第20話 奴隷狩り?②


「おうちが、おうちが燃えるのです。大変なのですぅ~!」

「そう簡単には燃えないわよ! お父さんの魔法を信じなさい!」


 炎の中を覗き込むと、お姉ちゃんが弓を構えて窓際に立っている。

 メリッサちゃんの姿はかまどの火からは死角になっていて見えないが、同じように杖を構えて、闘う準備をしているのだろう。


「レヴァ、何が起きてる?!」

【ふむ、何者かの襲撃のようだ】

「何者か、って? な、何者だよ……」


 レヴァが答えなくても、外に居るのが人間だって事は予想が付く。

 でも、聞かずにはいられない。


【丁度良い。どうやら奴ら火矢を打ち込んだ様だ。この屋敷の防御魔法は強力だ。

 何百発打ち込んだところで直ぐに消えるだろうが、少しの間なら炎を介して表が見えるぞ】


 その言葉と共に、炎の中の映像が切り替わった。

 三角屋根の中間あたりから下を見る感じだ。

 かなり遠くまで見通せる。


 この家を囲む森の木々の隙間に奴らはいた。

 人数にして二十名ほど。やっぱり間違い無く人間。

 しかも兵隊。 最悪だよ……。


 馬が六頭。残りは歩兵のようだ。

 馬上の六名のうち三名はプレート・アーマーと呼ばれる金属の打ち出し鎧を身に纏っている。

 連中は目立って歩兵より身体が大きい。

 それと中央の奴の金属甲冑が一際豪華だってことが分かる。

 こいつが大将かな? 身体もデブと言って良いほどでかい。

 多分、貴族って奴だろうな、と思う。


 中世から貴族って奴は一般人に比べて高身長で体格が良い。

 何故かというと、食い物が良いからだ。

 日本では貴族というとひょろいイメージがあるが、それは絶対王政が安定してからの話であって、古代や中世の戦乱期では、その考えは大間違いだ。


 豊富な財力は豊富な食糧を得られる事を意味して、結果として貴族階級に立派な体格を与える。

 

 町の荒くれ者や山賊の方が貴族よりも身体がでかくて力持ち、なんてのは、殆どが単なるイメージだ。

 体格、体力、筋力の全てにおいて、戦乱期の貴族に農民は決してかなわない。

 成長期に喰うモノが違えば、成人した時の身体のつくりが違ってくる事ぐらい、どんな馬鹿でも分かる。


 だからプレートメイルの騎士達は、腰の剣も身体に合わせた大きさがある。

 俺の持ってるショートソードであんな剣を受けたら、まず一発でへし折れるだろう。


 あと、周りの歩兵連中が持ってる弓だけど、あれ、いしゆみだよね。

 歯車でげんを巻き上げる弓。つまりクロスボウって奴だ。

 全部で五丁。あれに狙われたら、ヤバイ。

 騎士の甲冑なんか一撃で突き抜けるんで、キリスト教徒同士の戦争では使用禁止になったことも有ったほど強力だ。


 その他に騎馬の連中の中には、皮鎧を着けた一際でかい奴がいる。

 身長二メートルぐらいはあるだろうか? 馬が小さく見えるね。

 あれが剣を振るったら、弩よりもっと恐そうだ。

 いくらレヴァがいても、俺には人は殺せそうに無いんだよ。


 そうかと思えば、逆にやけに小さい奴も一人だけいる。

 騎兵は本当は小さい方が良いんだろうか?

 でも、でかいのもいるし……、ああ、今はそんな話じゃない。

 敵は槍持ちを合わせて全部で二十人。

 あいつらが、さっきお姉ちゃんが言ってたエルフや獣人を敵視する人間って奴だ。

 多分、『奴隷狩り』に来たんだろう。


 う~ん、どうしよう?


「なあ、レヴァ。 俺、どうすれば良いと思う?」


【知らん】


「知らんって、そんな!」


【さっきから言っておろうが、我の力はお主にしか使えん。

 我はあくまで“欠片”であって、自分の意志で力を振るう事など叶わぬ身よ。

 まあ、お主が我の力に溺れて飲みこまれる日を待つのみだな】


 そう言ってレヴァは薄く笑う。

 くそったれ! と思う中で屋根の火は遂に消えたらしく、外は見えなくなった。


 映像をリビングに戻す。

 かまどには僅かな種火が生きているらしく、こちらはまだはっきりと見えるし、音も聞こえる。


 外からの声が聞こえて来た。

『聞こえているのだろう、奴隷共!

 貴様等がどこから逃げ出したかは知らぬが、諦めてさっさと出てこい!

 今なら殺さずに済ませてやる!』


 続いて、別の声も響く。

『それとも持ち主がいるのか?

 真っ当な持ち主なら、さっさと出てこい!

 今なら男爵の名にかけて、安全と財産の権利は保障してやる!

 我々はカサンカ男爵家による山賊討伐の巡回部隊である!』


 どちらも聞くからに、実にいやらしい声だ。

 この手の声を出す奴らにろくな奴はいないと俺は知ってる。

 むかむかしてきた。


 だが、無茶はしたくない。

 この世界でいきなり敵を作るのはまずい気がする。

 貴族ともなれば、よけいにまずい。

 言葉さえ通じれば、何とかする方法は思い付いてるんだ。


「なあ、レヴァ! 本当に俺の言葉を通じさせる事は出来ないのかよ?」


【だから言ったであろう。よく分からん、とな。

 出来るにしても、お主の側に実際の炎でもなければ、その様な事は出来ん。

 この家に火でも付けてから話し合いを始めるつもりか?

 それとも、奴らを焼きながら話し合うのか?】

 そう言って、遂にはゲラゲラと笑い出した。


 一瞬、カッとなったが、その時ふとひらめく。

「なるほど。火を付ける、ね」


【おい、どうした? よもや狂ったのではあるまいな?】


「ふざけるな。お前じゃあるまいし! それより、ここから出られるか?」


【無論よ】


 何だかんだ言ってレヴァの力は頼りになる。

 俺の“準備完了”の言葉と同時にドアが吹き飛んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る