私の幼馴染の方がすごいんですが…。〜虐められた私を溺愛する3人の復讐劇〜

めろめろす

第1話 王立学校編①



「やっとここまで来れたんだ…。」


 小柄な少女がズビッと鼻をすすった。肩まであるふわふわの焦茶の髪が風に揺れる。同じ色のアーモンド型の瞳は今にも溢れそうなほど涙を溜めていた。最高級の石材で造られた巨大な校門を、エールカ•モキュルは万感の思いで眺めていた。


 今年16歳となったエールカは、王都にある国一番のエリート校「マーキュラス王立学校」に合格した。約3年間、死に物狂いで勉強してきた甲斐があった。


「これで村を救えるはず!」


 エールカの生まれた村、ラインスは王都リングインから馬車で1週間程かかるど田舎だ。そんな田舎からなぜ王立学校を目指したかと言えば、全ては村を救うためだ。


 3年前、村を大量の魔物が襲った。死人が出るような強い魔物ではなかったが、ドロドロとして鼻の曲がりそうな匂いの体液が村の土壌を汚染した。


 そのせいで、村の唯一の特産品だった果物が栽培できなくなり、村人たちはあっという間に困窮していったのだ。


 もとの土壌に戻すには魔法を使って浄化したとしても10年かかると言われた。その間に村人たちは貧しさで命を落としてしまう。新しい特産品を探さねばと、村人たちは一丸となって調べ始めた。しかし、どうやっても片田舎、大した情報はない。


 それならば、王都の学校に行けばいいヒントが見つかるのでは?と誰かが言い出した。


 人も優しく、水も空気も美味しいこの村を助けたい。そう思ったエールカは野山を駆け回るのをやめ、必死に机に齧り付いたのだ。そして合格を掴み取った。




「絶対村を救ってみせ…あうっ!!!」



「まぁ、何か当たったみたい。制服が汚れたわ。拭いてちょうだい。」


 決意を新たに校舎へ一歩を踏み出そうとしたところ、エールカは横から押され、体勢を崩して地面に倒れ込んだ。慌てて横を見ると、そこには宝石や美しいリボンで黄金の髪を飾り立てた紫の瞳の女性が立っていた。その顔は心底不快そうに歪んでいる。


「まぁ、何かしらこのへちゃむくれ。わたくしと同じ制服を着ているけれど、まさかあなたも新入生なのかしら?」


 バサッと扇を取り出し、女が口元を隠す。


「あ、そうです!私はエールカ…」


「自己紹介は結構。…こんな野生の子リスが入学するなど、学校の質も落ちたものね。行くわよ、アーノルド。」


「かしこまりました。…二度とその汚い顔面をお嬢様に向けるな、野生動物が。」


「えぇ…。」


 銀髪の青年が道端の塵でも見るような目つきで吐き捨てた。


「まぁ、あの子。ミシュレオン様にぶつかるなんて!」


「これだから田舎の無礼者は。」


 周りの生徒たちがエールカを見てコソコソと話をしている。田舎者と馬鹿にされたエールカは恥ずかしそうにそばかすの散った顔を赤く染める。しかし、こんなところで挫けてはいられない。


「3人にも約束したんだから!絶対村を救う方法を探してくるって!」


 村に残っている幼馴染。彼らが贈ってくれた通学鞄を強く抱きしめ、エールカは校舎へと駆け出した。





 しかし、学校生活は全くうまくいかなかった。国一番のエリート校、そこに在籍する生徒のほとんどは貴族階級であり、特待生制度で入学したエールカのような庶民はほとんどいなかった。そして、数少ない庶民の生徒もエールカには近寄らない。それはエールカが起こしたある事件がきっかけだった。


 入学してひと月ほど経ったある日。成績優秀者として入学したエールカに、生徒が学校自治を担う「王立会」が興味を示したのだ。


 王立会には4人の生徒が所属しており、全員がやんごとなき血筋だった。

 国王の息子であるロベルト•ラル•リングイン、宰相の息子メルギー、社会見学として妖精が治める国から留学してきたレニアーリス姫、国の魔術関連を一手に担うモリア家の息子ウラノス。


 彼らが食堂で昼食を食べるエールカの前にやってきたのだ。


「そなたがエールカ•モキュルか?」


「え?あ、はい。」


 早く図書館で調べ物をしようと急いでご飯をかきこんでいたエールカが手を止める。声をかけたのは身長が高く、いかにも強そうなメルギーだった。目を細めてエールカをしばし眺めていたメルギーは、ハッと馬鹿にしたように息を吐いて、くるりと後ろを向いた。


「こんな野生児を王立会に入れようなどと、本気ですか、ロベルト様?」


「今年の入学者の中でトップの成績だ。優秀な生徒として王立会に迎えるのはなんら可笑しな話ではないだろう。」


 サラサラと絹のような金髪を持つ青年がエールカに微笑みかけた。そんな彼をエールカはきょとんとした顔で見つめ返す。


「へぇー、ロベルトの笑顔を見て顔を赤くしないなんて珍しい子もいたもんだね。」


 ヘラヘラと笑う青い髪に重たげなローブを着込んだ男、ウラノスが面白そうにエールカの顔を覗き込んだ。それにもエールカは動じず、口の中いっぱいに頬張った食事をゴクンと飲み込んだ。


「私に何か御用ですか?申し訳ありませんが、今から図書館に行く予定なので、お話ならまた今度にしてもらえませんか?」


 村を救うため、少しでも多く情報が欲しい。王立学校の図書館にはとんでもない量の書物が保管してあり、エールカは寸暇を惜しんで読書に励んでいた。大した用がないなら食事に戻りたい程度にしか考えていなかったエールカと違い、周りの生徒たちはエールカに冷たい視線を向けた。それはロベルト以外の王立会の面々も同じだった。


「ほう、そなたはそのような方法でロベルトの興味を引くつもりか?」


 白銀の髪と瞳を持つレニアーリスが口元を歪ませる。


「庶民の中にたまにいるんだよねー。興味ありませんって顔することで、興味を引こうする子。庶民の中で流行ってるのかな?」


 ウラノスがケラケラと笑った。


「え?いや、何のことかわからない…です。」


 とにかく早く食事をしたいのだ。なんなのだ、この無駄にプライドだけ高そうな人たちは。エールカは苛立っていた。


 貴族には貴族の行動原理があるだろうし、それを馬鹿にするつもりはない。貴族の階級制度は正直あまり好きではないが、王都に来た以上はそれに従うのが筋だと思っている。王立学校内でのみ、階級制度は無効とされているが、最低限の礼儀は弁えてきたつもりだ。なのに、なんだこいつらは。こちらは忙しいのだ。社交やらなんやらといって茶会やら舞踏会やらしている暇なんてないのだ。



「田舎から出てきたそなたのような人間は、このように美しいかんばせを見るのは初めてであろう?」





 「いえ、幼馴染の方が綺麗です。」



 

 高慢ちきなレニアーリスの言葉に、苛立ちが募っていたエールカは思わず言い返してしまった。その瞬間、食堂は嫌な沈黙に包まれる。


「…ほう。妖精の末裔であるわらわよりも美しいものがおると?」


 心底愉快そうに笑うレニアーリスがエールカが持っていたスプーンを奪い取り床に落とす。カシャーンという甲高い音だけが響き渡った。レニアーリスの逆鱗に触れたことは分かったが、もう引っ込みがつかない。それにエールカには本当に彼女よりも美しい幼馴染がいるのだから。


「はい。私の故郷の幼馴染の方のきれいです。髪も瞳も深い蒼でキラキラ輝いてますし、肌も真珠のように艶やかです。本当にこの世のものじゃないかのようで!」


「えぇい、黙れ!」


「ひぎゃ!」


 レニアーリスの扇で手をぶたれたエールカが悲鳴をあげる。何をするんだとエールカが睨みつけるが、レニアーリスは怒りでワナワナと震えていた。


「口が回るのう。まぁ、よくもそのように嘘八百を並べられるものだ。ならば、そなたの幼馴染とやらはわらわよりも美しく、メルギーよりも強く、ウラノスよりも魔術に長けているとでもいうつもりか?」


 クスクスと周囲から笑い声が漏れるが、エールカは気付かずに返事をした。


「え?あ、そうですね。幼馴染が3人いるので、あと2人はそれぞれ、メルギー様より強いし、魔術もウラノス様より上手だと思います。」


 またも食堂の空気が凍った。しかしエールカは発言を覆すつもりはない。嘘など言っていないのだから。自分の幼馴染たちは本当に美しくて強くて賢い。はっきり言って、目の前にいる彼らなど足元にも及ばないはずだ。


 しかし、それを知っているのはエールカだけ。エールカの言葉を信じるものなどおらず、次の瞬間、食堂は爆笑の渦に包まれた。


「ははは!そうか、そうか。随分と優秀な人間がいるのだな、お前の故郷には。」


「そんな人間がなぜ田舎で燻っている?冗談はよせ。いくら学校内で身分差はないとしても、あまりの無礼は看過できない。」


 ロベルトの後にメルギーが続けた。エールカは自分が嘘つき呼ばわりされていることに気づき、慌てて椅子から立ち上がる。


「嘘じゃないです!本当です!本当に私には勿体無いほどの人たちで!」


「もうおやめなさい、エールカ•モキュル。かの方々の時間を奪うような真似は私が許しません。」


「ぎゃ!」


 またもや横からどつかれ、エールカは地面に倒れ込む。犯人は入学の日に難癖をつけてきたミシュレオンだった。

 

「アグノス家の御息女か。」


「はい、ミシュレオン・アグノスと申します。もしよろしければ、王立会、わたくしが入会させていただきとうございます。成績にかんしては、わたくしが次席。問題はないかと。」


 ミシュレオンが深々と頭を下げる。ロベルトは鷹揚に頷くと「早速明日からよろしく頼む」と笑った。ミシュレオンも「光栄です」と微笑みを返す。


 話は終わったとでも言うように王立会の面々とミシュレオンが食堂を立ち去ろうとする。エールカは自分の汚名が拭えていないことに焦り、慌てて彼らを呼び止めたが振り返ったのはレニアーリスだけだった。


「うるさいぞ、野蛮な田舎人め。我らの興味を引きたければ嘘をつくような姑息な真似は今後しないことだ。まぁ、そなたに話しかけることは二度とないがな。…成績優秀者というのも疑問だのぉ。」


 クツクツと小さく笑ってレニアーリスも食堂からいなくなる。残ったのは呆然と立ち尽くすエールカと彼女に冷たい視線を向ける生徒たちだけだった。






 その日から、地獄が始まった。

 


 王立会により、嘘つきのレッテルを貼られたエールカは孤立してしまったのだ。誰もエールカに話しかけることはない。教師でさえも必要最低限の会話しかしてくれないのだ。唯一良かったのは、図書館の使用に差し障りはなかったこと。友人作りを早々に諦めたエールカは、授業以外のほとんどの時間を図書館で過ごしていた。


(別にいい。遊びに来たんじゃない。村を救う方法を探しに来たんだから。)


 それでも胸は苦しい。自分が何をしたというのだ。ただ勉強を頑張って、この学校に入学しただけだ。何も悪いことなどしていない。なのに、なぜ彼らは自分に冷たい視線を向けるのか。なぜ自分の私物を隠すような真似をするのか。なぜすれ違い様に悪口を言うのか。


「…まだ頑張れる。」


 村にいた時は明朗だったと自負している。しかし今ではそれも嘘だったのではと思われるほどに憔悴してしまっていた。


 幼馴染と野山を駆け回り、魚を釣り、果物を探す。笑い合いながら温かい食事をとり、ベットで眠り、楽しみな明日を待った。そんな日々は随分と遠くに行ってしまったように感じる。


 「せっかく父さんと母さんも送り出してくれたんだから…。」


 入学金のほか、制服代や教科書代など、田舎の生活水準では目が飛び出るほどの額だったにも関わらず、両親はお金を出してくれた。頑張れと送り出してくれた。その気持ちは絶対に無碍にはできない。


「必ず卒業するんだから。そして村を救う手立ても!」


 涙を拭いて、エールカは新たな本を手に取った。





 しかし、状況は悪化していくばかりだった。入学から半年経つ頃には、遠巻きに見ているだけだった生徒たちが露骨な嫌がらせを始めたのだ。靴を隠す程度だったのに、教科書まで隠されるようになった。やめるようにいいたくても誰がやっているのかわからない。住んでいる寮の部屋の扉の前に生ごみが散乱し「早く学校から出て行け」と貼り紙されていた。


 エールカの健康的なまろい頰からはすっかり肉が削げ落ち、筋肉のついていた足も痩せ細ってしまった。少しでも村のための情報をと、夜中まで本を読み続けたせいか、目の下に隈ができてしまっている。


 しかし、そのおかげで村の新たな特産品になるのではと思われるものを見つけたのだ。


 魔物によって汚染された土に生える植物があり、その植物のみを食べる非常に小型で殺傷能力のない魔物がいるらしい。そしてその魔物が産卵期に吐く糸は黄金色に輝き、美しく、希少なために高く取引されているという。


 しかし、その植物の正体がまだわからない。古い文献にスケッチが残っているだけで名前が分からないのだ。


「これさえ分かれば!」


 情報はこまめに文にまとめて故郷の幼馴染宛に送っている。少しでも早く村人たちを楽にしてあげたいと言う思いからだった。


 もうすぐ、学校は冬の休暇に入る。お金がないエールカは村に帰るつもりはなく、寮で過ごすつもりだが、休暇中は学校が閉まり、図書館も立ち入り禁止になってしまう。それまでに少しでも情報を集めたい。そう思ったエールカは放課後、駆け足で図書館に向かっていた。


「おおっと!」


「ひぎゃ!」


 図書館へと続く外廊下の陰から突然足が出てきて、エールカは無様に転んでしまった。


「あら、わたくしの美しい足が汚れてしまったわ。」


 犯人はもちろんミシュレオンだ。防寒着ひとつ持っていないエールカと違い、ぬくぬくと暖かそうな外套に身を包んでいる。


「嘘つきな庶民ごときが、まだこの学校にしがみついているのね。早く学校を出ていくように忠告したはずだけど?」


「…嫌がらせを指示してるのあなたなの?」


「なんのことかしら?分からないわ。生徒の皆さんが、頭の悪いあなたのために色々と教えてあげてさしあげているのよ?感謝しなければいけないわ。」



 あまりの言い草にエールカの意識が怒りに染まる。しかしここで手を出してしまえば、すべて水の泡だ。歯を食いしばって耐えたエールカはミシュレオンを無視して図書館へ向かおうとする。


「こんな不相応な鞄など持ってるから、この学校に相応しいなどと勘違いするんだ。」


「っ!!!返して!!」


 ミシュレオンの横を通り過ぎようとした瞬間、突然現れたアーノルドに鞄を奪われてしまった。幼馴染たちが送ってくれた最高級の革が使われた丈夫な鞄。ニヤニヤと笑うアーノルドはその鞄をミシュレオンに手渡した。


「そうね。こんなものがあるから庶民が夢を見てしまうのよ。嘘つき庶民の鞄など、燃やしてしまいましょう。」


 ミシュレオンの手からボウっと赤い炎が立ち上る。貴族の中には魔術の素養を持つものが多い。彼女もそうなのだろう。田舎育ちで魔術など見たこともないエールカはひっ!と小さく悲鳴を上げたが、自分の大事な鞄が燃やされたことに気づき、さらに大きな悲鳴を上げた。


「やめて!!!やめてよ!私の大事な鞄なの!幼馴染たちがくれたのに!大事なものなのに!」


「あぁ、あなたの空想の幼馴染よね。大丈夫、許してくれるわ。だってはなからそんざいしないんだから。」


 高らかに笑うミシュレオンを見て、エールカは抑えられなかった。


 3人で買ったんだと手渡してくれた時の笑顔。寂しいけれど頑張ってこいと送り出してくれた。見えなくなるまで手を振ってくれた。




「このすかぽんたんがぁ!!!」


「ギャヒィ!!!」


 ケラケラ笑っていたアーノルドの股間を蹴り上げ、ミシュレオンの頰を思いっきり引っ叩いたエールカは、倒れたミシュレオンに馬乗りになり、さらにもう一発お見舞いした。


「だ、誰が助けてくれ!お嬢様が襲われてる!!!」


 ダメージが抜けないのか、アーノルドが震える声で叫んでいた。自分の下でキーキー叫んでいるミシュレオンの髪を強く引っ張る。許せない。鞄だけは許せない。


「絶対に許さないんだから!!!」


 バタバタと教師たちがやってくる足音が聞こえる。無駄になった。全て無駄になってしまった。ボロボロと涙をこぼしながら、エールカは羽交締めにされて止められるまで、ミシュレオンの髪を一本ずつ引き抜いていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る