第58話 帰宅おじさん


 ザルツオムと開拓拠点を結ぶ街道の整備には、二週間をかけた。

 二週間で済んだというべきか、二週間もかかったというべきか。


 『05式魔導作業鎧』を着た冒険者さんを十個の班に分けて、そのうち八班に鉱石と『魔石』の採取、一班に『魔石の石灯篭』と『簡易版クラフトエナジーケーブル』の設置をお願いし、残り一班は休息という形で業務を回した。

 俺はもちろん、ひたすら『石灯篭』と『ケーブル』の作成である。

 『ケーブル』とはいうものの、糸状ではなく棒状の道具だ。

 金属を多く含んだ未精製の鉱石と『精製魔石』を『魔女鍋』で煮込んで『クラフト合金・超低純度』を作成して棒状に伸ばし、『魔導合成板材』製の細長い箱で保護しただけの、簡単なシロモノだ。

 伝導性はやや低いが、『クラフト・リアクター』の発エナジー量も多いし、街道ぶんの『石灯篭』を動かすには問題ない。


 いずれ、素材がそろってきたら、より上位のモデルに替えるつもりだし、いまは『簡易版』で我慢するしかない。

 ラティーシャちゃんが『地ならし』で作った道は、結局のところ、土の道に過ぎないのだ。

 固められていても、雑草や木の根の浸食は防げない――いずれ、コンクリにせよ、石畳にせよ、レンガ道にせよ、大幅な改修は必要になるだろう。

 特に自動車のような馬車より重い移動装置を作り始めたら、道幅も道路の強度も今までの数倍は必要になる。


 現状はとにかくスピードとコスト重視で進めて、資材の充足と、未だ決まらない弟子たちの成長にあわせて、適宜発展させていけばいい。

 ザルツオムと開拓拠点『ティリク・ベース』の往来が簡単になれば、銀級以上の強者だけでなく、商人や弟子も来てくれる……はずなのだから。

 弟子の選定については、もうラティーシャちゃんに丸投げしよう。


 ……なお、ラティーシャちゃんを二週間も放置しているので、現在は完成した街道で、さっそくザルツオムへ帰っている最中である。

 馬車の御者席で、コルンさんに馬の扱いを習いながら。

 馬って難しいな。自動車と違って、自分が信頼するだけでなく、相手に信頼される必要があるところが、特に。


〈二週間も相棒から離れるなんて、ファビなら耐えられないけどね〉

「そりゃ、ファビはそうだろうなァ。でも、ラティーシャちゃんはホラ、しっかりしているから、ひとりでも大丈夫でしょ」

「いけませんよ、ケンゾー様」


 コルンさんが眉をしかめて「めっ」の顔をした。かわいい。


「しっかりしているかたほど、無理をしやすいものです。帰ったら、ラティーシャ様をしっかり褒めてあげてくださいませね」

「はい。しっかり褒めます。……コルンさんも、二週間もの長丁場、ありがとうございました。コルンさんのおかげで、快適に過ごせました」

「あら、わたくしのことも、褒めていただけるのですね? うふふ、こそばゆいものですね」

〈ねえ、相棒。ファビは?〉

「ファビも偉いぞー、自慢の娘だぞー」

〈えへへー。……なんか雑じゃない?〉

「そんなことないぞ。実際、ファビのおかげで体力がついていたから、二週間も鍛冶場で仕事ができたんだ。そういう意味では、ファビがいちばんの功労者だなァ」

〈いちばんの功労者! いいでしょう、その言葉、受け取ってあげる〉

「なんで上からなんだ……?」


 くすくすと隣のコルンさんが笑う。

 なお、今回も俺が御者席に乗っているのは、馬車の座席に質のいい『魔石』を大量に積み込んであるからだ。

 ザルツオムに持ち帰り、商人に安値で流して「ティリクの森の恵みが市場に出てきたぞ」と周知する作戦である。

 低純度で売り物にならない『魔石』は『ヒトノミカヅラの溶解液』で洗浄し、『魔女鍋』で合体させることで『精製魔石』にできるから、高品質の『魔石』を保持しておく必要もないしな。


 女戦士さん曰く、「商人どもが後生大事に抱えている高品質な『魔石』の価値が暴落する」とのことで、質は『精製魔石』のほうがいいのだろうが、『魔女鍋』さえあれば簡単に作れるからねェ。

 その『魔女鍋』も、弟子にレシピを教えなければいけない設備の筆頭。

 『精製魔石』は、必ず世に出回ることだろう。

 つまり――高品質の『魔石』は、いずれ、必ず値崩れを起こす。俺のせいで。

 そんなものを商人に売るのは、いささか気が引けるのだが、今はとにかく金が要る。

 冒険者さんに払う金も、市井に回す金も、我がイザヨイ領には全く足りていないのだ。俺は借金を増やす気もないし、踏み倒す気もない。

 未だ見ぬ商人さんたちよ、格安で売るつもりだから許してほしい。


 ちなみに、『魔石』は地面から結晶状に生えてくる。

 なぜ地表に生えるのかはわからないが、おそらく答えがない類の質問だろうな。

 正太郎くんは現在最古の転生者で物知りなショタジジイだが、歴史すべてを見てきたわけではない。

 彼よりも古い転生者がいて、そういうひとたちがダークエルフの古代魔法【マジカルキッチン】を持ち込んだり、地面から生える『魔石』を持ち込んだりしたのだと思う。

 なのだと呑み込んで、適応していこう。

 この世界のどこからどこまでがシステムによって構築されているのか、わからないわけだし、考えるだけ無駄だ。

 もしかすると、惑星の成り立ちすらも――つまり、女神様とやらさえも、最初の転生者が持ち込んだのかもしれないと、俺は思っている。

 教会勢力に怒られそうなので、だれにも言わないが。


 復路は、ロングハンドの妨害は受けず、するりと帰り着いた。

 朝に出て、昼には着くのだ。馬車様様、街道様様である。

 城壁を抜けて街を進み、さらに『大鍛冶城2』の城壁を抜けて歯車城に到着。

 出迎えてくれた兵士(馬を貸してくれた人だ)に馬車の片づけと荷運びをお願いして、俺たちは執務室に向かう。


 執務室内では、ラティーシャちゃんが羽ペンを片手に大きな口を開けて、冷めた茹でトウモロコシにかぶりつこうとしているところだった。


「あ、おかえりなさもぐもぐかきかき」

〈挨拶するか食べるか仕事するか、どれかにしなよ……〉


 うむ。いろいろ、積もる話はあるものの……。


「コルンさん、ひとまず、ラティーシャちゃんにご飯を作ってあげてもいいかな。あったかいやつを」


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