BD-1

飯沼孝行 ペンネーム 篁石碁

第1話 ブラックディーラー


 深夜のオフィス街。

 烏の濡れ羽のような漆黒の空間が辺りに充満し、冷気を吸って言葉を沈黙させていた。

 晩冬の闇の粒子が執拗しつように纏わり付く。

 このまま永遠の別れを叩きつけられたような時間から、鈍化どんかした感情を呼び覚ます光は、もうすぐ復活するが、たとえそうであったとしても、この男達の街は終わることのない戦いの場を止めようとはしない。

 

 歪んだ足音が響く。

 

 その硬直する音が夜気を切り裂き、この男の存在を空間に焼き付かせる。

 その男は思考を止めない。

 男と男を、星と星とを繋ぐ神話の世界に譬えて、男達は働く会社を一致団結させようとする求心力、カリスマ、星座の中で一番光り輝く星になるべく頂点を目指し、今日も働く。 

 そのモラトリアムとしての深夜、惰眠だみんむさぼやからはこの戦いで負けを認めざるを得ないだろう。

 懴悔ざんげの時間はもう終わりだ。

 その男は至高を止めない。トップを目指す為に。

 その男は紫紅を止めない。鮮やかな色を狂気と呼ぶ。

 青に赤。そんな心のスペクトルを分析した時、冷静沈着、クリスタルブルーに染まっているのが、この男だ。

 そして、心の奥底に沸々ふつふつたぎっている情熱の赤をも大事にする。それが、この男だ。

 言葉。音の交響曲。それも意味を持った。

 その言葉の群れを紡ぐ無数の存在がいなくなったこの金融街に、一人の男が立っていた。    

 男の名はおう 龍丹ろんたん。ワン一族のろんたん。B《ブラック》・D《ディーラー》―1と呼ばれる男だ。

 ディーラー。証券会社で株式や証券、外貨、外国 為替かわせの自己売買業者の事だ。

 だが、この世界では違う。

 コンピューターにおけるロールプレイングのオンラインゲーム上で活躍するプレイヤー自身に株価をつけるシステム。

 そんなシステムが確立して早十年。舞台は男を待っていた。

 遠く異国の地で奇跡の魔術師と謳われ、驚くべき確率で株価予想をする天才、龍丹。

 その男がこの国、西京証券取引所に帰って来た。


第一話 了

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