10――部長との1on1 後編


 元々ポジションの役割分担で、男だった時は自ら先頭に立って敵陣に切り込んでいくことは少なかった。大きな身体を活かしてスクリーンで敵チームのディフェンスを邪魔して、味方がフリーでシュートできるようにしたり、そういうプレイがオレ達みたいなセンターの醍醐味だ。後はリバウンドでボールを競ったりディフェンスラインの取りまとめをしたりっていうのは、現在の状況には関係ないので割愛させてもらう。


 今のオレのポジションはシューティングガード、もしくはスモールフォワードが適任だろう。どちらもシュート主体で得点を狙うポジションだが、スモールフォワードは自ら切り込んでインサイドプレーもできる選手が担うことが多い。オレの場合は体格やパワーが足りないので、今みたいにパワーと高さに優れた選手に間近に迫られると何もできなくなってしまう。


 ただ大学のバスケサークルでパワーはなくても、オレのスピードと体幹で高身長のセンターを抜くことはできると教えてもらった。体力はないから瞬発力だけなのだが、短い距離でもトップスピードまですぐに上げることができる。そしてターンを駆使して相手のディフェンスを交わし、体幹を活かして低い姿勢のままドリブルで前に進みマークを外すという段取りだ。


(いけるかな? でも他に手がないんだから、やるしかないか!)


 別に負けても罰ゲームがある訳でもないし、オレが損をすることは何もないんだけどさ。でも、オレは負けず嫌いだから。ここで自分にできることを全部出し切れずに、あっさりと負ける方が絶対に嫌だ。


 ダムダム、と油断なくドリブルをしつつそんなことを考えていたが、こうして見つめ合っていても仕方がない。イチかバチか、部長さん勝負だ!


「なっ……!?」


 オレがまるで身体がぶつかりそうになるくらいの勢いで近付いたからか、驚いた部長が目を見開く。ぶつかったらファールになるのは確実なので、接触しないようにバックロールターンでその脇を回り込むように通り抜けようとする。


「そう簡単に!」


 部長はボールを逃すまいと手を伸ばしてくるが、身体をできる限り低くしてスピードはそのままにドリブルして駆け抜ける。体勢を立て直した部長が全速力で追いかけてくるが、それを置き去りにして確実にゴールを決めるためにレイアップシュートを打つ。湊の身体ならダンクでもよかったのだが、この身体では必死にジャンプしてもリングに手が全然届かないだろう。女性になってからもバスケサークルで何百回とレイアップシュートは打ち、感覚も身に染みているから確実に決める自信があった。


 その自信の通りにファサッとボールがリングを通って、ネットを軽く揺らした。一瞬体育館からシーンと無音になってから、歓声が響いた。


「すげぇな、あの女子部の部長をあんなに簡単に抜くなんて」


「なんだよあのスピードに乗ったターン、しかもあそこまで低いドリブルされると俺らでも止めるのが難しいぞ」


 練習の合間なのか、男子達がさっきのプレーの感想を言っているのを聞いて、ちょっと自慢げな気持ちになった。男だった頃は背の高さと鍛え上げた身体に自信を持っていたオレだったけど、背が低くて華奢でもやり方次第では部長みたいな今のオレと正反対な恵まれた体格の選手とも戦えるんだよな。だからそのための工夫を褒められると、素直に嬉しい。


 部長が苦笑しながらこちらに近づいてくるのでオレもそちらに歩み寄ろうとしたその時、視界の端にまゆが駆け寄ってくるのが見えた。というか、さっきの握手の時の態度といい一度だけ一緒に買い物に行っただけの後輩に、やたら好感度が高くないだろうか? よっぽどオレの知らないこの一年の間、一番下の学年で先輩達に可愛がられる生活に疲れていて、後輩の存在に飢えていたのだろうか。元々まゆは以前から姉気質で、後輩たちを可愛がる方が好きなんだよな。


 まゆは駆け寄ってきた勢いそのままに、オレに軽く抱きついて『すごい、部長をあんなに簡単に抜けるなんて!』と褒めてくれた。いや、部長の前でそんな風に言われても、素直に喜べないだろ。それにすぐ隣にいるまゆからは、なんだかいい匂いがしてちょっとだけソワソワとする。オレは今汗だくだし、自分の体臭がかなり気になる。


 思わず自分の腕の臭いをスンスンと嗅いでいると、オレが汗の臭いを気にしているのを察したまゆがフワッとタオルを首に掛けてくれた。まゆもさっき自分の汗をこのタオルで拭いただろうに、全然汗臭くないのはどうしてなんだろうな。体臭の違いなのかもしれないけど、オレもできれば周りの人に臭いとは思われたくないので、こういういい感じの臭いになっていればいいんだけどな。


 それはさておき、部長は苦笑しながらオレとまゆに近づいてきた。


「まゆ、後輩に負けて落ち込んでいる先輩を励ますのが先じゃないかしらね?」


「部長が一度抜かれたぐらいで、そんなに落ち込んだりするはずないじゃないですか。それどころか抜かれたことを糧にして、さらに練習に熱が入りそう。それよりも私としては、後輩を褒めて伸ばしてあげたいですよ」


 どちらも冗談なのだろうけど、こういう言葉をポンポンやり取りできるぐらいには先輩と後輩の間が風通しのいい部なのだろう。バスケはチーム競技だしな、上下関係で雁字搦めになっていたらいいプレーができなくなるのは想像に難くない。


「河嶋さん、あなたの実力は見せてもらったわ。シュート力とテクニックは即戦力だけど、体力が課題ね。試合に最初から最後まで出られるように、そしてパフォーマンスを下げないように、基礎体力をしっかりと身につけましょう」


「お、お手柔らかにお願いします」


 オレが頭を下げながら言うと、何故か部長はそんなオレの頭を撫で始めた。その不思議な行動に首を傾げていると、見学していた女子バスケ部の先輩方がオレ達を取り囲むように近づいてくる。何故かその後で揉みくちゃにされたけど、どうやらこんなオレでも部に受け入れてもらえたみたいでホッとする。


 先輩達の隙間から、どこか楽しそうな笑みを浮かべたイチの姿が見えた。ふと目があったと思ったら、からかうようにサムズアップしてきやがった。完全に面白がってるな、アイツ……他人事だと思いやがって!

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