第35話 女神の正体⑤

「黙りなさい、穢れた女神め。」


「ぎゃう!」


 ミィの拳がケタケタと笑う女神と名乗っていたものの頬に叩き込まれる。汚い悲鳴をあげたそれは地面へと叩きつけられて静止した。しかし、すぐに動き出し、ぐねぐねと気持ちの悪い動きをしながら立ち上がる。


「なぁにするのよぉ。私はあなたよりも早く生まれてきたのよぉ?いわば先輩なのよぉ?先輩にこんなことしてただで済むと思ってるのぉ?」


 奇妙に間延びした喋り方に、ミィが顔を顰める。


「あなたと一緒にしないでください。たとえ女神として生まれたとしても、あなたは反女神に堕ちた存在。最早女神でも何でもありません。」


「ひどいわねぇ!」


 ゲラゲラと笑う反女神を見て、亜月は「反女神って?」とライヤードに尋ねる。ライヤードは亜月の頭を撫でながら教えてくれた。


「もともとは女神だったんだけど、欲に塗れて聖なる力を捨て去ったもののことだよ。女神とは程遠くて、どちらかというと邪神とかに近いかなぁ。」


「魔王みたいに…?」


 亜月が心配そうに尋ねると、優しい笑みを浮かべてライヤードが首を振る。


「魔王って別に悪役じゃないんだよ。ただ魔族を統べる王様ってだけ。僕から人間に意地悪したことなんてないんだよ。…でも反女神は違う。反女神はね、女神が反転した存在なんだ。だから何よりも人間を愛して、慈しむ女神とは反対に、徹底的に人間をいたぶって、絶望させて殺していくんだ。」


「そーのーとーおーりー!さすが魔王、分かってるわねぇ!あはは!」


「どうしてそんなことを!」


 亜月が悲鳴のような声を出すと、反女神はにっこり笑う。


「理由なんていらないのぉ。ただ人間をいたぶるのが楽しいだけなんだからぁ。人間の断末魔の声ってね!とーってもおかしいのよ?んぎゃあー!とかぎえーとかってね!あは!あははは!御門とサキラにもそんな声を出してもらおうと思ってたのにぃ!あんたらが邪魔するんだもん!」


 ふわりと空中に浮いた反女神が、クルクルと回りながら文句を言い始める。


「正義感の塊の女と男を聖女と勇者にしてやったのよぉ。勇者なんてわざわざ異世界から連れてきてやったのぉ!やる気になっててすっごく滑稽で可愛らしかったわ!どっちも大した力なんて持ってないのにねぇ!だからこそこんなに小さくて愚かな人間を好き勝手にできると思ってたのにぃ!!!!何で女神と聖獣が来るのよぉ!聖獣なんて!私が!殺してやったのにぃ!!!」



「やはり、あなたが先代の聖獣を殺したのですね。」


 ミィが怒りを押し殺したような声で呟く。反女神はうっとりとした表情で頷いた。


「そうよぉ!人間のガキを人質に取ったら何でもさせてくれたのぉ!切り刻んであげたわぁ!すっごく楽しかったわぁ!あははは!!!…なのに!なのにぃ!なんで聖獣がこの世界にいる!!!!!」


「…あなたに殺された聖獣が、次代の子が殺されぬよう異世界にその魂を送ったのです。そして、最後の力を振り絞ってまだ生まれたてで弱かった私に魔法をかけ、あなたに女神とバレないようにしてくれた。」



「えぇ!あいつそんなことしたのぉ!もっと細かく刻んでやれば良かったぁ!」



「…外道め。」


 ミィの周りの空気が一気に冷え切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る