第13話 自覚
週末の恒例となった馬の練習をリアリナは2回も続けて断った。断るしかなかった。今、グラーツに会うわけにはいかない。会ってはいけない様な気がしていた。
時折図書館で顔を合わせるくらいでも、動悸が激しくなり、頭が真っ白になるのだ。まとわりつく男達相手の時のように、平静・平常心を、と思うがいつもうまくいかない。もしこれが二人っきりになったら、自分がどうなるかわからない。それが恐ろしかった。
その日はリアリナは仕事を早く切り上げ、図書館の目立たない端の方で医学書を読みあさっていた。
この症状はなんなのか。動悸、息切れ、胸が痛むような変な感じ。夜も眠りづらい。体がおかしいのか、頭がおかしいのか。
特筆すべきは、グラーツを見ると、余計に症状がひどくなることだった。
「お、今度は医学書か。今度は医者を目指すのか?」
「グ、グ、グラーツ様?!」
気がつくと、グラーツが傍にいた。飛び上がりそうになる。当の本人を目の前にするとより一層動悸が激しくなった。
グラーツは少し眉をひそめた。
「もしかして、リアリナ殿、どこか具合でも悪いのか?だから馬の練習も休んで」
「い、いえ、あの、ちょっと……そうですね……」
声が裏返りそうになる。
「確かに、顔が赤いな。熱は?」
グラーツの手のひらが額に当てられる。それだけで、頭が、心臓がおかしくなりそうで。でも、決して不快なものではなく。
「平熱か。仕事のしすぎじゃないか?俺を見習うといい。手を抜けるところはとことん手を抜く。サボれる時にサボっておく。ハインツに給料泥棒と何度言われたことか」
リアリナは思わず吹き出した。
そのままグラーツに送られて帰る。あんなに恐れていたのに、2人きりはむしろ心地よくて。舞い上がりそうなほど心が震えて。寮に着くまでに話す他愛のない話が楽しくて。家に着いてしまうのが惜しいとさえ思えた。
「今日もありがとうございました」
「リアリナ殿、もし馬が負担なら止めにしても構わんからな」
「いえ!決してそんな事はないです!もっとしたいんです!」
「そうか?ならよかった。俺もちょうどいい息抜きになってるんだ。美味い飯屋を探す口実にもなるしな。まぁ、少し休んで体調が良くなってからにしよう。馬は逃げない」
夕暮れの赤い日に、グラーツの焦茶の髪の縁が透けて金色に光る。いつも通りに笑いかけてくれる声と顔が、鮮明にリアリナの目に映る。
グラーツはいつものように頭をポンと撫で、去っていく。それがいつも以上に温かく感じられる。
ずっと残る余韻に、リアリナはこの気持ちが病気でも何でもない事をようやくわかった。
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