体と膨大な魔力量から放たれる炎は、並のギルドなら一瞬にして焼き尽くされ、灰すら残らない。


炎の吐息フレイムブレスか! シチイ、防御頼む!」

「ボス、シチイもう行ってる」

「偉いぞシチイぃ!」


しかし、俺たちは唯のギルドじゃない。

世界で4つしか認められていないS級ギルドの一角『蒼の嵐』。その防壁係タンクである俺にとって、龍の吐く炎など真夏の熱風以下の脅威。


ボスの号令よりも早く俺は2人の前に出て、炎の吐息フレイムブレスを全身で受け止める。

自分の身体は炎に包まれ真っ黒に焼けこげる……ことなく、身に纏った白銀の鎧と巨大な盾で炎をはじく。


炎の吐息フレイムブレス中のドラゴンは一時的に無防備になる。と言っても、ドラゴンの鱗は鉄以上の硬度を誇るため、隙を付いたとしても有効打を与えられる人物は限られる。


その限られた人物で構成されているのが、S級ギルド。


「飛ばれると面倒だ、一撃で仕留めるぞ!」

「言われずとも」


"硬くて斬れないなら斬れるぐらいまで魔力を込めて斬ればいいじゃん"という脳筋理論を地で行くボスと、そんな脳筋と同等の火力を涼しい顔で繰り出せる女侍"ミコト"。

 

ボスの大剣とミコトの刀から繰り出された2つの斬撃は、ドラゴンの首を文字通り一刀両断。ドラゴンの頭は大きな地響きを立てながら墜落し、生命活動を止めた。


「いよッし任務完了。やっぱ防壁係タンクがいると連携が取りやすいな」

「完了じゃない。素材の回収と転送がまだ」

「っと、そうだったな。次も頼むぞシチイ」


そういってボスは激高するように、鎧の上からバシッと俺の背中を叩く。ミコトも目を合わせてはくれなかったが『今日もグッジョブ。頼りにしてる』と素材回収中に親指を立ててそう言ってくれた。


鮮度が命である素材類を先に回収・保存し、残ったドラゴンの死骸は転移札を張り付けてアジトへと転移ワープさせる。


一通りの作業を終えたら俺たちもアジトへ帰還する。転移札はS級ギルドの俺たちにとっても安くない代物、節約のため帰路は徒歩だ。一日で帰れる距離ではないから、途中にある街で一泊することになるだろう。


「そんじゃ、俺たちも撤収するか。ここから一番近い街はどこだ?」

「"ミルア"。ここから東北東」

「ミルアか。確か地酒が有名な街だったな。よっし、今晩はそこに泊まろう! ミコト、晩酌付き合え。色っぽい服装で頼む」

「嫌。死んでも嫌。うざっ」

「………シチイぃ、俺そんなにうざい?」


俺はアハハと苦笑いするだけして何も言わず、先を歩くミコトについていく。こういう関係性は何かと心地よい。


小心者で根暗で友達も碌にいなかった転移前の人生からは考えられない程充実した人生だ。

強く頼れる仲間たちに囲まれ、時には命を懸けながらも波乱万丈な日常を過ごす第二の人生。

最高だ、神様には感謝してもしきれない!


これからもS級ギルド『蒼の嵐』の防壁係タンクとして、自由と希望に満ち溢れた異世界転移生活を満喫していくぞ!





*ーーーーーーーーーーーーー*





「なんて言うと思ったか神のクソボケェ!! 辞めてぇ!! ギルド超辞めてぇ!! あ゛あ゛あ゛ああああああッ!!!!」

  

任務を終え、ミルアの宿。

俺は鎧を脱ぎ捨てベットに飛び込む。枕に顔を埋め、自由と希望の欠片もねぇ今の異世界転移生活で溜まった不満を、汚い叫び声と共に盛大に吐き出した。

部屋は最上位レベルの防音壁が張ってあるから、隣部屋からの壁ドンされる心配はない。

 

「くっそぅ……こんな目に合うぐらいなら要らねぇよこのスキル……マジで呪うぞ神ィ……」


後悔で涙で枕を濡らし、神への不満を零す。


"完全魔力耐性"。

それが俺をS級ギルドの防壁係タンクたらしめさせやがる、神様からもらったスキル。

 

スキル自体は有能オブ有能だ。魔力至上主義であるこの異世界『イグニティア』において、俺はまさに生きた盾。俺を傷つけられる魔法は存在しない。このスキルのお陰で命拾いした回数は数えきれない。


デメリットはスキルの性質上、俺自身に魔力が全くないこと、ドラゴンみたいに素の力がべらぼうに強い相手には一人じゃ手も足もでないこと。

しかし、それを差し引いてもおつりが帰ってくるほどの強スキルには違いない。現に俺はS級ギルドの一角『蒼の嵐』の防壁役タンクを担えているのだから。


そう、担えているのだ。


転移する前、日本で生きていた当時の俺はヒーローに憧れていた。

悪を挫き、人々と世界を守るために戦う正義の味方。もし自分に力があったならば、そんなスーパーヒーローに俺はなりたかった。


だが理想と現実は違った。

いざ力を与えられ、初めて戦線に立ち、自分の命を狙う敵と相対したとき。自分にはヒーローの素質がないことを嫌というほど思い知らされた。


俺の心を埋め尽くしたのは恐怖。

単純に戦うのが恐いのだ。


異世界転移して6年、ギルドに加入してから4年経った今でも、俺は戦いを恐れている。この恐怖心は慣れとかでどうこうできるものじゃない。

いくら相手が魔物や害獣でも、もう命のやり取りはしたくない。


それでも、今まで恐怖心に耐えてまで戦ってきたのには理由がある。

単純に生活費を稼ぐためだ。


S級ギルドともなると受ける依頼の危険性もS級だが、その報酬もS級だ。

"蒼の嵐"はS級ギルドの中でも異例、たった6人で結成される少人数ギルド。当然一人分の取り分も高くなる。"蒼の嵐"に所属して4年、既に生涯食っていける蓄えはできた。

俺にはもう無理をして戦う理由はない。



だから辞める。

絶対に辞める。

意地でも辞める。



俺はリュックから一枚の封筒を取り出す。

そう、辞表だ。前々から準備はしていた。


きっとボスは今頃『任務達成後のぼっち酒はうめぇなチクショウ! ウイスキー樽で持ってこい!!』と近くの酒屋で一人泣き上戸と化しているはずだ。アルコールで思考回路が鈍った今のボスにこれをパッと渡し、いろいろ言われる前に退散しよう、そうしよう。

んでもって、物価の安い土地でのんびり余生を過ごすんだ。


俺は辞表を折れ曲がらないよう丁寧に尻ポケットに入れ、自室を出る。

 

「……あれ、シチイもごはん?」


部屋を出てすぐのところでミコトと遭遇。

黒髪のショートヘア、常に眠そうな琥珀色のジト目、俺とあまり変わらない170cm台の高身長。いつもは洋風デザインの黒色の着物を着ているが、今はオフだからか、大きめのパーカーを羽織っている。


飯を食べに行くみたいだが、となると行き先は俺と同じく隣の酒屋か。

できれば一人でこっそり行きたかったが仕方ない。別れの挨拶も大事だ。後腐れがないよう、ミコトにも辞めることを話しておこう。


「酒屋には行くけど俺は別用。これをボスに渡そうと思ってな」


俺はミコトに封筒を見せる。

"辞表"の二文字が見えるようにしっかりと。


ふと思う。ミコトはどんな反応をするのだろう、と。

俺が辞めるのを引き留める……はないな。付き合いは長いけど特別仲が良い訳でもないし。


ミコトは感情の起伏が少ないドライな女性だ。

きっと俺が辞めると知っても「ふむ、お達者で」とポーカーフェイスを崩すことなく、いつも通りの顔で言うに違いない。


「……? これって、どれ?」


しかし俺の予想とは裏腹に、ミコトはきょとんと首を傾げた。

小動物みたいで可愛い反応だが、今その反応はおかしくない?


「どれって、これだよ。この辞表が目に入らぬか」

「そんなのどこにもない」

「いや目の前に」


あるでしょ、そう言いかけた時、不思議なことが起こった。

持っていた筈の辞表が、まるでシュレッダーにかけられたように俺の手から散ったのだ。


紙吹雪と化した辞表は床に散らばり、唯一指で掴んでいた部分だけが辞表の原型を保っている。保ってるとっても全体の一割にも満たず、辞表としての機能は失っている。


俺が唖然とする中、ミコトは一切表情を崩すことなく、腰に携えていた鞘にキンッと刀を納める。


「ささ、ごはんいこ。私が奢る」

「いや、えっ、は?ちょっと待って。これミコトさんの仕業? ミコトさんが斬ったの?」

「ちょっと刀を振るったら斬れただけ。断じて他意はない」

「他意しか感じられないんだけど! 木っ端微塵なんですけど! つーか何で斬ったの!?」

「そこに辞表があったから」

「理由になってねぇよ!」

「それより今日は任務達成祝い、灰皿テキーラでオールナイト」


部屋に戻ってもう一度辞表を書き直そうという俺の魂胆が読まれたのか、ミコトは強引な話題転換をしながらガッと俺の腕を掴む。

この時点で詰みではあるが、俺は諦めが悪い方。最後まで足掻くのをやめない。


「嫌だ嫌だ離せァ!! 俺はもうギルドを辞めるんだ!!あとお前とだけは絶ッ対に飲みたくない!」

「安心してほしい。数日分の記憶がなくなる程度に飲み明かす。悲しむことなし」

「だから飲みたくないんだお前とはよぉ!」


俺の慨嘆は右から左へ受け流され、ミコトに酒屋へと引きずられる。腕を掴む力強さからは「逃がさん。お前だけは」という強い意志が伝わってくる。

誠に情けないが、イグニティア人の筋力は地球人のそれと比べて非常に強いため、抵抗してもあまり意味がない。

口では嫌だ嫌だと言うけれど、身体は酒屋へドナドナされることを受け入れていた。


ふと、うっすらとだが記憶が走馬灯のように蘇る。

今のミコトとのやり取り、たぶん初めてじゃない。過去にも似たようなやり取りをして、そして飲まされ記憶を消されている。


ようやく理解した。

何故今まで何度も辞表を用意しているにも関わらず、ギルドを辞めることができなかったのか。今回みたいなことを繰り返してるからだ。


このままでは俺はアルハラを受け、記憶が無くなるまで飲んだり吐いたりを繰り返し、ミコトの思惑通り数日分の記憶が消し飛んでしまう。そう何度も同じ轍を踏んではギルドを辞める前に肝臓が寿命を迎えてしまう。


冗談じゃない。俺はもう決意したんだ。急性アルコール中毒でポックリ行く前に絶対に辞めてやる。辞表なんか無くたって構うもんか、何としても今日中に、俺はギルドを辞めるぞ!!

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