最終話 私になくて貴方にあるもの

 中央都市『シャンドラ』にある『光の国』の本拠地では慌ただしく人が入り乱れていた。世界中のメンバーがここに集められ最後の決戦に向けて動き出す。


 悪逆令嬢の影響で本来予定していた長期的で安全なダンジョン攻略が、短時間の一発勝負に変更になり、それぞれの準備が急ピッチに行われていた。


「そうだ、最終的には無傷で5人をラスボスの所まで送る事が出来ればいいんだ。」

「ありったけの回復薬と食糧を集めてちょうだい。」

「アイテムボックス持ちは、こっちに来てくれ。」

「先遣隊の突入後、諜報部隊を送る。準備しろ。」


 ダンジョン攻略の準備が進む中、上階では勇者と女神達がその作業を見ていた。


「あ、あのハルカちゃん、怪我を治してもらってありがとう。セイギ君も助けてくれて嬉しかったよ、ありがとう。」

 

「大丈夫ですよ、アキホさん。傷は全て治す事が出来ました。無事で本当に良かったですよ。ねぇ、セイちゃん。」


「ていうか、あの悪逆令嬢、目がヤバかったよね。ウチのセイギに向かって叫んでて普通に引いたわ。まぁ、私の魔法とセイギの作戦があれば余裕だったけどね。そうでしょ、セイギ!」


「セイギ先輩も倒すんじゃなくて、封印するだけなんて優しすぎます。でも、そこがカッコいいんですけどね。って、セイギ先輩聞いてます?」


 女神達の言葉を聞きながらもセイギは無言で目を瞑っている。こういう時は何かを考えている時であり、彼女達も咎めない。


 セイギは目を開き覚悟を決めて前へ出る。


「みんな!聞いてくれ!!」


 突然のセイギの力強い言葉に今まで騒然としていた空間が静まりかえる。


「この最後のダンジョン攻略。頭の中で何度もシミュレーションしてみたが、どうしても全員の命を保証する事ができない。正直言って多くの人が死んでしまう戦いになるだろう。

 だからこそ、この場を去って行きたい人がいたら、どうかみんな止めないでくれ。誰だって死ぬ事は怖い。それがゲームの中の世界だとしても。」


 『光の国』のメンバー達はそれぞれの顔を見ながら、ザワつき始める。


「しかし、俺はたとえ去って行く人がいたとしても、その人達の想いを力に変え必ず『エンシェント・ドラグーン』を倒してみせる。

 そして残ってくれた人の想いをこの剣に集め現実世界への扉を開いてみせる。

 だから、みんな俺を信じてくれ!!」


ウワーーキャーーー!ウワーーキャーー!

「勇者様に着いていくぞ!」

「私の命、貴方に託します!」

「現実世界に帰りたーーい!」


 『勇者:セイギ』の熱い演説に本拠地にいる全員が熱狂し、上階にいる女神達は顔を赤く染めセイギを見つめる。


 しかし、その光景を1人だけ冷めた目で見ている人間がいる。その事には誰も気付かないでいた。








「あの勇者の強さ、多分『エンシェント・ドラグーン』を倒してしまうな。」


 シンタロウは氷漬けに封印されたアリスを見ながら、紅茶を飲んでいた。


「どうする、アリス? ん?」


 アリスを包む氷の中から光が輝いている。その光はみるみる氷を溶かし彼女は自由を手に入れる。


 アリスは胸に刺さった槍を抜き、中から戦斧で結界を破壊する。失くした左腕と胸に空いた穴は自然と治っていった。


「何とか出てこれましたわ。封印というのは退屈ですわね。」


「これは『破呪の首飾り』か。」


 アリスが氷漬けにされていた足元に十字のペンダントが落ちている。誰かがアリスが氷漬けにされる前にここに投げ込んだようだ。


「ホホホ、やはり彼女とは仲良くなれそうですわ。」


 





 勇者達はダンジョン攻略を開始した。先遣隊が作った道を進み、諜報部隊が探し出した最短ルートで最下層まで降りていく。


 途中のボス達も他のテスターが盾になり、5人の消耗を最小限へと抑えていく。『光の国』のメンバーとの別れや友情に、時には涙しながら彼らは最下層へと辿り着く。


「ここが最下層『エンシェント・ドラグーン』がいる扉か。みんな覚悟はいいか?」


 4人の女神はセイギを見て頷く。

 彼らの最後の戦いが今幕を開ける。

 はずだった。






「こーんにーちわーーーーー。

 アリスちゃんですわーーーー♡♡♡♡♡♡♡♡」


 その扉の中にいたのはアリスとシンタロウ、そして切り刻まれ無惨な姿をしている龍らしき死体であった。


「なんで、お前がここに、、、」


 セイギは驚愕のあまり震えている。他の女神達も驚きの色が隠せない。


「さて?どうしてでしょう。貴方が現実世界に戻りたい方達の想いを背負っているなら、私は戻りたくない方達の想いを背負っているのかしらね。」


「何、、だと、?」


 アリスは戦斧を構え前へと出る、女神達は即座に臨戦態勢に入るもセイギは剣を抜かない。


「俺はテスター同士で戦いたくないんだ。人と人とが争って何になる。

 アリス!君が現実世界で辛い思いをしているなら俺が協力する。だから一緒に帰ろう!」


 セイギはアリスに手を差し伸べる。アリスはその手を戦斧で叩き切ろうとしたが、セイギはそれをわかっていたかのように手に魔力を込め戦斧を籠手で受け止める。


「そう簡単にはやられねぇぞ。話を聞いてくれるか?アリス。」


 セイギはこんな状況でも笑顔でアリスに語りかける。そんなセイギに対してアリスは戦斧を下げ、後ろに飛び距離を置いた。


「勇者さん、貴方は現実世界で夢ややりたい事はありますの?」


「夢ややりたい事? ああ、もちろんあるさ!

 まずは学校に戻ってサッカー部で全国大会に出るんだ。勉強も頑張って良い大学に行って、父さんみたいな弁護士になりたいな。弱い立場の人を1人でも救えるような立派な大人を目指す為に一生懸命努力したい!」


「立派な夢ですわね。素晴らしいですわ。恋愛や結婚などは、どう考えていますの?」


「えっ、結婚!?」


 アリスの予期せぬ質問にセイギはたじろぎながらも『巫女:ハルカ』を少し見て、意を決して答える。


「も、もちろん本当に好きな人と結婚して子供も欲しい。そいつは昔から俺の事を支えてくれていたんだ。その事にこんな状況じゃなきゃ気付けなかったけど、、、。

 俺は父さんや母さんがしてくれたみたいな、子供の愛情に溢れた家族をそいつと作りたいと思ってる。」


「セイちゃん、、、。」


 セイギの言葉に現実世界で幼馴染のハルカは自分の事であると察し、その発言に顔を赤くする。


 しかし、アリスはそのセイギの言葉を聞いて不敵な笑みを浮かべた。


ゴンッ!


 何かが鈍器で殴られた音が部屋に響く。セイギが振り返るとハルカが頭から血を流して倒れている。


「ハルカ!!」


 セイギは倒れたハルカに寄り添う。後頭部を無防備に殴られた彼女は息をしていない。彼の怒りの矛先はハルカを殴った人間に向けられた。


「どうしてこんな事をしたんだ!アキホさん!」


 ハルカを殴ったのは『聖騎士:アキホ』であった。アキホは目の焦点が合わないままセイギに語りかける。


「セイギ君、私はやっぱりこの世界がいい。現実世界なんて良い事ないよ。高校ではいじめられて、大学ではゼミの飲み会で無理矢理犯されて、何とか就職しても人が怖くてマトモに働けない。

 私にはこの世界で優しくしてくれた、貴方しかいないんだよ。異世界チートハーレムでいいじゃない、私は貴方が何人女の人を囲もうと構わない。でも現実世界に戻ると貴方が選ぶのはこの子!

 そんなの私耐えられない!!!」


「アキホさん、、、。」


 アキホの告白にセイギは思考が付いていかなかった。残りの2人も同じような気持ちの表情をしている。


 



「私は目が見えませんでした。

 この世界に来て初めて景色の美しさを知りました。」


「えっ?」


 アリスは混乱しているセイギに淡々と語りかける。その声は澄んで美しいものであった。


「私は耳がありませんでした。

 この世界に来て初めてクラシックの素晴らしさに触れました。

 

 私は鼻がありませんでした。

 この世界に来て初めてキンモクセイのいい香りを感じました。


 私は口がありませんでした。

 この世界に来て初めてマシュマロの柔らかさを感じました。


 私は舌がありませんでした。

 この世界に来て初めて甘いものと辛いものの魅力を感じました。


 私は髪の毛がありませんでした。

 この世界に来て初めて髪型を変える楽しみを感じました。


 私は顔がありませんでした。

 この世界に来て初めて容姿を褒められる気恥ずかしさを感じました。


 私は首がありませんでした。

 この世界に来て初めて服に合わせてネックレスを選ぶ楽しみを感じました。


 私は喉がありませんでした。

 この世界に来て初めてビールの喉越しを感じました。

 

 私は肩がありませんでした。

 この世界に来て初めて重い物を背負うと楽になると感じました。


 私は腕がありませんでした。

 この世界に来て初めて抱きしめるという事の尊さを感じました。


 私は手がありませんでした。

 この世界に来て初めて人の手の温もりを感じました。

 

 私は胸がありませんでした。

 この世界に来て初めて私の胸に対する殿方の視線を感じました。


 私はお腹がありませんでした。

 この世界に来て初めて食べ過ぎるとだらしなく出るお腹を感じました。


 私はお尻がありませんでした。

 この世界に来て初めて可愛い下着を選ぶ女の子の気持ちを感じました。


 私は下肢がありませんでした。

 この世界に来て初めて歩いたので躓き転んでばかりいました。


 私は足がありませんでした。

 この世界に来て初めて可愛い靴を沢山欲しくなる気持ちを感じました。


 私は子宮がありませんでした。

 この世界に未だ子供を宿す予定はありませんが、いつか自分の子を産みたいという気持ちを感じました。


 私は心臓がありませんでした。

 この世界に来て初めて心臓が動き生きている事を感じました。


 私は肺がありませんでした。

 この世界に来て初めて澄んだ空気を吸うことの気持ち良さを感じました。


 私は胃がありませんでした。

 この世界に来て初めて食べ過ぎるとダメだと感じました。


 私は感情がありませんでした。

 私はこの世界に来て初めて喜怒哀楽を感じました。


 私は心がありませんでした。

 私はこの世界に来て初めて安心、感謝、幸福を感じました。


 私は愛がありませんでした。

 私はこの世界で未だ情愛を感じた事はありませんが、いずれそういう方に出会いたいと思っています。


 私は脳しかありませんでした。

 この世界でないと存在できないのです。」


 セイギは目眩がしてくる。今まで浴びた事のない感情の連続。彼の現実世界に対する想いが揺らぎ何も考えられない。


「何なんだよ、お前は。」


「私にはこの世界しかありませんでした。だからこそ、ここから出る訳には行きませんの。」


 アリスは戦斧を振り上げる。セイギはそれを放心状態で見上げているだけであった。


「貴方は素晴らしい勇者でしたわ。本当にありがとうございます。また、ご機嫌よう。」








 


 

 アリスは中央都市にある城の玉座に座って足をバタバタさせている。シンタロウはその城の中から城下町を見ていた。


「どうだったアリス。今回の『異世界勇者編』は?」

 

「素晴らしかったですわ。特にあの封印される所なんてハラハラドキドキしましたわ。」


「そうか、よかった。あの勇者は想定以上に強くなっていたからな。」


 シンタロウが見下ろす城下町では5人の子供達が駆け回っている。その姿はどことなく勇者と女神達に似ていた。


「次は何か希望があるのか?」


「私今度は『学園』か『宇宙戦争』などにも興味が出ておりますわ。でも友情・努力・勝利を前提とした『ダークヒーロー』も捨て難いですわね。」


「好きに考えるがいいよ。NPCもこれだけ集まってきているし、テスターはまた俺が集めてくるから。」


「さすが私のシンタロウですわーー♡」


 アリスは駆け足でシンタロウに抱きつく。シンタロウはその頭を優しく撫でた。それは恋人同士ではなく、まるで親子のように。


「ああ、現実世界から守る為なら俺は何でもしよう。愛しのアリス。」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


以上で完結となります。


少しでも面白かったと思っていただければ

レビューやハートをいただけると幸いです。


ここまで見ていただきありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る