お笑いスクール!
松本琴音
第1話転校先は『お笑い芸人育成学校』!?
「はあああああ!?」
あたしは、目の前の状況に絶句し、そう叫んだ。
今から数日前。
お母さんから、転校すると伝えられた。
別に仲の良い子もそんなにいないし、いいと思って、『いいよ』と言ってしまった。
そうして、はるばる遠くから転校しにきたのに!
なんで『お笑い芸人育成学校』なの——!?
「あははっ!なに、お母さん、なにかの間違い?あたし、こんな学校望んでないよ!?」
「えぇ?ここで合ってると思うけど……あ。成育小と間違えて、お母さん、ここに入学手続きしたんだった」
「あ、あぁ……」
イヤだ。こんなとこに通いたくない。
声に出さない思いが、うめき声になって外に出ていく。
「うわあぁ……!あたしの平凡がぁ……!」
神様って、こんなに意地悪なの?
「ごめんねぇ笑華(わか)。でも、いつもお母さんとかお友達を笑わせてるでしょ?だから、ここ、入ってみない?芸人って凄いじゃない。こんなとこに通うことなんて、もう二度とないのよ?」
「んぐっ」
笑わせることが好きなのは事実。あたしは言葉に詰まる。
「入ってみて、嫌だったら辞めましょ?ね、ね?」
「うー、分かったよ……」
お母さんの期待の眼差しに押され、喉の奥から渋い声が洩れた。
「よし!決まり!さっ、校長先生に挨拶しましょう!」
こうして始まった、あたしの波瀾万丈生活。
果たして、あたしは芸人になれるの——?
お笑いスクール!、完。
——じゃなくて!終わらないって!
あたしはこーちょーせんせーに挨拶する為、お母さんと二人でなっが〜い廊下を歩く。
「あっ、ここよ。ここが校長室よ」
「ふーん。なんか、スベってるね」
思わず、本音が出てしまった。
だってだって!なんか、扉には変な生き物?いや、生き物ともなんとも言えない感じのゾンビみたいな生物がいるし!(大量)
あと!『こーちょー室でござる』って、吹き出しでゾンビみたいなやつが言ってるし!
おもしろいって思ってやってんの!?っていうのがまだまだあって!
「こら笑華!そう思ってもそんなこと言っちゃだめでしょ!先生に聞こえたらどうするの!」
「ごめんごめーん」
あ、お母さんもそう思ってたんだね……。
「ハッハッハッ。おもしろくないと思っておるのかね。ホッホッ。君、おもしろいね。気に入ったよ」
「……誰」
突然、髭がなが〜い、白髪のオッサンが話しかけてきた。……え、怖いんスけど。
「おはよう。急に話しかけてすまないね。私はこの学校の校長、大倉利伸(としのぶ)だよ。君が、今日転校してくる子かい?」
「えっ、こーちょーせんせっ!?」
「あら校長先生、おはようございます。ええ、笑華が転校生です。律儀にご挨拶ありがとうございます」
お母さん!?なんでそんなに改まってるの!?
「こら笑華、ご挨拶なさい」
お母さんがあたしの頭を小突き、小声でそう言ってきた。もー、めんどくさいなー。
「えーとっ、三鷹笑華です。うんと、転校生です。よろしくお願いします」
「ハハハ。偉い子だねー。よろしくね、三鷹さん。あっ、参ちゃーん?挨拶ー」
あたしを見て笑うなり、こーちょーせんせーが職員室の扉を開け、いきなりそう叫んだ。
「はい!今行きます!」
堅苦しい声がこちらに飛んでくる。
続いて、パタパタと駆けて来る音が聞こえた。
「初めまして、葉坂参二(さんじ)です。三鷹さん、だよね?三鷹さんのクラスの担任なので、これかろよろしくね!」
「は、はあ、」
あたしは、ちょっと困って間の抜けた返事をする。
「ほらほら参ちゃん、硬い硬い!もっと柔らかくだよ!」
え……こーちょーせんせーってこーゆー人なん!?
「あ、あははは……」
お母さんも引いてると思うんだけど。
「みんなからは参ちゃんって呼ばれてます。六の三はみんないい子なので、すぐ仲良くなれると思うよ。それに、みんな面白いからね。ちょっと癖が強いかもだけど、みんな優しいから」
「はあ」
「笑華。新しいクラスに慣れてらっしゃいね」
お母さんの声が悪魔の声に聞こえる。
「さぁ、行きましょう、三鷹さん」
*
「えー、みんなー、静かに!今日は転校生が来ていまーす」
葉坂先生の声に、クラスに騒めきが広がる。あたしが廊下に立っていても筒抜けだ。
「三鷹さん、入っておいで」
扉に顔を挟んだ葉坂先生があたしを呼ぶ。
「はっ、はいっ」
うぅー、緊張するぅー。
ロボットみたいにぎくしゃくした動きで教室に脚を踏み入れる。
視線が痛いっ。
「はぁい、転校生の三鷹さんです!じゃあ三鷹さん、自己紹介できるかな?」
「あ、はい!は、初めまして、三鷹笑華です!お笑いは好きだけど、専門的なこと知らないので、教えてくれたら嬉しいです!よろしくお願いしますっ!」
勢い任せに言い、頭を下げた。
「えーとっ、趣味とか好きな食べ物とかある?」
葉坂先生がニコニコ笑顔で質問してくる。
「趣味っ?えっとー、お笑い番組を観ること、お笑いライブに行くこと、お笑い芸人に会ったりすること……ですかね?好きな食べ物はー、白ご飯です!とにかく、よろしくお願いします!!」
再び頭を下げる。
……シーン……って、効果音出てんのかな。
「ぷっ……」
ぷっ……?
「ぷっ、あっははははは!かっ、ふふ、硬いよっ!ふふっ、あっははは!」
ひっ、ひえぇっ!笑われたぁっ!
恥ずかしさで、全身の血が勢いよく巡り始めた。
「あははっ、ごめん、おもしろくって……!もっと柔らかくていいよ!」
薄紅色の瞳を細めて笑う美女が言う。
「ごめん……?」
あれ、あたし、なんで謝ってんだろ?
「うんうん!芸人目指すなら軽く行かないと!あ、わたしは臼井美鈴。スズって呼んでね!」
「はぁ。じゃあ、スズ」
臼井さん——スズとナチュラルに仲良くなり、口元がほころんだ。
「あっ、じゃあ、三鷹さんは芝原くんの隣ね」
葉坂先生がそう言った途端、
「えー?転校生ずるいー」
「私だって華蓮(かれん)様の隣になりたいのにー」
と大ブーイングの嵐。
ブーイングが耳に入っていないらしい葉坂先生があたしを案内してくれる。
「っ!?」
芝原くんの姿を一目見て、思わず息を呑んだ。
だって!だってぇ!芝原くん、芸人じゃなく俳優目指したら?ってくらいイケメンだったんだもん!
涼しげな切長の瞳、シュッとした鼻。
薄い唇に吹き出物一つない、白い肌。
こりゃあブーイングが起こるのも頷ける。
「あっ、三鷹笑華ですっ!芝原くん、よろしくね」
とてつもないオーラを感じながら、そっと声をかける。
「おう!よろしくな!」
「っ!?」
なっ、顔に似合わぬ元気な声!いや、それでもかっこいいんだけど!
かわいいっ……!ギャップ萌えだ……!
ギャップに弱いあたしのライフはもうゼロに近い。
彼がまた口を開く。
「俺、芝原華蓮。よかったら、俺とコンビ組まねえか?」
いっ、一旦思考停止っ!
「……へっ?」
「はあっ!?なんで!?華蓮様とコンビ!?今まで誰とも組まなかったあのお方が!?」
「ちょ、はあ!?ずるいずるいずるいずるい!私だってコンビ組みたかったあ!」
「あの子、可愛いからコンビ組みたかったのに」
あたしの間の抜けた声はブーイングに掻き消される。……最後の男子の声は誰に向けているのデショウカ。
って、なんでって、あたしが訊きたいんだけど!?
「なんであたし!?今出会ったばっかなのに!?」
芝原くんて、不思議くんなの?
「うーん、直感?」
「信用ならんな!」
「あ、ほらそれだよ!センスありそうだったから!俺の直感、超当たるから大丈夫!」
「何が大丈夫なんだよ!?」
なんか、だんだん漫才みたいになってない!?
いつの間にか爆笑の渦がクラス全体に伝わっている。
「あははっ。いいよ、校長先生にコンビ組んだって言っとくね」
「葉坂先生!?あたしが承諾してないですってば!」
あたしの声は、虚しく宙に消えていく。
「よろしく、笑華!」
「ひえっ!?」
いきなり呼び捨てとか聞いてな——い!!!
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