第81話 タタンの村③


 来客用に建てられたという家はそんなに大きく無いけど、二階にある四つの寝室にベッドだけは溢れていた。

 一部屋に沢山の人が泊まれるようにしたんだろうけど、六畳程度の部屋に三つもベッドを置かれると、本当に『眠る』ためだけの場所なんだって分かる。

 おまけに寝具も、シーツに藁を包んで寝るだけの質素なものだ。


「この世界にも綿はある筈なんだけど、やっぱり、まだ高いのかなぁ?」

 そんな事を考えながら眠る支度をしていると、小さくノックの音がする。

 ドアを開けるとランプを下げてローラが立っていた。


「ど、どしたの?」

 ローラとメリッサちゃんの部屋は右となり、左となりの階段に近い方はリアムが護衛役と言って陣取った。


 ローラは口を開かずに指で自分達の部屋を指す。

 どうやら、ここで話をして隣部屋のリアムに筒抜けになるのを嫌がってるみたいだ。

 頷いて、そっと移動した。




「リアムの様子だけど、なんだかおかしいと思わない?」


「え?」

 メリッサちゃんが既にスヤスヤと寝息を立てている側で、立った侭の俺に向けてベッドに腰掛けたローラが問い掛ける。

 ランプの灯りだけの部屋は薄暗く、ローラの顔に険しく影を落としている。


 確かに今のリアムはおかしい。

 この町に近付くにつれ、ほとんど喋らなくなった。

 それどころか、町に入ってからは一言も発していない。

 何よりレヴァの言葉が気に掛かる。


【今ならふとした隙にも不意に死にかねん】


 あの言葉が本当なら、ひとり部屋にするのもマズイんじゃないかって思ったんだけど、隣の部屋ぐらいの距離なら変化があればレヴァが知らせるって言ってくれたんで、自然を装ってひとりで眠ってもらう事になった。


 リアムに気が向きすぎてたけど、ローラもその事に気付いてたとは、と驚く。


「ぐ、具体的に言うと?」

 “レヴァに終えてもらってるから知ってる”なんて言える訳もない俺は、まるで気付いて無い振りをしてローラに問い掛ける。


「ん~、何って言うのかなかぁ。やけに元気がない……。

 ううん、そんな生やさしい言葉じゃないわね。

 そう、生気が薄れてるって言っても良いくらいよ。

 ちょうど、あの時みたいに……」


「あの時?」


「あんたがリアムを連れ帰って来た時のことよ。

 あの時、あの娘、あたし達の隙を見て死のうとしてた……。

 今、身に纏ってる空気って完全に“それ”と同じなのよ!」


 ドキリとする。

 言われてやっと思い出したけど、あの闘いの後、生き残ったリアムは自殺を考えていた。

 でも、それに気付いたローラがメリッサちゃんの安全を守るって建前でガチガチに縛り上げちゃった事があったじゃないか!


 ローラの勘を甘く見ちゃいけない。

 やっぱり凄い子だと思う。


「じゃあ、どうすれば良いと思う?」

「それよ! それが思い付かないから、あたしも困ってんの!」


 そう言って、腕を組んで俯いてしまうローラ。

 と、急に顔を上げた。


「どうしたの?」

 と声を掛けようとして、やめた。

 ローラが唇に人差し指を当てて、静かにしろ、と合図を送ってきたからだ。


 そこで耳を澄ませると、俺にも確かに感じられる。

 普通の人間になら絶対に聞こえない僅かな衣擦れ。

 リアムが部屋を出たのが分かる。


 互いに顔を見合わせて頷くと、そっと後を付ける事にした。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(なあ、ここって?)


(うん、墓地ね)


(何で、こんなところに?)


(知らないわよ。とにかく静かに……)


 音に敏感な彼女に気付かれずに後なんて付けられるんだろうか?

 なんて心配したんだけど、家を出た後のリアムは、いつもと違って、まるで警戒心がない。

 只、呆けた様に歩いて、ここに辿り着いた。


 半月の薄明かりの下、リアムは地面を見つめて何かを捜してるみたいだった。


(知り合いのお墓でもあるのかな?)


(まさか! あの子は元々、スーザとその一帯を治める領主の娘よ。

 こんな村に知り合いなんか居る訳無い……、と思う)

 後半はやや自信無さ気なローラ。


 息を潜めていると、リアムは遂に目当てのものを見つけたようだ。

 地面に這いつくばると、必死でそこを探っている。


(あれ、あそこって、墓石も無いみたいだけど?)


(ここからじゃ見えないけど、石版でも埋め込んであるんじゃないの?)


(でも、あの辺りって、他の墓からも随分離れてるし、単なる土まんじゅうの様な気もするんだけどなぁ?)


(もうちょっと近寄りましょう)


(わかった)


 近付こうと、少し身体を動かした時だ。

 リアムの喉元に細く短い影。その影が月明かりを反射して一瞬だけ煌めく。

 ヤバイ、あれは!


 そう思った瞬間、ヒュッと短い音がすぐ隣から聞こえる。

 次の瞬間、リアムは腕を押さえてうずくまった。


 走り出した俺の後に続くローラの手元には短めの『矢吹き筒』が握られている。

 今、リアムの腕を貫いたのはローラが放った吹き針だ。


 腕を押さえるリアムの側には、サブウェポンとして俺が買い与えてあった短剣が転がっていた。


「ご、御主人様……」

 俺を見てあっけにとられて居るリアムだけど、こっちの方が何倍も驚いてるんだぜ。

 なあ、一体、何が起きてるんだよ!



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