37――ハーフタイム、そして反撃


「ええ~? コースは同じだったのに、動きはさっきと違うよね」


「これってもしかして、偽物のサインも入ってるんじゃないの?」


 隣で目を皿のようにして瞳さんの動きを注視していた先輩達が、ため息交じりに自分達のゴールリングを通り抜けるボールを見つめていた。


 なるほどなぁ、ダミーサインか。サインを探し始めてからここまで10回ぐらい高速パスによる攻撃があったけど、全部動作が違うんだよな。自分の腰を触ったり、右手を上げてみたり。他にも立てる指が違ったりで、やっぱり相手が決めているサインを敵チームの自分達が盗み読むのは難しい。


 ただうちの先輩達もさすがに全国に出る強豪校でレギュラーメンバーをやってるだけあって、最初は100%抜かれていた高速パスをなんとか身体能力を使ってブロックしたりカットしていた。少しずつその精度も上がってきているが、おそらく試合が終わるまでに10本中3~4本止められれば御の字ぐらいのストップ率にしかならないだろう。


「小岩井、アップ始めて!」


「はいっ!」


 監督も高速パスを止める事に注力するよりも、相手に点を取られてもそれ以上に取り返す方向で戦略を考えているようだ。さっきから先輩達を次々と交代させて、色々な手を試している。そのおかげか点差は開いても6点以内で抑えられているが、このままだと後半どうなるのか不安ではある。


 スコアは48対42、うちの高校が6点ビハインドで前半が終了した。いつもより息を弾ませて疲れた様子の先輩達にドリンクを配ってから、監督が先輩達に飛ばす檄に耳を傾ける。ここまで来たら基本的な指示と精神論ぐらいしか言えないよな。相手のマークをしっかりとか、苦しい時は相手も苦しいとかね。


「河嶋!」


「は、はいっ!?」


 ちょっとぼんやりしていたから、突然名前を呼ばれて慌てて返事をした。そんなオレの心境がバレていたのか、監督は『コラ!』と叱るように目を細めてから言葉を続けた。


「後半、10点ビハインドになった時点でお前を試合に出す。とにかくスリーポイントを打ちまくって、相手を警戒させるんだ。もちろん点差は縮めてほしいが、外れてもいいから萎縮せずにどんどん打て! 相手にプレッシャーを掛け続けるんだ!!」


 オレが返事をすると同時に、コート内のモップがけが終わってちょうどハーフタイム終了のブザーが鳴った。それと同時にベンチの横にある空きスペースで、疲れない程度にジャンプしたり柔軟したり、膝を高く挙げて足踏みをしたりして身体を暖める。急に呼ばれて体をほぐしてない状態でいきなり運動したら、肉離れとかアキレス腱断絶とか怪我するかもしれないからな。


 心配なのは体力なんだけど後半全部出る訳ではないだろうし、多分大丈夫だと思う。全然試合に出てないから疲れもないし、今日の体調は万全だ。体の動きもキレがいいし、久々の公式戦にワクワクが止まらない。


 出番はまだかなとコートの試合展開を見てみたら、6~8点差でギリギリ踏みとどまっている感じだ。監督も10点差とか明言しちゃったから、早めに出すとか言えない様子でちょっとまごついている。『いいよ、いつでも行けるよ』とジャージを脱いで、ユニフォーム姿で監督に視線を送る。


「よし、行けるか河嶋!?」


「はいっ」


 髪ゴムで適当に両側でお下げを作って、ラインの側に立つ。反対側のラインをボールが越えてコート外に出たので、ちょうどいい交代タイミングだ。控えスタートだった先輩が近づいてきて、ポンとオレの肩を叩く。まるで後は任せたとでも言われているかのようなその手のぬくもりに、オレは小さく頷いた。


 コートに足を進めると部長や副部長、そしてまゆともうひとりの先輩が近づいてきて肩や背中をポンポンと叩いて、それぞれの位置へ戻っていく。ああ、そうか。河嶋ひなたは公式戦初出場って設定だったっけ。そりゃあ普通は緊張してると思うよね、実際は全然落ち着いているんだけど。


 さて、相手ボールからゲーム再開。と思ったら、いきなりこっちにボールが来た! 多分背もちっちゃいし身体も細っこいから、与し易い相手だと思ったんだろうね。ただ男子に比べるとスピードも力強さも数枚落ちる。特にオレは大学のサークルに通っていた頃に男女共に結構レベルの高いプレイを見ていたから、十分対応できるレベルだった。


「よいしょ!」


 相手がドライブで切り込んできたのを半身で避けて、ボールが相手の手に戻るまでの僅かな間を狙ってスティール。ドリブルしながら一気に駆け出した。


「おお、ナイススティール!」


 部長がそう言っている間に、他の先輩達が援護するようにオレと一緒に敵コートへと上がってきていた。今はディフェンシブなポジショニングを取るように監督に言われているので、部長はちょっと自陣寄りにいる。本当ならここでエースのまゆにパスを出すべきなんだけど、とにかくスリーポイントを狙えという指示があるのだから、多少遠くても狙っていく。


 センターラインから少し敵陣寄り、ちょうど敵ゴールの直線上でオレはおもむろにジャンプして、殊更いつも通りを心掛けてシュートを打った。まさかこんなにゴールから離れたところでシュートを打ってくるなんて思っていなかったのか、相手のマーカーも自陣に戻っていてこれ以上なくフリーだ。今のシュート力に特化しているオレにとっては、外す未来が想像できなかった。


「「「「スリィ!」」」」


 チームのベンチからみんなが指を3本立てながら腕を振り上げると、ザシュ!といい音を立ててボールがゴールリングを通り抜けた。数瞬後にブザーが鳴って、ワァッと歓声が響く。


 当然ながら誰にも文句のつけようもないくらい完璧なスリーポイントシュートだったので、スコアボードに3点が加点された。さぁ、ここから反撃開始だ!

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