36――高速パスによる奇襲


 ジャンプボールは危なげなく部長が弾き、彼女の狙い通りチームメイトの手に届いた。


 そのボールが素早いパスで前寄りのポジショニングをしていたまゆの手に渡り、マークしていた相手をターンひとつで躱してまゆが放ったレイアップシュートでボールがゴールネットを通り抜けた。


 よしよし、いい感じ。オレがそんな風に思っていると、そのボールを拾い上げて、俊英高校の反撃が始まる。


 そこからはいきなりの乱打戦、点を取っては取られるお互いノーガードでの殴り合いみたいな試合展開で観覧席からも大きな歓声が上がる。この序盤でお互いの得点が20-20、かなりのハイペースだ。


 地区大会の時に同じように表現した試合があったけど、あの試合と決定的に違うのはディフェンスをおざなりにしている訳ではなくて、高いテクニックのぶつかり合いがあった上での攻防の末でこのスコアだというところだ。それだけでこの2校が拮抗した実力を持っている事がわかる。


 何度目かのまゆによるシュートが決まって、俊英高校のゴール下から試合が再開される。ボールを拾ったのはまゆのライバルである瞳さん。速くて直線的なパスが彼女から放たれ、部員達の手から手へ稲妻のように渡っていく。結局こちら側の選手は誰もボールに触れられないまま、相手校のシュートによって追加点を取られてしまった。


 オレ達がその動きに驚いていると、コート上で瞳さんがまゆに向けてすごいドヤ顔をしていた。いや、確かにパスのスピードには度肝を抜かれたけどそこまでドヤ顔しなくても。


「なんで止められなかったの? 相手はボールを受け取ってただパスを出していただけなのに」


 隣に座る2年生の先輩が、不思議そうに呟く。もちろん部長やまゆ達だって、ボールを奪うために相手のパスコースを塞ぐようにしてディフェンスをしていた。それでもパスカットできなかったのは、一体何故か。


「相手のポジショニングが、まるで計算したみたいに絶妙なのではないでしょうか。ボールを受け取って次の相手にパスを送るまでの間、敵に邪魔されない猶予をポジショニングで作っているのではないかと思います」


 オレが見て感じたことを、ひとまず先輩に告げる。もちろんそれだけではなく、瞬時にパスコースと種類を判断してパスを出すことによってボールをカットされないようにしているんだろうけど、かなり練習しないとこんな芸当をできっこないのはわかる。


「アレを止める方法って、何か思いつく?」


「今の段階ではディフェンスをマンツーマンのオールコートにして、相手がボールを持ったら即座に距離を詰めてプレッシャーを掛けて、相手がパスを出せるわずかなスペースとコースを潰すぐらいしか思いつかないです。ただまだ試合は前半ですしとにかく点差が離れないように、こちらは自分達のペースを守って点を積み重ねていくのがいいかもしれません」


 さすがに序盤で使える回数に限りがあるタイムアウトを使うのももったいない気がするので、現状維持案を出してみる。先輩が頷いてから立ち上がり、監督の元へと駆け寄ると何やら耳元で話し始めた。心配なのは試合に出ているメンバーの体力だが、相手だってひと試合ずっと高速パスの一辺倒で戦えるはずもない。普通の攻撃もしてくるだろうから、体力の減り具合はこちらとそこまで変わらないだろう。試合は早くも激しい点取り合戦の未来が予測できた。


「慌てるな! 相手がどんな戦法で来ても、それよりも多くの点を取れば勝てるのがバスケなんだ。浮足立つな、自分達がやるべきことをしっかりやれ!!」


 立って身振り手振りを加えながら、大きな声で監督がみんなを鼓舞する。それに合わせて、控えのベンチに座るオレ達も両手にメガホンを持って3・3・7拍子のリズムで叩く。


 『松風、松風、行け行け松風』と声を出せば、観覧席で応援している他の部員達もその声に自分達の声を重ねてくれる。まゆ達が自分達のバスケで点を取ると、相手も普通のバスケとさっきの高速パス戦法を混ぜつつこちらを撹乱してくる。点差は今のところ相手がこちらより2点先んじて、それに追いついては離される状況が続いている。


 何度か相手校の高速パスを見たけど、これっていくつかのパターンがあるんじゃないか? よくよく考えたら5人がそれぞれ瞬時に相手の位置やパスコースを判断して、その通りに揃って行動するなんて高校生どころかプロにだって難しいだろう。だとすれば両方のチームメンバーの位置を俯瞰して見て、それに合わせてどのパターンを使うかを判断して指示を出している人間がいるはずだ。


 さすがにコート外でコーチが逐一細かな合図を出すなんて難しいだろうし、常識的に考えればコート内でまとめ役をやっている人間がなんらかの合図で動きを指示している可能性が高い。


「先輩方、ちょっと聞いてもらっていいですか!?」


 急いでベンチに座っている先輩達に声を掛けて、気づいたことを話す。ただ確信はないので『間違っているかもしれませんが』と前置きをしてから、仮説と協力して欲しいことを説明する。


 オレが先輩達にしてもらいたいのは、瞳さんの動作から合図や指示のカギになる動作を見つける事だ。オレの仮説が正しければ、通常の攻めの時と高速パスの時で何か追加の動作をしている可能性がある。そしてポジショニングによって、その動作には種類があるのではないかと考えられる。


 全員で瞳さんばかり見てもらっても無駄になるので、そちらは数人に任せて他の先輩達にはオレと一緒に他の人の様子を見たりポジショニングの記録をしてもらうことにした。これらの情報を集めて照らし合わせたら、きっと合図そのものかそれに繋がる糸口が見えてくる……はずだ。

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