08――見学と突然の申し出
「まずうちの部は全国大会の常連ということもあって、練習はとても厳しいです。経験者でも辞める子達が結構います。でもだからといって、未経験者を追い出したりはしません。ただ部活を続けていくにはかなりの根性と努力が必要だと思います」
先輩は自己紹介をした後、いきなりガツンと厳しいことを言い出した。
オレがちゃんと部活に参加したのは春休み期間だけだったけど、確かに男子バスケ部の練習は厳しかった。女子の方も同じぐらい厳しいとなると、初心者や受験で体力が落ちている新入生には辛いだろう。部活を長く続けるには、確かに根性が必要かもしれないな。
「監督の意向で、私達の部ではそれぞれの得意分野を伸ばしていくという方針を取っています。ただ、それは苦手をそのままにしていいという訳ではありません。レギュラーとして安定して試合に出るためには、全体的な技術や体力の底上げが必要になってきます。根性だけでも努力だけでもダメで、両方をしっかりとできる精神状態が重要になりますね。もちろん一朝一夕でできる技術ではありませんので、それは入部しておいおい鍛えていくしかないでしょう」
もちろん独力でという訳ではなく、部の練習の中でメンタルを鍛えるメニューを導入しているという話だった。男子の方はどちらかというと体力やテクニックを鍛える方に偏っていたので、監督によってずいぶんとやり方が違うんだなという印象を受ける。男子の頑丈な身体ならガンガン負荷をかけて筋力や体力を伸ばすという昔ながらのやり方もいいと思うけど、身体の作り的に脂肪が多くて筋肉が付きにくい女子の場合は、色々と新しいメニューを採用してフィジカル以外も伸ばしていくのは理にかなっていると思う。
メンタルを鍛える、脳を鍛える。そこは男女の差なく鍛えられるところだからな、もちろん感じ方とか得意分野の違いはあるんだろうけども。よく言われているのは男は遠くを俯瞰して見るのが得意だけど、女は近くのものをジッと見るのが得意みたいなことかな。元男で現女としては、特に女になったからといって遠くを俯瞰しにくくなったとは思わないので眉唾なのだが。
御手洗先輩に先導されて、部室とか掃除用具室とかドリンクを作るための流し場とか雑用でよく足を運ぶところを中心に案内される。やっぱり1年生が雑用するのだろう、これは何部であっても部活動では当たり前のことなので、その部分に関しては特になんとも思わないけどね。
「最初は基礎練習やフットワーク練習みたいな地味なものが多いので体育館シューズでも大丈夫だけど、本格的にコート練習に参加するようになったらバスケットシューズだから用意してね」
『そこまで残れれば、だけどね』と御手洗先輩は不敵に笑った。中学での経験者は一度部活での頂点である3年生を経験しているので、今更また一番下の1年生として辛い練習に耐えられないという人間も結構いるのだ。実際に去年は特待生枠じゃなく一般入学なのに、春休みから部活に参加していたやる気あふれる同級生が、入学式が始まるまでの間にバスケ部からいなくなってたこともあったしな。
短かったような気がしたが、移動や説明でいつの間にか2時間ぐらいが経過していた。話を聞いて仮入部を取りやめるかどうかを御手洗先輩が聞くと、ひとまず手を上げる人は誰もいなかった。それはそうだろうな、今日は別に運動した訳でもないし。ただ『明日からはしんどいぞ』と脅されただけなのだから、実際に練習に参加しないと実感はできないだろう。
今日のところは解散だと告げられて、同級生達がそれぞれが自分の荷物を持って体育館を出ていく。じゃあオレも今日のところは帰って、明日へ向けての英気を養うかと重たいリュックをよいしょと背負ったところで、御手洗先輩が声を掛けてきた。
「河嶋さん、ちょっと待って」
不思議に思いながら振り返ると、御手洗先輩はちょいちょいと手招きする。それに従って彼女の前に立つと、内緒話をするようにオレの耳元に唇を寄せて小さな声で言った。
「ちょっとだけ残ってくれない? 実はね、あなたの実力を見たいって、うちの血気盛んな部長が張り切っちゃって」
「部長さんですか? 私が忘れていなければ初対面のはずなのですが、どこかでお会いしてましたか?」
「ううん、河嶋さんが言う通り初対面よ。この数日、うちの2年生エースが貴方のことを褒め倒していてね。それで『そんなに言うほどなら、私が直々に実力を確かめてやる』って言い出したの」
まゆ、お前……いらないことをベラベラ喋った2年生エースってのは、間違いなくアイツのことだろう。しかし部活で心技体を鍛えて万全の状態の3年生と、高校に入学したばかりの1年生が勝負して勝てるとでも思っているのだろうか。思っていないからこその勝負なのかもな、他の後輩に対する見せしめみたいな感じか?
そう思うと、なんか腹が立ってきたな。自分で言うのもなんだけど、今のオレの外見はまさに
「わかりました。申し訳ないのですが、さっきの部室で着替えさせてもらってもいいですか?」
例え勝てなかったとしても、一矢は報いてやる。そう覚悟を決めて、御手洗先輩に尋ねる。この間まゆと出掛けた時には買い忘れていたバッシュも、今はこのリュックの中にある。姉貴と一緒に買いに行ったのだが、ピンク色のど派手なものを勧めてきた時には殺意を抱いたものだ。そんな恥ずかしいモンを履ける訳ねーだろ、と。
オレが選んだのは真っ白なバッシュで、汚れが目立ちそうだったけど履きやすさ重視で選んだものだった。今日まで慣らすために暇を見つけては家で履いていたので、靴ずれもおそらく心配ないだろう。
やる気に満ちたオレの目にちょっと驚いた様子で御手洗先輩が頷いたのを見て、オレはゆっくりと部室に向けて歩き始めた。
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