第6話 下僕のすすめ
思い出した。目の前の空間が歪み、その向こう側から突如として現れた女がいたのだ。肌は美しい黒褐色、少女の可憐さと戦士の凛々しさが同居した目鼻立ちは鮮烈な笑みを湛えて、振り上げた長剣が白銀色の輝きを放つ。そして陽虎めがけて唸りを上げる必殺の風鳴り。
気のせいだろうか。記憶にある人斬りと、この場にいる女とが全くの同一人物に見えるのは。
“まさか、あんたが俺を殺した犯人なんてことは……”
「うん」
“ですよねー。だったらそんなに堂々としてるわけが……え、マジで?”
「なんだよ、あたしが嘘ついてるってのか?」
“そこで不満そうにするなよ、ってかふざけんな! あんた俺になんか恨みでもあるのかよ!?”
「恨みなんてないさ。そこは安心していいぜ」
“ひとつも安心できないし! だったらなんで殺されなきゃいけないんだよ!”
「しょうがないだろ。落とし穴に嵌まって落っこちたらさ、下に虫がいて踏み潰しちまったみたいなもんなんだから。あたしがやったのは間違いないけど、納得いくよう説明しろって言われても困る」
女は決まり悪そうに頭をかいた。おかげで腕に隠されていた乳房がちら見えしたが、陽虎は大して喜べなかった。
“……その踏み潰された虫が、俺ってことです?”
「だから悪気はなかったんだって。あたしに好きこのんで虫を捻り潰すような趣味はないもん」
“俺、泣いていいかな”
既に肉体としては存在しないらしい膝を抱えて丸くなる。女に陽虎を嘲るふうがなく、素っぽい態度なのが余計に切ない。
“……で、俺が虫ならそっちはなんだってんだ。妖怪か”
どうやら幽霊になってしまった自分と普通に会話しているのだ。ただのいかれた殺人鬼とも思えない。
「シャルロッテ・スピアーズ。剣士だ」
“シャルロッテ……”
「そうだ、陽虎」
シャルロッテは頷いた。既に自分の名を知られていたことに陽虎は意表を衝かれた。
“えと、つまり俺が訊きたいのはさ、あんたは実際に生きてる人間なのかってこと。いっそ全部俺の妄想だっていうんなら、その方が気楽なんだけど”
「あたしはれっきとした人だよ。でもお前達と全く同じ存在ってわけじゃない。無知なお前にも分かり易く、天界人ってところでどうだ」
どうだ、と言われても困る。シャルロッテは表情を引き締めてこちらを見据えた。
「陽虎、あたしの下僕になれよ」
“突然イケメンっぽく鬼畜なこと言われてもな。意味が分らん”
「あたしに従い、あたしに奉仕し、あたしに魂を捧げた者になれってことさっ」
“さわやかっぽく解説しても駄目だ! ってか最後のだけやたら重いな、おい”
天界人とやらよりむしろ悪魔が宣いそうな台詞である。
“どーして俺が自分を殺した仇の手下になんかならなくちゃいけないんだよ。理不尽過ぎんだろ”
「だってあたしはこっちの世界のことをろくに知らないからさ。元の場所に戻るためにも役に立つ手駒が欲しいんだよ。いまいち頼りないけど、とりあえず陽虎で良しとしてやる。こうなったのも縁ってやつだろうしな」
シャルロッテはてらいなく笑った。最悪に自己中で上から目線の言い分なのに、つい納得してしまいそうになるのが不思議だった。
“……あんたはそれでいいとしても、俺に何の得があるんだ”
「元の体に戻れる」
“で、できるのか!?”
「天界に昇れるだけの力があれば、ついでに霊を肉に押し込むぐらい余裕だろ。いけると思うぜ」
俄然色めき立った陽虎に対し、シャルロッテは淡々と説明を加えた。
口からでまかせではなさそうだ。出会いこそ厄災そのものだったとはいえ、シャルロッテに邪な意図がないことは信じてもいい気がした。
もし本当に生き返る手段があるなら、ひとまず協力してみるのもありだ。
“つまりエネルギーみたいなものが必要ってことか。どうやったら手に入る”
「こっちの人間の魂を一万個も狩り集めれば足りるかな」
言葉の内容を理解するのに少しばかり時間がかかった。
“それは一万人を殺すってこと?”
「うん」
“おい、シャルロッテ!”
「例えばの話だよ。いまんとこ実行するつもりはないさ。まずは他の方法を探してからだ。で、陽虎はどうする。あたしの下僕になるのか? ただ元通りになるだけじゃ不満だっていうなら、おまけを付けてやってもいいぞ」
“マッチョにでもしてくれるのか”
「あたしと交尾させてやる」
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