第64話 スーザ防衛戦①


 最初の攻防の後は睨み合いになった。

 それが、もう十数分は過ぎてる。

 相手は、兵士だからこう云う状況に慣れてるんだろうけど、町の男達はもう限界っぽい。

 いつ、どこから白旗が上がってもおかしく無い。

 そうなりゃ、あっという間に総崩れだ。


 ヤバイ……。


 頼むよ、イブンさん。

 早く、頼んだものを持って来てくれ……。



 山賊に偽装した男爵軍の攻撃は宣言も無しに始まって、俺たちを慌てさせた。


 まず、いきなり決戦用の竜甲兵を塀に寄せて来ると、右腕に持った剣を振り下ろそうとする処から、戦闘が開始される。

 竜甲兵の身長と同じ位の塀だけど、巨大剣で一気に叩き壊すつもりだったんだろう。


 あまりの迫力に町の男達処か傭兵や教会の衛士達までが逃げ惑う。


 けど、やけに相手の動きがスローに見えた俺は竜甲の正面に回り込んで、そのまま奴にレヴァの最大火炎弾を叩き込んだ。


 凄まじい爆発音が響いて、リンディウムⅡとか言う竜甲兵は吹っ飛ぶ。

 四十~五十メートルは飛んだんじゃ無いだろうか?

 敵兵の頭上を飛び越える時に、何人かの頭を足に引っかけて、敵兵の首や胴体が裂けて吹っ飛んだ。


 エグイなぁ……。


 吐き気をもよおす俺とは逆に、悲壮感しかなかった壁の上では『ワァッ!』と歓声が上がる。


「凄い! 凄いですわ! 御主人様!」

「やるじゃない!」

 リアムもローラも大喜びだ。でも、打ち込んだ俺には分かった。

 だから、周りに聞こえない様にふたりだけに声を届かせる。


「ありゃ、ダメだ。ほとんど効いてないよ」


「ええっ!」


「見ろよ」

 そう言いながら、竜甲兵に向かって顎をしゃくる。


 確かにレヴァの火炎弾の威力は凄まじい。

 何てったって、真下に打ち込めば地面をえぐり取っちゃうくらいだかね。

 でも、あの竜甲兵にはやっぱり効かなかった。


「奴は吹き飛んだんじゃないよ。最初、火炎弾を肩の盾で受け止めたのが見えなかったかなぁ?

 それから、念には念を入れて後に飛ぶことで、勢いを逃がしたんだ」


「確かに……」

「言われてみれば、どこも壊れた様には見えないわね」

「すぐに動き出さないですから、きっと中の人はバタンキューなのです。

 大丈夫です!」


「メリッサちゃん。そりゃ違う。奴は、今んとこ警戒して近寄らないだけだ」


 確かに、かなり驚かせる事には成功したと思う。

 でも、それだけだ。

 多分、リアムと戦った時の事を知ってる奴が、俺に注意するようにでも話してたんだろう。

 頑丈な上に、まったく油断してない奴を相手にする事になっちゃったみたいだ。


 マズイね。何だか焦って来る。

 けど、町の人たちにそんな顔は見せられない。

 笑顔で周りに手を振って、無理にでも余裕の表情を作った。



 そこから男爵軍は大きく下がって、矢合わせになった。

 レヴァの火炎弾は威力の割に今のところ飛距離が短い。百メートルも下がられると、あの程度の盾でも充分に防げてしまう。

 と云う訳で、奴らが近付くまで、俺の出番は無くなった。


 最初にローラの弓が一度に数人を射倒すと、相手はぴったりと盾に隠れて動きを止める。

 そのせいで、あっちは恐る恐るの弓射になってしまってるんで、味方にほとんど被害がないのはありがたい。


 でも、闘いが長引くのもヤバイから、出来ればもう少し近付いて欲しいんだよなぁ。


 とにかく、今のうちにイブンさんに頼んで、竜甲向けの武器を調達してもらう事にした。

 あと少しは、今の状態が持ってくれよ、と思う。


 そんな中でリアムが、竜甲兵を睨みながらボソリと呟く。

「おかしいですわ」

「何が?」

「さっきの事です。つまり、リンディウムⅡが御主人様の攻撃を避けた動きですわ」

「うん。無茶苦茶に良い動きだったよなぁ!」

「それです!」

「?」

「良すぎるんです」

「どういう事?」

「私の知る限り、カサンカ家にあれだけ竜甲を操れる竜甲兵はいません」


「つまり、あれは新入りって事か?」

「そうなりますが、となると今度はローラさんの予想と矛盾してしまいます」

「ああ、新しい竜甲兵が欲しいから、この町を攻めたって話ね。

 う~ん。そういや、そうなるね?」


 考える中、そのローラが側に走り込んでくる。

「ねえ、あそこ見える?」

「何?」

「ほら、あの変な格好した女」

「……」

 距離にして二百メートル程離れた位置。集団の最後尾に立つ竜甲兵。

 その竜甲兵の側に立ち、腰に手を当てたままに、すっくと立つ女は確かに妙な格好をしている。


 短めの白衣にビチェスとホットパンツって何だ?

 この世界にも白衣ってあるんだ。

 しっかし、美人だなぁ。

 眼鏡とルージュの組み合わせに、いかにもな髪型。

 まるで丸の内のエリートOLって感じだ。

 きつめのお姉さんって……。う~ん。イイヨ、イイヨ!


「あんた、何、鼻の下伸ばしてるのよ!」

 後からローラの腕が絡んで首が絞めつけられる。

 おお、胸が背中に当たって、苦しいけど嬉しい。

 うぉ! こりゃ裸締めやんけ! このままでは落ちる~。


 く、苦しい……。

 とにかく誤魔化さなくっちゃ!


「えっ、いや、まさか、まさかですよ。ローラさん」

「誤魔化すな!」

「ぐぇ!」

 一発でバレた……。


 ぎゃ~、次はリアムが騒ぐぞ。

 覚悟したんだけど、いつまで経ってもリアムの叫び声は聞こえない。

 視線を前に向けたまま、呻くように声を出した。


「あれは……、魔女……」

「魔女って?」

 俺の首を絞めたままのローラの問いに、リアムは顔も向けず簡潔に応える。

「カルディアナ・リーンランド」

「それなら医者って聞いた事があるけど?」

「医者、と云うよりも竜甲兵の設計や改良を行う科学者と言った方が良いようです」

「やだっ! な~んか、厄介な事になる気がするわね」


「もう、充分に厄介だろ!」

 ようやく自由になった首を揉みながら、ぼやく俺。

 そこに、イブンさんが頼んだものを持って現れた。

 



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