糸電話 ツナガル 二十二世紀

蘇芳ぽかり

プロローグ 2082年



「これより、人造人間DC-001の機動実験を開始します」

 空気が冬の早朝のように緊迫し張り詰めている。声が震えるのを感じながら、俺──萩浦はそう言った。

 機動執行人という、まあ要するにこの実験の立会人なわけだが、こんなに緊張するならば立候補などしなければよかった。責任は重大だ。だって───、

 俺は目の前の椅子に座っている、いや置かれている〈彼〉を見つめた。

 青年のような見た目の〈彼〉に、人型殺人機である〈彼〉──DC-001に全てがかかっているから。俺たちの〈ニホ〉の全てが。

 ユナイテッドワールドから独立を考える〈ニホ〉の武器として造られた〈彼〉を初めて起動させる実験。極限まで人間に近づけたために、人にしか見えない見た目を持ち、人以上の戦闘能力と思考能力を持つ〈彼〉はいったいどのように動くだろう。全ての注目はそこに集まっていた。

 俺は束の間頭を垂れて、今まで共にDC-001を造るために苦心してきた仲間を思い浮かべた。科学者たちに、エンジニアたち。何度も何度も、納得が行くまで造り直し、調整を繰り返してきた。DC-001は俺たちの一つの作品だ。それから──。亡くなってしまった設計士のディーケル博士と、彼が息を引き取るその時まで寄り添っていたディーケル夫人。夫人はモニターで今のこの様子も確認しているだろう。今日という日を迎えることなく、癌で亡くなってしまった博士の分までこの実験を成功させなければいけない。〈彼〉の名前としてつけられた番号の一部、「DCディーケル」はディーケル博士に対する俺たちからの想いだ。

 スッと息を吸い込んだ。さあ、もう考えることは何もない。俺は〈彼〉の首元に手を近づけた。金で印字された「DC-001」の文字がきらりと輝いた。手に持っていた赤い光を放つ石をそこに当てて──数秒。

 〈彼〉の目が音もなくゆっくりと開いた。

 DC-001はすぐそばに立っていた俺のことをしかと一瞥した。黒い目の中で、一際漆黒の深い吸い込まれそうなほどの瞳は僅かにも揺れてなかった。ぽっかりと空いた穴のようだ。なんとなく鳥肌がたった気がした。こいつ、人間じゃない。いかに人間に近い見た目と動きで造られているにしても、第六感は正直だ。〈彼〉はやはり、人間とは何かが決定的に違う。これもまた実験記録として後でエンジニアたちに伝えた方がいいだろう。

「め、目覚めたか、DC-001」

 声が情けないほどに震えた。目覚めました、上官と続くはずだった。俺たちのような〈ニホ〉の役人には必ず従順であるはずだった。そうプログラムされているのだから。なのに。

「ああ。目覚めたが、訊ねさせていただきたいことがある。ここは一体どこで、俺は一体なんのためにここにいるのか?」

 そう〈彼〉は問うた。

 一瞬、こいつ一人称「俺」で設定されているのか、というどうでもいいことを考えたがすぐに打ち消す。そんなのはなんだっていい。ただ、今俺が〈彼〉に対して良い答えを出さない限り、〈彼〉はこれから兵器としていいようには働いてくれない可能性がある。それは防がなければならない。別にリセットして一から設定し直すことも不可能ではないが、努力の結晶としてできた〈彼〉をできることならそのまま使えるようにしたかった。

「お前は、わかっているだろうが人造人間であり殺人兵器だ。今、なんのためにと訊いたな。お前が造られたのは武器として〈ニホ〉に貢献するためだ。〈ニホ〉の独立に。俺たちはお前の力を必要としているんだ」

 こいつには少なからず自分側の人間を守ろうとする本能を設置されているはずだ。だとするならば〈ニホ〉の人々のために動くはずなのだ。

 だがDC-001は静かな無表情のまま、

「それだけか」

「それだけって……」

「俺の中で今何かが、目の前のあなたは俺の仲間だと言っている。だが俺は仲間が何かということを知らない。そんなもののために戦えるか」

 お前──、だというのに。〈仲間〉のことなどどうして考える。考えてどうするんだ。

 焦りが脳から拡散して、体全体をぐわんぐわんを揺さぶる。そんな俺をよそに、目の前のアンドロイドはぴくりとも無駄な動きをしない。

 悪いとは思っている、上官。〈彼〉はぴんと右手の人差し指を立てると、真っ直ぐにこちらに向けた。

 はっとした。

「ま、まてっ!!」

 やばい。俺の中の、それこそ本能が叫んだ。だってあいつの人差し指には───。

 どくん、と大きく鳴った心臓と、彼の人差し指の先が一本の糸で繋がった気がした。特化放射線状兵器。心臓を鷲掴みにされたような圧迫感に呻き、俺は膝をその場についた。

「くっ……、ぐはっ」

「自由が欲しい。仲間というものを見つけた時、あなたたちの大切にしているらしい〈ニホ〉というもの仲間として守るために戻ってくるかもしれない」

 苦しい苦しいくるしい。息が、できない。涙目になる。声にならない声で、やめろと叫ぶ。

 死にたくない!

「さようなら」

 〈彼〉は立てた人差し指をぐっと曲げ込んだ。全身を凄まじい衝撃が駆け抜け、目の前が真っ黒になった。

 DC-001。ああ、お前は。

 意識が霧の中に入っていくかのようにフッと消えていく。おれは、いま、なにをして、ロボットにこんな、こんな殺されて、なんのために……。

 お前は仲間であるはずの俺を殺す、の、か……。





* * *





二〇八二年 十二月 七日 XXオンライン新聞

『未解明死体 政府と関与の可能性』

 六日午前十時ごろ、都内の廃ビル地下一階にて萩浦侑斗さん(44)が死体の状態で発見され、警察が殺人とみて捜査を進めている。死体の発見された廃ビルは過去に政府の管理下にあったことや死因が高度な科学技術によるものであったことから、殺人と政府がなんらかの形で関係しているが可能性があるものの、政府はこの事件の解決に対して積極的ではなく、捜査は難航の兆しを見せている。




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