第25話 竜甲兵①

「リアム、奴を必ず殺せ! どうせ目撃者もいないんだからな」


 一瞬、ギルタブリル様の言葉を聞き間違えたのか、と思いました。


「は? いえ、でもバロネット達がいます。彼等がギルドに戻れば、話はすぐに広まってしまいますが?」

 言い終わらぬ途端とたんに、飛んできた乗馬鞭の先が私のほほを張り飛ばします。

 兜を脱いだばかりだったので頬を狙って来たのは見えていました。

 でも、避ける訳にもいかず、素直に受けるしかありません。

 気付かれぬ様に目だけは庇いましたが、頬が裂けて血が流れ出します。


「奴隷が何を言っている! あのバロネット共々、皆殺しにすれば良いだけだろうが!」


「はい……」

 そう答えるしかありません。私は戦奴なのですから。

 盟約上、自死や陵辱の命令に従う事はありません。

 殺害への抵抗も出来ます。

 けれども、戦闘行為に関わる命令だけは絶対です。

 この馬鹿親子の為にどれだけ無辜むこの人々の命を奪ったかと思うと、息子だけでも後から首を跳ね飛ばしたくなりますわ。

 いえ、この双刃で正面から、腕、足、と一本ずつ切り飛ばすのも面白いのではないでしょうか。


 ふふ、所詮は妄想ですわね。


 あの少年はリバーワイズ様のお弟子さんだと聞きました。

 羨ましい事です。

 生まれた家庭、土地や環境、或いは才能という運命の違いから私は戦奴に、そして彼は学者になった。


 自分の中に黒いモノが渦巻くのが分かります。

 彼の責任でも無い事なのに、彼が段々と憎くなってくる気がしますね。

 竜の肉を喰って生きながらえた人間は、やはり、もう人間では無いのでしょうか?

 大恩有るリバーワイズ様のお弟子様ですら、殺す事に戸惑いがないとは、自分で自分にあきれかえります。


 もう考えるのは止めましょう。

 いくら羨ましくても、彼の人生はここまでですからね。

 リバーワイズ様のような『生きた伝説』ならばともかく。普通はいくら強力な魔法使いと言っても、ひとりで竜甲兵に立ち向かう事は出来ません。

 せめて彼に剣技でもあれば、もしかすれば逃げ延びられるかもしれませんが。

 幸いにこの機体は、馬鹿息子ギルタブリルが倉庫から盗み出してきた灰色小翼竜型グレイ・ワイバーン・タイプです。

 速度だけが頼りの旧型。

 僅かな隙間から足の腱を狙えば、上手く行けば暫くの間だけでも行動不能に出来ます。


 彼にその剣技と速度がある事を祈りましょう。


 でもですね、私だって“そんなに”死にたい訳じゃ無いんですの。

 やるからには、全力でやらせてもらいますわ。


 竜の鱗に覆われた全高二.八モート(二.八メートル)の巨体。

 全身の筋肉は魔石によって制御され、竜として生きていた時に等しい力があります。

 その腹部を開いてスルリと乗り込みました。

 いえ、足を半ばまで太ももに収納し、腕を同じように肩口までねじ込むと自分の動きは、そのまま竜甲兵の動きに繋がります。

 正しい意味で乗り込む事を指す『竜騎』ではなく、鎧と云う意味の『竜甲』という言葉はここから来ています。

 最後に自分の首の後にある一枚の鱗へ竜甲の脊髄神経を繋ぎます。

 これで準備は完了。

 とたんに視覚が繋がって、自分自身が竜甲兵へと切り替わったのが分かりました。


 さあ、それでは殺戮を始めましょう。



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