10
――スキヤキたちのいた地下から脱出したレミとユリだったが。
やはり、当然のように上にもディスケ·ガウデーレが待ち受けていた。
こっそり動いたがすぐに見つかってしまい、ディスケ·ガウデーレ戦闘員たちに囲まれてしまう。
時間帯が深夜だったせいもあって、黒い服を着た彼らに気づけなかったのも大きい。
レミは身構えながらも顔を歪めた。
以前の自分ならこんなミスはしなかった。
たとえどんな暗がりだろうと相手の気配を感じ取れたはず。
日本での穏やかな暮らしのせいだと、レミは自分がかなり鈍っていることに情けなさを覚える。
「ユリ、僕が時間を稼ぐから先に行って」
だが、そんな情けない自分でもこの娘だけは守る。
レミはすぐに冷静さを取り戻し、先ほど口にした言葉を頭の中で繰り返した。
「あんた一人で大丈夫なの? こう見えてもあたしだってやるときはやる――ッ!?」
ユリの返事とほぼ同時に、男たちが飛びかかってくる。
手にはサーベル――オスマン帝国時代に歩兵が帯刀していたヤタガンと呼ばれる小刀だ。
刀身は中程から先端へむけて緩やかに逆反りとなったのち切っ先に向かっては峰の側に向かって反りがつく、緩やかなS字形を描いている。
横浜ではナイフを使っていたディスケ·ガウデーレの面々だったが、どうやらインドではより殺傷能力の高い得物を持ち込めたようだ。
男たちは一斉にヤタガンを突いてきた。
だがレミには動揺などまったくなかった。
ユリもリュックサックからスタンガンを取り出し、レミと背中を合わせながら応戦していた(ただ手に持って振っているだけだが)。
デリーのスラム街で、肉を殴る鈍い音とバチバチという電流が迸り音が響いていた。
けしてディスケ·ガウデーレの面々を近づけさせないレミに対し、男たちは急に彼女たちから離れていった。
レミがそのことに違和感を覚えていると、集団の中から黒人の男女が現れる。
横浜の電車内でレミを襲ってきた二人だ。
その手にはディスケ·ガウデーレの面々と同じく、緩やかなS字形を描いているサーベル――ヤタガンが握られている。
「ユリ、ちょっと離れて……」
レミはユリを下がらせると、現れた男女二人に向かって身構えた。
ゆっくりと大きく両腕を動かし、まるで円を描くような動きを見せると、固く拳を握って二人と対峙する。
小柄なレミはただでさえリーチが短い。
当然まともに闘えば手が届く前に刺されてしまうが、なんと彼女は二人との距離を詰める。
センチではなくミリ単位でヤタガンを避けながら、突き出される二本の刃を潜り抜けて敵の懐へと入り込む。
刃が振れない近距離で、まるでじゃれつく猫のように動き、黒人の男女を翻弄する。
肘打ちに膝、さらには頭突きで応戦していると、女のほうの握っていたヤタガンを落とすことに成功した。
レミは転がりながらヤタガンを拾ってその態勢から。
まずはサーベルを持った男の顔面へ
片手で体を支えながら、ほぼ真上に蹴り上げる技で男の顎を打ち抜いた。
男はその一撃でダウン。
それから流れるように向かって来ていた女を
このまま突き刺せば止めを刺せるが、レミの手は止まっていた。
それまでの、まるでプログラムされた機械のような動きが止まり、握っているサーベルが震えている。
「ここまでだよ。もう引いて……」
呟くように言ったレミに、女が言い返す。
「引きはしない。邪魔なら殺せばいいだろう」
「僕は誰も殺したくないんだよッ! いいから引いてッ!」
弱々しい呟きから一変。
レミは人が変わったかのように声を張り上げた。
彼女たちを囲んでいるディスケ·ガウデーレの面々も動かず、女の相棒である男も立ち上がっていたが、レミの言葉に動揺しているようだった。
それはユリも同じだったが、彼女が動揺している理由は他の者らとは違う。
ユリとしては、たとえどんな理由があろうが、レミに人を殺してほしくなかったのだ。
黒人の女は殺されそうな状況でも引かないと答えた。
このままではレミが彼女を刺してしまうのではないかと、ユリの握っていたスタンガンを掴む手に力がこもっていた。
その場の時間が止まったかのような静けさが満ちていると、突然レミのヤタガンを握っていた手に鎖が巻き付いた。
レミはそのまま引っ張り上げられると、地面へと叩きつけられてしまう。
「さすがは私の娘、相手が何人いようが捕まらないか」
英語で女性の声が聞こえてくる。
女にしては低い、自信に満ちた知的な印象を与える大人びた声だ。
声が聞こえると、ユリの背後から先ほどまで動かなかったディスケ·ガウデーレの面々が彼女のことを取り押さえた。
レミはそんな彼女を助けようとすぐに立ち上がったが、女性の姿を見て呆然と立ち尽くしてしまう。
「部下たちには、死体でもいいからお前を連れて来るように言っておいた。どうせ殺せないとわかっていたからな」
金髪碧眼、パンツスーツを着た妙齢の女性は、そう穏やかな笑みを浮かべながらレミの頭を優しく撫でた。
レミは、そんな女性の顔を見ながら言葉を失っている。
「だが、これでも少しは心配していたんだぞ。怪我がなさそうでよかった」
女性はそう言いながら自分の額を、レミの額に当てた。
そして、両目を閉じながら言う。
「うちに帰ろう」
「母さん……」
その女性の正体は、レミの母親であり、国際的な暗殺組織ディスケ·ガウデーレのボス――クレオ·パンクハーストだった。
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