第65話

 ……

 お前のことを覚えている者は誰もいなくなる

 それは……とても悲しいですね

 ……

 僕は……なんのために生きていたんでしょうか

 ジャー

 トイレからでた陽太は音を立てないように戸を閉めて、流しの手前にある小さな台に上がって蛇口をひねり水を出す。

 水の線が細く続く。

 少年の頬を涙が。

「ひっぐッ」

濡れていく小さな手、それは小刻みに震えていた。

 睫も濡れて、震えてる。

 悲しみを洗い流した後、頬についていた同じものを手で擦った。

 濡れた手もタオルでふいた。

「よいしょ」

 その後、少年は自分の布団へは戻らずにかずきの布団に潜り込んだ。

 人肌の温もりを感じたかずき、おぼろげながら目を開けた。

「ん……どうした?」

 自分の布団に陽太が入ることなんてまずないため不思議に思い、かずきは訊ねたが、意識はほぼ夢の中だった。

「僕がいなくなったらどうする?」

 布団の中でくぐもった声が訊ねる。

「探すさ……」

「そっか」

言葉が耳に届いて、かずきの意識はまたとけていく。

「あったかいね」

 かずき、お願いがあるんだ

 少年は心の中でかずきに話しかけていた。

 僕のこと忘れないで

 ずっとずっと忘れないで

 たとえ

 他のみんなが忘れても

 かずきだけには

 覚えててもらいたい

 かずきの心の中にいさせて

 お願い

 たまに思い出してくれるだけでいいんだ

 それだけでいいから

 消えたくない

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