11

――レミとユリはディスケ·ガウデーレに捕まり、その日のうちにインドを出た。


ディスケ·ガウデーレが所有するプライベートジェットに乗せられ、されるがまま座席に座らされた。


そんな機内でレミはまるで抜け殻のようになっていた。


あれだけ勇ましく、そして冷静に武器を持った集団を近寄らせなかった彼女とは思えぬほど、表情から覇気が消えている。


ユリはそんなレミを見て、その理由を考えていた。


やはりレミが意気消沈しているのは、彼女の母親――クレオ·パンクハーストと顔を合わせたからだと、ユリは聞いていた以上に複雑な関係なのだなと改めて思う。


(でも、さっきは優しそうに見えたけど……)


ユリが先ほどのクレオのレミへと接し方を見て、そんなに怖い母親には見えないと思ってると――。


「髪、黒くしたのか。なかなか似合っているぞ」


二人と向かい合っている席から、クレオがそう言った。


レミは何も答えずに俯いたままでいたが、母は言葉を続ける。


「だが、手入れはちゃんとしないとな。せっかくの黒髪が台無しだ。根元だけ明るくなってしまっている」


微笑みながらクレオがそう言うと、彼女は指をパチンと鳴らした。


すると、奥から彼女の部下が瓶に入ったフルーツジュースを運んできて、テーブルに置き、並べたグラスに注いでいく。


「そちらのお嬢さんは、たしか山田やまだユリだったかな? 日本ではレミが世話になったようだ。母としてお礼を言わせてくれ。私の言葉はわかるか? 日本語のほうがいいならそうするが?」


「え、英語なら大丈夫です……」


「そうか。その若さで大したものだ。改めてお礼を言わせてくれ。ありがとう」


クレオはユリに礼の言葉を述べると、グラスに入ったフルーツジュースを飲むようにすすめた。


なんでも、このドリンクはレミが子供の頃から大好きだったものだと言う。


昔から甘い物が好きで、しかも日本のアニメばかり見ている子供だったと話しながら、クレオはユリに笑顔を向けていた。


「顔は私に似たんだが、どうも性格のほうは父親ゆずりでな。オタクというのだろう? そういう子共が好むものを好きな人間のことは。ふーむ、母親からすると複雑だよ」


はぁーと大きくため息をつきながらも、クレオの表情は朗らかなままだった。


その、まるで太陽を思わせる彼女の笑顔は、数年ぶりに実の娘に会えた喜びで満たされているようだ


そんなクレオを見て、ユリはますますわからなくなった。


まだ顔を合わせて数時間も経っていないが、クレオはどこにでもいる母親にしか見えない。


甘い物やオタクになってしまった子供に困りながらも、それを止めさせることができない母そのもの。


とてもじゃないが、暗殺組織のボスとは思えない親近感を覚える人物だ。


(でも、レミにやったあれって……。スキヤキ先生が言っていたヤツだよね……)


だが、ユリは内心で怯えていた。


それは、先ほどレミを止めてみせたクレオの鎖――インパクト·チェーンに驚いていたからだった。


突然クレオが娘に向けて放った黄金の鎖は、女性なら誰もが身に付けていそうなアクセサリーとして、彼女の右手首に収まっている。


それが光を放ち、長さも太さも変えてレミを倒したのだ。


スキヤキの話から、使い方次第では空さえ飛べると聞いて半信半疑だったユリだったが。


インパクト·チェーンの力を目の当たりにしたことで、信じざるを得なくなっていた。


その気になれば自分なんて一瞬で絞め殺せるだろうと思うと、ユリは怖くてしょうがない。


「ユリ、君はいつまでに帰らなければならない事情はあるか? デリバリーの仕事をしていると聞いているが、都合が悪いなら到着次第に日本へ送ろう」


「いえ、仕事は好きなときにできるので大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」


丁寧に頭を下げたユリを見て、クレオは満足そうに白い歯を見せた。


「しっかりしているな。しかもこの状況でも受け応えに動揺が見られん。ほらレミ。お前も少しは彼女を見習ったらどうだ? うん?」


母に声をかけられたレミは、ここでようやく口を開く。


「先生たちは……? あそこにいたみんなはどうなったの?」


「先生? 先生とは誰のことだ?」


「スキヤキ先生やツナミたちのことだよ!」


レミはバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。


その顔は怒りで震えており、今にも目の前にいる母に殴りかかりそうな勢いだ。


それでもクレオは動じない。


彼女は倒れそうになった三つグラスを支えて立たせると、娘のほうを見返す。


「危ないじゃないか。もう少しでフルーツジュースが飛び散ってしまっていたぞ。私やお前は構わないが、ユリにもかかってしまうだろう」


「話を誤魔化さないで! スキヤキ先生たちをどうしたの!? もし先生たちになにかあったらッ!」


「何かあったらどうするつもりだ?」


声を張り上げたレミを見つめていたクレオの目が、鋭い眼差しへと変わっていく。


すると、レミは黙ってしまい、そんな彼女を見てクレオは笑みを戻した。


「まさか私を殺すとか言わないだろうな? やめてくれ。自分の子供に命を奪われるなんて酷すぎる話だ。まさにこの世の終わりだよ」


「せ、先生たちはどうなったの……?」


レミは先ほどとは違い、弱々しい声で、俯きながら口を開いた。


そんな震える声で訊ねた娘に、クレオは嬉しそうに答える。


「全員殺した」

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