07――体育館へ

 イチとまゆと一緒に買い物に行ってから数日、オレは無事に高校に入学した。去年はあんなことがあったから入学して一週間程度で休学する羽目になってしまったのだが、今回は無事に卒業できればいいなと思う。


 女子の中に入ってうまくやっていけるのかと不安に思っていたのだが、クラスの中心的な位置にいる女子が男女別け隔てなく話し掛けてくれて、うまくクラスをまとめてくれている。おかげでオレもその輪に違和感なく入ることができて、ホッと一安心したことは言うまでもない。


 部活に関しては仮入部期間が始まるまで参加禁止なので、今のところ帰宅部を満喫している。クラスの中でも大人しめなグループに入れてもらっていて、とにかくこの期間に今後の学校生活に向けての基盤を作らなければいけないので必死だ。


 実力テストや健康診断、体力測定など新入生ならではのイベントをこなしていると部活紹介があって、ようやく仮入部期間に入る。


「ひなたはどこの部活に入るの?」


 放課後の教室、早速女子バスケ部に挨拶がてら行こうかなと席から立ち上がると、仲良くしているクラスメイトの立花美咲たちばなみさきが声を掛けてきた。


「女子バスケ部に入る予定です。先輩の中に従兄弟の友達がいて、その人に誘われてるから早速挨拶をしておこうかなと思って」


「ええー、ひなたってバスケできるの? なんか全然そんなイメージないんだけど」


 どうやら本気で驚いているのか、美咲の目がまん丸になっている。そんなにオレはニブそうに見えるのかと、ちょっとだけ落ち込んでしまう。でも美咲をはじめクラスメイト達には持久力が必要な運動以外ではそれなりに動けるところを、体力測定の時に見せたはずなんだけどな。女子になってからのオレはどちらかというと活動的なタイプではないので、普段の大人しい印象の方が強く紐付けられてしまっているのかもしれない。


 他の友達もそれぞれ自分のやりたい部活に向かったらしく、美咲は暇を持て余して一緒に下校する帰宅部仲間を探していたらしい。そんな美咲に『高校生になったからバイトしまくるって言ってませんでした?』と聞くと、美咲はダイエットは明日からみたいなテンションで『アルバイトは明日から』と言い残して教室を出ていった。多分やる気はあるんだろうけど、今日はなんとなく気分が乗らなかったのかもしれない。


 小さく手を振ってその後ろ姿を見送って、オレは荷物を持って体育館へと向かった。去年のオレはバスケでの推薦枠をもらっていて春休みから部活に参加していたので、部活の部員のほとんど全員顔見知りだったから構える必要もなかったのだけど、今回は知ってる顔がまゆしかいないのがちょっと不安だ。


 ドキドキしながら体育館に行くと、オレみたいな制服姿の一団が練習の邪魔にならないところに固まっていた。体育館用のシューズに履き替えてそこに合流しようとすると、コートから『ひなたちゃん!』と名前を大きな声で呼ばれた。さっきも言ったように女子部でオレのことを知っているのなんてまゆしかいないんだけど、その声を聞いた体育館中の人の視線がこっちに向いたのがわかって、ヒェッてなった。視線が突き刺さるっていうのは、きっとこういうことを言うんだな。


「早速来てくれたんだ、ありがとう!」


 駆け寄ってきて、オレの手を両手でぎゅっと握るまゆ。男の手とは違って柔らかい手に、なんだか和んでしまう。これがイチの手だと節ばってて固いからな、あとデカいし重い。


「こんにちは、まゆ先輩。こちらこそ誘ってくださって、ありがとうございます」


 オレが頭を下げながら言うとまゆは握った手の片方だけを外して、手を繋いだままオレを1年生達が集まっているところに案内してくれた。


 さすが全国大会出場校、仮入部希望者が30人ぐらい来ている。何人か170センチを超えてそうな子がいるけど、多分この子達は経験者だろうな。中学の女子バスケに詳しければ、もしかしたら強豪校の人だとわかったかもしれないけど、残念ながらオレは無知にも程があるレベルだからな。


「先輩、入部希望者です。よろしくお願いします!」


「はい、了解。というか知り合いが来たからって、練習を勝手に抜け出さないの。わかった?」


「ごめんなさーい!」


 まゆは先輩に怒られて、脱兎の勢いでコートへと戻っていった。途中でこちらを振り向いて小さく手を振ってくれたので、オレもまゆがまた叱られないように見つからない感じに手を振る。まゆの後ろ姿を見送った後で、オレのせいで中断した説明を再開してもらおうと、先輩に近づいて頭を下げた。


「私のせいで中断させてしまってごめんなさい、よろしくお願いします」


「ああ、大丈夫よ。まだ本格的な説明はしていなくて、バスケ経験があるのかとか出身中学を聞いていただけだから」


 『書いてもらえる?』とクリップボードに挟まれている用紙を見ると、言われていた通りに名前とバスケ経験の有無と出身中学を記載する欄があった。まさか湊の出身中学を書く訳にはいかないので、設定でひなたが通っていた学校名を書いた。実は教授達に教えてもらって、ソラで書けるように練習していたのだ。院内学級に通っていた設定なので、提携している公立中学校に籍を置いていたということになっている。この辺りでは知られていない校名だから、先輩も聞いたことがないねと呟きながら首をかしげていた。


「高校入学と同時に、こっちに引っ越してきたの?」


「はい、今は従姉妹の家でお世話になっています」


 今の家族構成はオレがいなくて、子供は姉貴だけだからな。生まれた時から住んでいた自宅なんだけど、他人の家っぽく話すのってなんか変な感じだ。強豪校だから親戚の家にお世話になって通っている部員もそれなりにいるのか、先輩は特にリアクションもなく用紙を受け取って何やら書き込んでいる。


 どうやらオレが最後の入部希望者だったのか、聞き取りを済ませた先輩は仮入部希望者に向き直って説明を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る