身長差の恋 〜その距離5センチ〜

わおん

第1話 ミニマムコンビ


私の名前は 羽島 るい。

この春、高校一年生になりました。

新しい環境に慣れるのに必死だったけれど、

クラスメイトはみんな良い人達で、お友達もできました。勉強はちょこっと苦手だけれど、なんとか頑張っています。


季節はあっという間に六月。梅雨入りし、しとしとと雨が降る今日この頃。もうすぐ制服の衣替えの時期だ。

学校行事など楽しみだと思えるぐらいには落ち着いてきたけど、余裕がなくなるような悩みがあります。


それは…







「じゃあ一時間目の授業はここまで。日直は黒板消しとくように。はい委員長、号令お願い」

「起立、礼、着席」

チャイムと同時に先生が教室から去っていく。


日直…そう私は今日、日直なのだ。各授業の先生たちのお手伝いも日誌を書くのも別に苦ではない。ただ黒板掃除だけは…。


こうしている間にも休憩時間が終わりに近づいてくる。言われた通り日直の仕事をせねば。と重い腰を上げ、黒板へ向かう。

黒板消しを持ち白い文字を下から目でなぞり見上げる。


くそぅ…先生一番上から書いてる…。身長高いもんな…仕方ない。

仕方ないんだけどさ…。

と自分に言い聞かせ、下の方から消してゆく。問題はここからだ。


「ほっ……ふんっ……」

届かない!!!!


もう自動で文字が消えないだろうかと恨めしく思いながら黒板を見上げる。



私の悩み…それは身長150センチと小柄なのだ。

友人は身長が高く、私のことをちっちゃくてかわいい!とマスコット扱いする。

女の子らしくて良いじゃんって言うけど、良いことなんて一つもない。


まず、高いところに手が届かない。洋服の丈が合わない。背の順で並ぶ時に一番前。小学生と間違えられる。肘置きにされる。

あげたらきりがない。中学生の頃揶揄われたりして…思い出したくない。高校生になった今もまた同じ事があるんじゃないかとまわりの目を気にしてしまう。


もう椅子を持ってきてそれに乗って消せばあっという間に終わるだろう。

でも、悔しい。椅子なんか使わなくたって消せるんだ!と変なプライドが邪魔をして背伸びやジャンプをしながら黒板の残りの文字を消してゆく。


「るい、ぴょんぴょんしてかわいい〜!うさぎみたい!」

「ハァ…ハァ…もうっ!そんなこと言うなら手伝ってよ〜」

「いやぁ〜一生懸命でかわいくてさ!」

ずっと見ていたい。尊い。と真顔で言う。

さっきまでの微笑ましい顔はどうした。


この友人、いつも私が奮闘しているのを観察しているのだ。揶揄っているのではなく心の底から思っていると本人からそれはそれは熱弁されたので、ホッとしているがこの状態の彼女に何を言っても無駄だ。

もう諦めて椅子を使うしかないと取りに行こうとすると


「俺が消す」

もう一人の日直、水原くんが私の持っていた黒板消しを奪っていった。

「あ、ありがとう水原くん。でも…」

「ふんっ………ぐぐっ…くそっ…」

「…………………」

「ハァ…ハァ…」

「水原くん、椅子、持ってこよっか…」

「そうだな………」

と二人で遠い目をしながら黒板を見上げた。息切れもする。


水原 夏樹くん。

彼も155センチと低身長なのだ。

私と5センチしか変わらず、隣に並んでも目線がほぼ同じくらいに感じる。本人には言わないけれど。背の順で並ぶとお互い一番前で、今の席もお隣同士。

そんな私たちをみんなは「ミニマムコンビ」と呼ぶ。


水原くんと私は苦労が同じ事もあり、自然と話すようになっていた。入学式で初めて会った時、目線が近い男の子がいる!と嬉しくなったのだ。人と話す時、見上げる事が多くて首が痛くなるので貴重な存在だと思った。

ぜひともお話ししてみたい、と目をキラキラさせていたら

多分、水原くんもそう思ってくれたのだと思う。目が合い数秒、ちっちゃいもの同士がんばろうじゃないかという気持ちを込め、熱く握手を交わした。

あの時のことを思い返しながら放課後まで日直のお仕事をこなすのだった。



窓の外を眺める。天気予報では太陽の出る時間があるかもと言っていたが、結局一日雨のようだ。

「羽島、日誌書き終わったか?」

「えと、うん!大丈夫!」

「ボーッとしてたけど体調悪いのか?」

「んーん!まだ雨止まないなあって。あ、日誌私が持ってくよ!」

「いいって、俺もいく」

水原くんは教室の窓の鍵をチェックし始めたので、私は慌てて荷物をリュックに纏めて帰る準備をした。





「日直って何気に大変だよな…」

「そうだね…」

先生に日誌を渡すため職員室へ行ったら、授業で使った資料を戻しておいて欲しいとお手伝いを任された。

結構量があって一人だと運べなかったので水原くんが一緒にいてくれてよかったと息を吐いた。

準備室に資料を戻し終え、下駄箱へ向かう。

「一緒に来てくれてありがとう。水原くんがいてくれてよかった!」

「気にすんな。あれは一人じゃ無理だったな。」

こうやって気遣ってくれる水原くんは優しいのだ。

二人で階段を降りてゆく。


すると下の階からイッチニーサンシーと元気な掛け声が聞こえてきた。

「運動部は中で練習か」

「外、雨だもんね」

階段の踊り場にある窓から外を見る。


「さっきより強くなってきたな」

「本当だ!今日もお散歩はお預けかなあ」

「お散歩?」

「あ、うん。犬飼ってるの。小雨ならレインコート着せて行ったりするんだけど、こんなに強いと…」

「だよな。俺ん家にもいるよ、犬」

「え!そうなの?」


あまりプライベートな事は話したことがなかったので、水原くんの新しい一面が知れた気がして少し嬉しくなりながら階段を降りてゆく。

種類は何か聞こうとしたその時、先程準備運動をしていた部員達が登ってきて鉢合わせた。校舎全体を使ってランニングをしているらしい。

邪魔にならないように端に避けようとしたその時、ズルッと階段を踏み外した。


「っ!?」

やばい、落ちる!

身体にくる衝撃に耐えようと目を閉じた。

しかしお腹に腕が回り身体をグイッと引き寄せられた。

「あっぶねー…間一髪だった!」

「あ……水原くん…?」

「おう。怪我ないか?」

「う、うん!大丈夫!ありがとう!」

 助かりました!とお礼を言うと、お腹に回されていた腕が離れていった。

「よかった。雨で外も滑るだろうし送ってく」

「そんな悪いよ!」

「今の見て心臓飛び出るかと思った。俺が安心できないから黙って送られて」

「お、お世話になります…」

「ふはっ!お世話します」

クスクス笑った水原くん。その口元から尖った犬歯がチラリと覗いていた。


私を助けてくれた水原くん。その時にお腹に回った腕と、引っ張り上げてくれた力の強さにびっくりしたのだ。

背が男子の平均より小さくて、笑うと可愛くて、どこか自分と同じマスコットのように思っていたのかもしれない。

目線が同じくらいで、背の順も同じ一番前で…

同じだと思っていたのに、全然違った。

そういえば手のひらも大きかったな…腕も筋肉がついていたな…と自分と違うことにどんどん気が付いていくうちに顔が熱くなるのが分かった。


水原くんは、ちゃんと男の子なんだ。



まだ心臓がドキドキしている。

これは階段から落ちそうになったからか、

それとも………





END

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