月は護り花は狂い咲く
桜狼 殻
第1話 万葉
――緋色の身の丈より長い神の刀
小柄な痩躯に纏った神の巫女装束
風にたなびく美しい髪
月灯りに照らされたその姿は
今まで目にした何よりも美しかった
初秋の夕暮れは空が鮮やかな橙色に染まり、優しい気持ちになるから好きだ。
「天才とは努力する凡才のことである」とアインシュタインも言っているので、渋々小学校には通っている。
最近学校の帰り道は、必ず奈良公園を通って帰る様にしている。
セミロングの黒髪を秋風に靡かせているウチの名は
しがないとは言ったが鹿はいる。
ここは古都・奈良だからだ。
鹿県だ大仏県だと揶揄されつつも何だかんだ災害も少なく住みよい県だと言える。
そんな奈良の名所・奈良公園を進むと見えてくるのは参道。
この公園を縦断するかの様に山側に伸びているのはパワースポットとしても全国的に有名な
その参道の途中に…彼女はいつもそこにいる。
同じ時間、同じ場所で木々の落ち葉を掃いている夏月大社の巫女、彼女は
長い黒髪を後ろで纏めており巫女服のイメージも合わさり清楚な美人だ。
だが中身はオタクだ。
「わーい!月巴さんお帰りー!」
「六花ただいまー、今日はひっそりと怪しげな仕掛けしてないよな?」
「今日は突然ハグハグしようとしたり、スマホをサイレントモードにして月巴さん高速隠し撮りしたりしてないですよ…ちょいちょいちょい防犯ブザーを見える位置で構えないで!」
「次、やったらスマホのMicroSDは真っ二つね」
自ら自供し、口から魂が出ているが割と常習犯で滅茶苦茶好かれている。
学校帰りにたまたま気が向いて通った公園でたまたま六花を見掛け、たまたま挨拶して話す様になった。
いつも菓子をくれるので、参道の所々にある石段に座って、何気ない会話をするのが日課の様になっていた。
六花の日常の話。
ウチの学校の話。
共通の趣味であるゲームの話。
兎に角六花とは気が合うのですぐに打ち解けた。
打ち解けすぎて少し身の危険を感じる時もあるが、最近爆音防犯ブザーを持ち歩いてるし熊撃退スプレーも買った。
今日はたまたま学校でクラスの奴が喧嘩したからその話をしていると…
「こんにちは」
かなり年配で小柄な男性が六花に頭を下げた。
六花もこんにちは!と頭を下げると男性は本殿の方へ向かった。
「今の参拝者は知り合いか?」
「はい!堀内さんと言って参拝の常連さんなんです。奥さんが軽い病気で入院されてるとかで、『妻が早く帰ってこないとコンビニの飯はまずいー!』って言いながら参拝の日数が増えましたね。照れ隠しなんでしょうけど」
「いい旦那さんなんだな。こういう参拝者って知り合い多いのか?」
「いえいえ!参拝者のお名前を伺う機会とかなかなかないですからね」
「それに年配にこの長い参道を通って本殿までお参りに行くのってきつそうだ…」
「大きな神様がいらっしゃるとこは参道が長いとこが多いですね。参道の玉砂利をじゃりじゃり鳴らしてお参りに行くことで身を清める効果があるんです」
「へー!知らなかった!流石本職だな」
「と言っても大した事出来ないですけどね。年間行事とか踊りの奉納とか出れないですし、せいぜい授与物の取り扱いとか御朱印書いたりとかですね」
こうして参拝者に慕われたり、巫女としての仕事を熟してると…まるで清楚な一般人のように見える。ちょっとアレなへっぽこ巫女だが。
『…昨晩8時頃、大和笠山市の道路で対向車線をはみ出したトラックが軽乗用車と衝突する事故があり、軽乗用車に乗っていた女性と子供が全身を強く打って死亡しました。トラックの運転手の呼気からはアルコールが検知され……』
六花との交流も浅からぬ年月になり、月二回ペースで週末六花の家に泊まりにいく事にしている。
たまにウチの蔵から古いゲームが発掘されるので、全部六花の家に置く事にしているのだ。
死んだじいちゃんと一緒にやってたゲームの一部なのだが大事に遊んでくれる人に渡す方がきっとゲームも幸せだろう。
安心しろじいちゃん、ゲーム好きはしっかり孫に遺伝しているよ!
いつものドーナツを手土産にし、向かうは夏月大社の初の鳥居を西に下ったとこにある観光名所・
その畔にある地元で人気のカフェ・オアシカ。
古都を思わせる木の作りとガラスウインドウの佇まいが洒落ていて、テイクアウトのコーヒーやフラペンが大人気だ。
20時閉店で丁度閉店作業をしていたショートカットで蒼髪の女性が見えた。
この店の店長、
「こんばんは小町」
「月巴ちゃんいらっしゃーい♪六花呼ぶからカウンターで待っててね!」
店内の明るさが変わる。
このカフェのガラスウインドウは通電するとすりガラスになる特性で、主に閉店後や六花がいる時だけ見えないように施されてる。
六花を隠す意味は謎だが。
着ているパジャマがアレな感じだからか?
少し高さのあるカウンターの椅子に座って、待ってる間に六花が来た。
「月巴ひゃん、こまこまおひゃよぉ~」
寝てたなコイツ。
もこもこのショートパンツに、背中のフードにうさぎの耳がついているもこもこパーカー。
「晩御飯は何が良い?希望がなければガパオライス作るけどー♪」
六花とウチは首を縦にぶんぶん振る。
カフェの店長という役職が関係あるかは分からないが、小町は料理が無双に上手い。
ウチが将来料理を習う時は絶対小町に弟子入りしようと思ってる。
「こまこまご馳走様ー!」
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末様♪じゃあ私は後片付けと閉店準備してから帰るね♪」
「はーい!」
と、ウチ達二人は店の突き当りの更に奥、staffonlyの扉を開ける。
掃除用具等を置いている場所なのだが、入って左の壁にスタッフも知らない隠し扉がある。
扉の奥は階段で、階段を降りてすぐに六花の住居がある。
部屋はコンクリート打ちっぱなしの部屋、バストイレ別、キッチンはそこそこ広い。
家具は木材と鉄が基調で使われているインダストリアルデザイン。
観葉植物も綺麗に置いてある。
すっきりしてて綺麗なのにモニターの前あたりがゲーム機と積みゲーで非常に残念な事になってる。
「月巴さん、今日は何のゲームで対戦しますかー?たまには協力プレイでも面白いかもしれませんよ?」
「その前に、机に置いてあるmicroSDは先日自供したスマホの奴?」
「え、ちょまそれはちがうなにか」
ペキッ!
動揺してたから間違いないと見て割った。
ウチの家系はこういうのは得意なのだ。
六花が打ちひしがれてるが、気にせずゲームのセッティングをする。
「ほら六花!先日蔵から出てきたゲームと新作のドーナツだぞー!」
「やったー!発掘ゲーム!早速やってみましょう!」
ちょろすぎる!
一頻りゲームを楽しんでると突然少し休憩してくる、と六花が外に出た。
その間に牛乳とドーナツで脳の糖分を補う。
糖分が脳に行くから深夜の女子の糖分摂取によるカロリーはゼロなのだ。
割と白熱した対戦だったんでウチも夜風に当たろうと外に向かう。
オアシカの裏口から出て正面、犬沢池の
美しい身の丈よりも長い緋色の長刀、見た事もない洗練された巫女装束は袖などに光る文字が小さく浮かんでいる。
そして、月光の下で彼女の美しい髪が夜風にたなびいていた。
六花…なのか!?何故あんな服に…?
六花が見据える方向を見ると…
ビシ!
何かにヒビが入る様な音。
気のせいか?
ガラス張りは周りにオアシカしかないが、目視で異常は見られない。
ビシ!
音は犬沢池の周辺で聞こえる…何だこれ?
と、六花に目をやると今まで見た事ない位の険しい表情。
バリィィン!!!
六花の正面で何かが割れた音がしたかと思うと、見たこともない大きい化物が現出した。
胸から黒い物が吹き出して身体を伝って人の形を成している何か。
六花が刀を構えて、刀の出し入れで音をキキンッと奏でさせると、突然周囲が二重三重にぶれた。
ウチには分かった、結界だ!
しかもかなり特殊な!
周囲にまばらにいた人が消えてる事から人避けの結界何だろうけど…それならウチは何故結界の外に弾かれない?
兎も角、身の危険を感じるので少し後ろまで退いた。
『……ワタ……コドモ……ド…シテ』
人語を理解してる。
人なのか?
あれは…苦しんでる…?
六花がザッと草履を怪物に向けた瞬間凄まじい圧が周囲を包む!
近くに寄るだけで押しつぶされそうな圧!
「…我は逢禍を祓う者。初瀬川六花、推して参る!」
朱き刀を構え、戦闘態勢を取る!
「華技、残菊!」
刀を鞘に収めたまま一瞬で間合いを詰め、光る刀身の抜刀術で一閃!
威力が強い余り、化物の背後の建物が刀の軌道通りにズレて崩壊している!
大 惨 事 !
化物の腹も裂けるが尋常ならざる速度で傷が再生してるように見える。
突然化物が四つん這いになり、椅子や石のオブジェを踏みつぶしながら前進してくるも六花は驚異的な速度のバックステップで軽く回避している。
闘いが長引けば周囲が破壊されてしまう!
「彼岸花!」
六花の縦斬りからの左右袈裟斬りが決まり、追い打ちで回転斬りを決めるが、最後の力で飛び上がる!
あの巨体では押しつぶされる!
「返り咲き!!」
空中の化物を引き付け、刀身で一瞬だけ地面を刺す!
地面に衝突した寸前に六花はすっと避けた途端、六花が今まで立っていた位置に化物を貫く様に巨大な花が咲く。
化物は大きな悲鳴らしきものを上げゆっくり塵となって消えていく。
『…ワタ…コドモ…メンネ…』
消え掛けてる化物(?)に六花は手を合わせる。悲愴な表情で。
「六花!大丈夫か!」
「月巴さん!何故結界の中に…怪我はないですか?」
事が済んで六花の側まで来たウチを心配してくれる。
「六花こそ…大丈夫なのか?」
石のオブジェに座って一息つく。
少し元気なさげに笑った六花は、刀をキキンッ!と鳴らす。
結界が解除され、あれだけ破壊されていた石畳や椅子が一瞬で元の形に復元された。
そして刀を離すとゆっくり空中に消えていった。
巫女服も胸を軽く叩いた場所に向かって消えていき、先程のもこもこに戻った。
「…私は始まりの世界の巫覡…初瀬川六花」
「すべてを今すぐに知ろうとは無理なこと。雪が解ければ見えてくる」
「誰の言葉ですか?」
「ゲーテだよー」
その時、なんとなく何かを言い出しづらそうに彼女がとある事を切り出す。
「月巴さん…この辺り飲食店が多くてGが蠢いているので椅子とかに座らない方がいいですよ?」
「早よ言わんか―――!!!」
人生で一番早く飛びのいて尻をパタパタ叩いた。
六花はいつもの笑顔でケラケラ笑っていた。
……先程出た異形は
元は人、もしくは人の魂で、何者かによって人の無念を増幅させられた姿らしい。
様々なタイプの逢禍がいて、大半の逢禍がやがて自我を失い夏月大社本殿に向かって破壊進行するらしい。
それを払うのが
「何で夏月大社を狙うんだ?」
「秘匿義務があって詳しく言えないんですが、夏月大社をどかーん!されたらなんか色々どーん!って終わるのです」
説明に緊迫感が皆無だった。
そんな中、取り分け厄介で夏月大社に近づいたものを六花が祓う役目をしているらしい。
「あの刀と巫女服は神様の装備みたいなものなのか?」
「はい!
「神様の装備なのにネクサスって横文字がアンバランスだなー」
「あ、それはあの刀がなんか長ったらしい名前で覚えにくかったので、かっこいい名前を名乗ってます!」
「罰当たりか―――!!!」
「あと、包丁見当たらなくてネクサスでキャベツ切ったらシンクごとスパッと行っちゃってこまこまに滅茶苦茶叱られました!」
「御神刀でキャベツ切るなああぁぁっ!!!」
「引く位こまこまが怖かったのでもうやらないですー!」
「ウチは今絶賛どん引き中だがな。そういや、結界みたいなの貼ってたけど、あれは何だ?」
「周りの人を巻き込まない様にする為と、先程の様に破壊が酷い時はバックアップを取っていた空間と入れ替えるので、元に戻ります。」
「ウチ、結界の中に入れたんだが…何でなんだ?」
「…わかんにゃい!」
イレギュラーな事なのか…次に遭遇したとしたら六花の足を引っ張らない様にしないとな…
朝になった。
…昨夜の稀有な体験、しかも友人が怪物と戦ってる…という情報量の多さに寝られないんじゃないかと思っていたが、意外としっかり寝れた。
「こまこまおはよー!」
「小町、お早よう」
「はーいお早よう!朝御飯はどうしよっか?♪」
「昨日夜中にちょいちょいつまみ食いしてたからなぁ…軽目のものがいいかな?」
「軽目のものー…カツ丼!」
「重めかっ!」
「ステーキ!」
「重めかっ!!!」
「パフェ!」
「糖質過多かっ!!!」
「六花の意見ガン無視して軽めにサンドイッチにするね♪」
流石は小町、六花のあしらい方を熟知している。
「六花、今日どうするんだ?ゲームでもいいが中古ソフト探しに行くのでもいいし…」
「あーそだねー、どうしよっか?」
「あ―――!ごめーん六花!《
ん?調査?
「ちょっと待て、小町も夏月大社の関係者なのか!?」
「そうなのよー!って月巴ちゃんいつ知ったの?♪」
「昨晩、この店の前で六花が戦ったんだよ」
「でも、六花の戦闘見てるって事は多重結界に入ったって事よね?これは逸材かもしれないー♪」
成程、関係者だから家がここなのか、納得。
「ここ、その逢禍って奴が入ってきたりしないのか?」
「大丈夫!この建物自体がセーフハウスみたいになってるから、緊急の避難に使えるし特殊な結界が貼ってるから侵入出来ないの!」
夏月大社が近いからこそのセーフハウスか、用意がいいな。
「ちなみに六花の部屋にも結界が敷いてあるから少々の悪霊や化物が入ってきたら、たちどころにもがき苦しみ出すぅ♪」
「いや、そこは成仏させてやれよ」
この後、六花とウチは
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