第16話 捕虜になった! ①


 今、俺は山の中の一軒家にいる。

 茂みの奥にひっそり立ってて、まるで隠れ家みたいな家だ。


 ここまでメリッサちゃんを送ってきたら、樹の上から弓矢を向けられた。

 レヴァは、【殺せ】って言ったんだけど、どうやらメリッサちゃんのお姉ちゃんらしい。

 手が出せる訳がない。


 結局、捕まって縛り上げられた。

 一階のリビングは和風か洋風かで言えば、外見と同じ洋風。

 ただ、所々が中東風で、はりからタペストリーが掛かっていたり、テーブルと椅子の他に、部屋の一角には随分とふかふかな絨毯が敷かれ、クッションも山積みにされている。

 実に住み心地の良さそうな家だ。


 だが、俺は硬い木の椅子にきつく縛られたままでクッションに寝転ぶ事を楽しむどころか、タペストリーの絵柄を見るために首をめぐらせる事すら難しい。

 メリッサちゃんが一生懸命取りなしてくれてるみたいなんだけど、しばらく自由になる事は諦めた方が良さそうだ。

 まあ、こんなロープぐらい、あっさり焼き切れそうだけど、下手な行動を取りたくないんだよね。


 何でか、メリッサちゃんのお姉ちゃんらしい子にずっと睨まれてるからね。

 剣もリュックも取り上げられて今は丸腰だし、この世界は命が安いそうだから気を付けないといけないと聞いてる。

 それよりも何よりも、メリッサちゃんの前でケンカになるのは嫌だ。


 目の前に居るメリッサちゃんのお姉ちゃんは俺と同じくらいの歳。

 ただ、メリッサちゃんとは、全く違う。 狐の尻尾も耳もない。

 当然だけど、血のつながりは無いんだろうね。

 でも、本当の姉妹みたいに仲が良い事は分かる。


 いや、この子も凄く可愛いよ。

 でも、肌も瞳も髪の色まで、やっぱりメリッサちゃんとは何もかもが違う。


 髪の毛は最初は黒かと思ったけど、木陰から陽の当たるところに出てきた時に気付いて驚いた。

 なんと青! 薄い色のせいか光が反射すると宝石みたいにキラキラ光る。

 凄い!

 あと瞳の色も同じ。ただし、こっちはもっと深い感じで違う綺麗さがある。

 それに、なんって言うのかな。やっぱり、ここは異世界なんだね。

 耳が長い……、エルフって奴だ。


 感動!


 肌の色からすると、ダークエルフかな?


 そう、お姉ちゃんの肌は褐色。

 黒人って色とはちょっと違う。 なんか不思議な色合い。

 これも綺麗だねぇ……。


 あとダークエルフと言えばゲームの通り、やっぱり、おっぱ……、胸が大きい。

 それだけでもけしからんのに、着ている服がこれまた実にけしからん姿だ!

 全く持ってけしからん! もっとやれ!

 綿のワンピースの上半分みたいな薄くて柔らかそうな布地なのに、胸元の切れ込みが凄い。

 サイドラインなんか編み込みの紐だけだから、脇が丸見えだよ。

 それに下はミニスカートとブーツ。

 三指だけがガードされた小手は弓に矢をつがえる為のものだろうけど、これもまた中二心を刺激する。


 脚も綺麗だなぁ、って、あ、まずい、気付かれたみたい!

 睨まれた。

 何だかわかんないけど早口でまくし立ててくる。

 怒ってるのは分かる。


 メリッサちゃんは笑ってる。

 良かった。

 せっかく格好いいお兄ちゃんだったのに、変態にランクダウンはちょっと悲しいもんね。



 でも、どうしようか?

 いつまで縛られてりゃいいんだろ?



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「メリッサ! あんた、この男、どこで拾ったの?」


「だから、さっきから言ってる通り、助けてもらったです! 良い人です!」


 メリッサの言う事は信用出来そうで、まるで信用出来ない。


 メリッサが丘を越えて、イチジクを取りに行くのは分かる。

 ガルムに襲われたという事も信じられる。


 でも、こんなひ弱そうな奴が、ひとりで十一頭ものガルムを退治するなんて話はとても信じられない。

 第一、そんなに強いのなら私の弓ぐらいじゃ押さえられる筈ないじゃない。

 呆れる事に、こいつ馬鹿みたいに素直に縛られてんのよ。


 でも、亜人狩りの斥候スパイとも思えない。

 服もかなり良いもの着てるし、靴も見た事もない様な高級品だってわかる。


 ホント、良くわかんないのよね。

 ひとつ分かるのは、まあ、普通にスケベだって事ぐらいか。

 人の胸ばっかチラチラと見ちゃって、あたしが気付いて無いとでも思ってんのかしらね。

 まあ、14ぐらいなら色気も付く歳だから見逃してやるわよ。

 それにしてもひょろいけど身長だけはあるわね。

 身体と同じで生っちょろい顔付きだけど、まさか年上とか?

 いや、そりゃ無いか。


 それは、さておき、髪の色も瞳の色も黒って凄い珍しいよね。

 まるでお父さんみたいだ。


 あと、お父さんと同じなのは初対面であたしの肌を見ても嫌悪感を見せない事ね。

 そこはちょっと嬉しい。

 茶色の肌って、やっぱり“デックアールヴ”の特徴がはっきり現れるから・・・・・・


 それにしても、言葉がまるで通じないってどういう事なのよ!



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 縛られたままいつの間にか眠ってた。

 気付くと、正面から肩に巻き付けるように毛布が掛けられていて暖かい。

 メリッサちゃんが掛けてくれたんだろうね。あの子は優しいから。


 部屋の隅にかまどがあってお姉ちゃんが料理を始めた。

 何って言うか、随分と豪快な料理だ。

 野菜をぶった切って鍋に放り込むって感じ。

 あれ、大丈夫かな?


 う~ん、匂いは悪くない。

 ただね、見てる範囲では入れてなかったね。お肉……。


 この世界は中世っぽいから、やっぱり肉って高級品なんだろうか?

 メリッサちゃんと目が合った。

 お皿を運んでる。


 あれ、思ったより数が多い。 三枚は確実にあるよね。

 って事は、俺にもちゃんと喰わせてくれるって事か。

 う~ん、でも、唯、もらうだけじゃあ申し訳無いよね。


「メリッサちゃん!」

 声を掛けると、とことこと近付いてくる。

 お姉ちゃんが怒鳴るけど、まあ、待ってよ。


 あごでリュックを指すと、小さな身体で抱え込むように頑張って、一生懸命に持ち上げて、こっちに持ってこようとする。

 違う違う! 中に肉と塩があるんだよ!


 何度か、やりとりが繰り返されてようやっとリュックを開いてくれた。

 葉っぱに包まれた肉と岩塩を見て、お姉ちゃんが随分と驚いてる。

 ふっふふ、ここのところ肉には不自由していないのだよ。

 たくさんあるでしょ、遠慮しないでね。


 お姉ちゃんが何事か言ってきた。

 使って良いのか聞いてるんだろうから、うんうん、と頷く。


 じっとこっちを見ていたが、何か言ってから肉にナイフを入れ始める。

 怒られた口調では無かったから、お礼かな。お礼だといいな。


 そんな事を考えながら、料理を手際を観察し続けた。

 半分は細かく切って鍋に、残りの半分は金串に刺して、かまどの火で直接あぶっている。


 おお、やっぱりあの方法で良かったんだ。

 洞窟の前の焚き火であぶった時と同じようにジュッと大きな音がすると、良い匂いがただよってきてメリッサちゃんがよだれを垂らしそうなほどに大口を開けている。

 狐の耳がぴくぴく動いてる。

 まあ喜んでる事、喜んでる事!


 お姉ちゃんも、ちょっとばかり目がキラキラしてきた。

 ふっ、計画通り!


【何を言っているのだ、お主は?】


 おっと、中二病が出たか。

 なあ、レヴァ。 ふたりとも喜んでるかな?


【うむ、随分と喜んでいるな。どうやら保存していた肉が切れた直後だったらしい】


 あ、まるで手に入らないって訳じゃないのね。


【デックアールヴは優秀な狩人だ。肉に困る事などあるまい。

 とは云え、普通、ひとりの狩りでは鳥肉程度が限界で“ジャッカ”の肉など中々手に入らんだろうから、あれだけ喜ぶのも当然だな】


 ジャッカ?


【あの兎の名よ】


 へ~、そうか。

 ジャッカって言うのか。

 じゃあ、あの狼にも呼び名があるの?


【言葉を知らぬ以上、獣の名も知らぬ振りをして置いた方が良いと思うぞ】


 一瞬、ドキリとする。

 なるほど、言葉は通じないのに名前は分かるって、おかしいよね。

 レヴァは妙な所で親切だ。

 助かる。

 狼の名前は、ふたりから教えてもらう事にした方が良さそうだ。


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