第21話 夜明け
一年でもっとも長い夜。都大路に冬の市が立ち並んで明かりが灯る。年を越すための買い物や催しに、寒々とした空の下、人々は夜明けまで続く祭りに集っていた。
その人混みに紛れ、キョロキョロと挙動不審な男。
「陛下、こちらです。はぐれないように!」
リアリナは王を街へと連れ出していた。絶対に信頼できるという護衛を1人だけ連れて。大柄な護衛は寡黙に付き従い、人混みに流されそうになる王を上手く誘導する。
店や屋台が立ち並び、店主は威勢よく声をかける。そこかしこで酒を飲んだり、屋台の立ち食いをする姿が見られた。地上の明かりが暗い夜の空を灯す。
リアリナは大通りから路地に入った、『跳ね馬亭』に入った。あれ以来、アップルパイを何度か買いに来ている。
いつも以上に騒がしい店内だが何とか3人座れる席が空いていた。立ったままの護衛も、王は一緒に座らせたので、席はぎゅうぎゅうだった。嫌でも顔が近くなる。
「さて、リアリナ。余をここまで連れてきた訳は?」
「それはじきにわかります。さ、陛下何を注文します?」
王はワインを、護衛は飲むわけには行かないとリアリナと同じコケモモのジュースを頼んだ。リアリナが料理を注文する。
地味な色味の服を着た男。よくよく見れば、生地や縫い取りに至るまで上等な物とわかるが、この店内では誰1人、この男が王だとは気づかない。
王はワインに口をつけると眉をひそめ、
「まぁ、こういう店なら仕方あるまい」
と言ってそれきり置いてしまった。だが、料理は口にあったようで、護衛が味見した後に食べ進める。次第に耳が慣れてきて、周りの話し声が聞こえるようになる。
一番口の端に登るのが、冬の市の話。それから美味い店や酒、娼館の女、田舎の親戚の話、新しく出来る神殿の話、街道の橋が壊れかけている話……
「お分かりですか?これが、3年間陛下が治めてきた国です」
王はリアリナの顔をじっと見た。
「先王、先々王は国防と対外政策に力を入れていました。それにより、領土が増えたのも事実です。ですが、その間、この国の男たちは兵役に取られ、国内の経済は停滞していました。3年、ようやくここまでの規模で冬の市が戻ってきたのです。領土を増やすだけが名君の証ではございますまい」
ちょうどアップルパイが席に届き、リアリナは切り分けて護衛と王の前に置いた。
「今、この国は民が笑って呑気に酒を飲み美味いものを食べる事ができる。これが陛下のなされてきたことです」
じっとリアリナの話を聞いていた王はワインをグッと飲み干した。
伝わったどうかわからない。本当はグラーツの命乞いやノルトハイム公の奸計も訴えた方がいいのだろう。だが、今それを言っても王には届かない様な気がした。
王宮を抜け出した時と同じように、王しか知らない抜け道を通り寝室へ戻る。王はまた窓から今までいた街を見下ろしていた。すでに空は白み始めている。
「リアリナよ、今宵は久々に面白い夜であった。礼を言う」
「も、もったいないお言葉です」
リアリナにはここでしばらく待つ様に言い残し、王は部屋を出て行った。
リアリナはへたへたとその場にしゃがみ込んだ。何て長い芝居、というと大袈裟だが、似たようなものだ。こんなに学術や本のこと以外で話すことあっただろうか。しかも、王に対して偉そうなことをべらべらと!
じきに夜は明ける。グラーツの身は無事だろうか。唯一のよすがは、部屋に戻ってきた時、王の目に光が戻っていたように思えたことだった。祈るしかない。
部屋を出た王はすぐに議会の招集を命じる。すると、不思議なことにすでに議会には議員たちが集結しているという。そのままの足で王は向かった。議会の部屋の前で1人待つ男がいる。
「おはようございます陛下。良い夜をお過ごしになられたようで」
「カル・ゴートか……」
王は眉根をひそめる。重苦しい音をたて、議会の扉が開かれた。
早朝、王宮からの使者によって気持ちの良い眠りを妨げられたノルトハイム公は、慌ただしく王宮に朝参した。
王の広間に通され、真ん中でひざまずく。周りには議員や大臣たちが居並ぶ。
「ゲオルグ・ノルトハイム公よ。領地への謹慎を申しつける」
罪状と証拠を大臣が述べ、ノルトハイム公の反論する余地もなかった。
諸侯たちが去った後、王は牢から出されたグラーツがリアリナと抱き合う様子を高い窓から眺めていた。
「コンラート王の英断に誉あれ!」
音もなく背後に立つカル・ゴートに、王は嫌そうな顔をする。
「ふん、嫌味か。思ってもいないことを」
「これに懲りましたら、甘い言葉だけを使うものを近くに置くのは考え直した方がよろしいかと」
「お主にとって王はすげ替えのきく頭にしかすぎないのだろう。父でも兄でも、ゲオルグでも良かったのではないか」
「左様でございます。王とは場合によっては頻繁に変わるもの。だからこそ、民としては、『よりマシな王』を選びたいものですな」
「やれやれ、ゲオルグよりマシか。随分な褒め言葉だ」
街を見下ろす宮殿の窓には、すでに明るい朝日が差し込んでいた。
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