ヤ・バ・イ

藻野菜

ヤ・バ・イ

こんにちは、柳 果歩(やなぎ かほ)です。私は女子高生です。本が好きです。

やっぱり『本』っていいいですよね。

人の感情、様々な情景を作者さんそれぞれの語彙で言葉巧みに表現する様は

とてもとっても素晴らしいです。


そんな本大好きな私ですが、私の周りには私と同じように本が好きな人はいません。

『若者の活字離れ』を肌で実感しております。悲しいです。


本を読まないと人生損している、とまでは言わないけど、本を読んでれば語彙も

増えるし、自分とは違う感性にも触れることができる。とても素晴らしいことだと

思います。


(みんな本を好きになればいいのになぁ)


そんなことを思いながら、今日も学校に向かう。


「おはよー」


教室に入り、自分と仲のいい人たちの輪に加わりながら挨拶をする


「あ、おはよー。今みんなで昨日の映画の話しててさ」


友達の樹璃が話しかけてくる。昨日の映画とは、恐らく昨晩テレビで放送していた

人気イケメン俳優が出ているあの映画だろう。


「あ、そうなんだ。みんな見たの?」


「そりゃ見たよ~、イケメンが出てるんだからね」


「そっか、樹璃はあの俳優さん好きだったもんね」


「果歩も見たんでしょ!? どうだった? やばくなかった??」


(……? やばくなかった……? 何その質問、何が聞きたいんだろう。

俳優さんの演技? 映画全体の総評? それとも映画放送直後の続編発表のこと?)


いったい何のことか分からず、果歩は一瞬迷った。


「そうだね、カッコよかったよね」


「だよね~~マジであの人好きだわ」


どうやら「やばくなかった?」というのは「あの俳優、格好よくなかった?」

という意味だったらしい。樹璃と話していると、というより、いわゆる

『最近の女子高生』と話しているとこういうことはよくある気がする。

果歩も最近の女子高生ではあるが、少し煩わしく思っていた。


(”ヤバイ”という言葉を最近の若者はよく使うけど、その意味が分からない時が

 よくあるんだよな。『感動した』『可愛かった』『カッコよかった』等々、

 どんな感情を抱いた場合でも”ヤバイ”で表現してしまう人が多すぎる。

 それじゃあ何が言いたいのかさっぱり分からないよ。)


果歩は友人の言葉の使い方に思うところがあっても口には出さない。

こんなことをいちいち言っていたらすぐめんどくさい子扱いされて扱いされて

しまうからだ。


「しかも、ストーリーも超エモかったし! 私めちゃめちゃ感動しちゃってさー」


『エモい』という言葉はemotionからきている。emotionは”情緒”や”感動”という

意味だ。エモいという言葉は最近できた言葉だからか意味の定義がいまいち

分からない。とりあえず、感動した時に使う言葉という印象である。


(ただ「エモかった」って言われても具体的に何に感動したのかよく

 分からないんだよね……。そもそも「エモくて感動した」って文章的に

 おかしくない?エモいは感動って意味なのに、感動で感動したってこと?

 樹璃がどこのシーンで何を感じたのかが全く分からないよ)


「樹璃的にはどこら辺がよかった?」


「うーん、ストーリーは全体的に好きだったんだよね。

 大人の恋愛って感じがすごい出てて、登場人物の人間味?みたいのが

 伝わってきて良かった」


(なんだ、ちゃんと好きなところ言えるじゃん)


「あーそうなんだ、私も人間関係が細かく描写されてるところとか

 好きだったな」


「あ、あと、あの俳優さんが着替えるシーン好き!!」


「着替えるシーン?」


「そう! 着替えるところで首がアップになるのが良かったんだよねぇ

 私、うなじフェチだからさ~」


フェチとは、フェティシズムからきており倒錯した性的思考のことを指す。

そのものに並々ならぬ魅力を感じ、そのものを狂おしいほど愛している。

ただ好きなだけではなく、常軌を逸した偏愛、それがフェチだ。


(フェチ……。フェチって言葉使う人は本当の意味を分かっているのだろうか。

 最近、フェチという言葉が軽く使われ過ぎている気がする。

 「私は○○フェチ」「あなたって何フェチ?」なんて会話をよく耳にする。

 そうじゃないでしょ、フェチって。フェチって言葉がただの好きじゃない。

 likeでもloveでもなく、それ以上もしくはそれとはまったく別のなにかである

 はずだ。少なくとも他人に平然と言えるほど軽いものじゃない。樹璃の場合は

 「うなじフェチ」じゃなくて、ただの「イケメンのうなじ好き」だ)


「へぇ、そうなんだ……。まぁ、よかったよね」


「やっぱイケメンは身体の構造がちがうわ~~~」


違う。


違う違う違う。感情の表現って、言葉って、そうじゃないでしょ。

別に「私の方が語彙力がある」とか「言葉を正しい意味で使いなさい」とか

くどくど言うつもりはないけど、今自分が感じている感動を、感謝を、尊敬を、

軽蔑を、敬愛を、愛情を、本来様々あるはずの人の感情を、簡単な言葉一つで

表現してしまったら、もう自分の感情は相手に伝わらないし、相手が何を感じて

いるのかも分からない。


これは私が最近の若者についていけてないだけ? それとも、最近の人は他人に

自分の感情を伝えようとしてないだけ? どっちにしてもヤバイとかエモいとか

エグいとかフェチとか。そういう言葉の意味が私は分からない。


それからも果歩にとって同級生との会話は納得のいかないものばかりだった。


テスト後の会話でも

「さっきの問題、マジでエぐかったわ~」


放課後にクレープを食べに行った時も

「ここのクレープ屋めちゃめちゃやばいから!」


学年一イケメンと話題の男子を見た時も

「やばい~かっこよすぎて無理、死んじゃう」


テストの問題がエグかった。簡単すぎた? それとも、難しかった?

解けたけど時間が足りなかった? 一目見ただけで解くことを諦めた?


クレープ屋がやばかった。美味しかった? 不味かった?

見た目が綺麗だった? SNSにふさわしくない地味な見た目だった?


かっこよすぎて無理。”無理”っていうのはカッコよさの程度? それとも、自分が

関わるのは無理ってこと?



(分からないな。この人たちが何を言いたいのか)


考えるだけ無駄かもしれない。その場の雰囲気に合わせて流してしまえばいいかも

しれない。でも、言葉の本来の意味を知っていれば、相手が何を伝えたいのか深く

考えれば、ますます分からなくなる。理解しようとすればするほど訳がわからなく

なる。同じ日本語を使っているのに何故だろう。何を言っているのかが分からない。




私はもう、人の気持ちが分からない。

 

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