第18話 ストライクゾーン
陽虎が事情を説明をするのはこれで二度目である。自分ではわりと要領よくまとめることができたと思ったのだが、
しかし無理もないだろう。仮に蜷川がドラマに出てくるような優秀な切れ者だったとしても、殺人の被害者から直に事件について聴取するなど初めてのことに決まっている。戸惑い混乱するのが当然だ。
「簡単には信じられない話だと思います。だけど俺は現にこうしてここにいます。シャルロッテが普通じゃないのも見たはずです。蜷川さんの立場では色々と難しいのは分りますけど、どうか協力してくれませんか」
あるいはせめて邪魔をしないでほしい。切実に陽虎は望んだ。だが蜷川は哀れな被害者の訴えよりも、獰猛な加害者に対する追求に関心があるようだった。
「一つ確認したい」
「なんだよ」
霊鬼との戦いの余韻が残っているのか、シャルロッテは剣呑な雰囲気だ。だが蜷川に引くつもりはなさそうだった。シャルロッテに鋭い視線を向ける。
「年はいくつだ」
「……はん? そんなこと、聞いてどうする」
「重要なことだ。正直に答えてもらおう」
首を傾げるシャルロッテに、蜷川は強い態度で迫った。
「偉そうにしやがって。いいけどな。別に教えて困るもんでもない。十二だよ」
陽虎は耳を疑った。
「え?」
「うそっ!?」
「へえ」
三人がそれぞれに驚きを表すかたわら、蜷川が深々と息を吐く。
「そんな気はしてたがな。しかし一体どうしてそんなふうになってしまったんだ? 天界人とやらはみんな君のように成長が早いのか?」
「あたしは特別さ。なんてったってそのうち天を制覇する身だからな、他の連中と違うのは当然だろ……おい、なんだその目は。文句あんのか?」
「とんでもない。ただ残念ってだけだ」
蜷川は憐れむような調子で言った。
「だけど安心してくれていい。まだあと二、三年、少女と呼べる間は俺は君の味方をするよ。たとえ見た目がそんなでもな」
シャルロッテの眉間に雷雲が立ち込める。迫力に満ちた半笑いを浮かべて陽虎に問う。
「あたしにはこいつが何を言いたいのかさっぱりだぜ。でもなんかむかつくから斬っていいか」
「ですね。わたしもポチには去勢が必要かもと思ってました。どうぞ切り取ってあげてください。あなたのような乙女の手にかかるならきっと本望です」
しかつめらしく晴日が頷き、蜷川はズボンのベルトに手を掛けた。
「仕方ない。ご主人様の仰せとあらば」
「ちょっと馬鹿変態なにしてんのよ!?」
「晴日、いい加減変態をいじるのはよせって。粘着されたらどうするんだ。シャルも落ち着けよ。そんな奴斬っても大事な剣が汚れるだけだぞ」
「ちっ」
宙から抜き出した霊剣をシャルロッテは再びいずこかへとしまい、忌々しそうに蜷川から顔を背ける。
「ポチ、お行儀良くしなさい」
晴日が命じると蜷川は下ろしかけのズボンをはき直した。それを待ってから陽虎は刑事に要求する。
「蜷川さん、今度はそっちが手の内を明かす番です。矢部製薬の会長がどうとかいう件を教えてください」
蜷川はなおも渋る様子だったが、全員からの視線を浴びて、やがて降参したように肩を竦めた。
「分ったよ。さっき晴日ちゃん達にちょっと言った通り、陽虎君の体を持っていったのは矢部製薬会長の矢部辰男の差し金だと俺は睨んでるんだ。実はこの男には以前から目を付けていた」
「わたしみたいな愛らしい子供か孫でもいるのですか?」
「そうだったらどれだけいいか。いえもちろん晴日様ほどの美少女など滅多にいるわけありませんが。それはともかく、矢部は犯罪の容疑者なんだ。未成年者略取、監禁、人身売買、そういう類のな」
「とんでもない悪人じゃないの。どうしてさっさと逮捕しないわけ?」
「献金や利権を通じて政府与党や関係省庁、果ては右翼の大物なんかとも繋がりを持ってるんだ。おかげで警察の上層部にも強い影響力があって、安易に手が出せない。はっきりした証拠でもあれば別なんだろうが、まともに捜査ができないから肝心の証拠も集まらないってわけだ。陽虎君の件で情報を集めてる間に、『やべえ筋だから突っ込むな』って言ってくる奴がちらほらいた。矢部とやべえを引っ掛けたつまらん駄洒落だよ。内輪で使われる忠告か牽制ってとこだな」
晴日が思慮深げに疑問点を上げる。
「だけどどうしてそんな人がおにぃの体なんかを欲しがるんです。矢部氏はそういう趣味の人なのですか。おにぃのお尻の穴は今頃もう十分な拡張がなされていると?」
「おいこら冗談にしても酷過ぎるぞ」
「その可能性もあながち否定はできないが」
「否定しろよ、そこは全否定してくれよ」
「確かに元から黒い噂の絶えない人物ではあった。だがかつては賄賂とか薬の副作用の隠蔽といったような、経営に関わるものが主だったんだ」
陽虎の抗議を蜷川は綺麗に流した。
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