プロローグ2
子供の頃から世話になっている町医者だったので、姉貴が話を通してくれるまで車の中で待っていた。しばらくするとオレの姿を隠すためだろうか、シーツを抱えこちらに向かってくる看護師さんが見えた。隣には小走りで併走する姉貴がいて、普段インドアな生活している姉を走らせてしまって申し訳ないなと心の中で謝る。
まるでニュースで見る逮捕された人みたいに、ふたりに挟まれて頭からシーツを被った状態で小走りに病院の中に入る。靴を脱いでスリッパに履き替えると、診察室にすばやく連行された。
「ほぅ……話はお姉ちゃんに聞いたが、本当に湊くんなのか?」
おじいちゃん先生の言葉に頷くと、不思議なこともあるもんだと言いながら胸に聴診器を当てたり、口の中を診たりと基本的な診察をしてくれた。如何せんこの小さな病院では風邪を引いているかとかそういう表面的な体調不良はわかるが、何故男性が女性へと一晩で変化し、更に身長や体型などもまったく別人のようになっているのか原因は見当もつかないらしい。
常識的に考えてそうだよな、とオレは残念な気持ちと納得がないまぜになった気持ちで先生にお礼を言った。ただわからないで終わらせないのがこの先生の良いところで、どうやら知人に大学病院に勤める教授がいるらしい。その人は結構権威があるらしくて、ある程度なら無理も通してもらえるかもしれないということで、駄目元で連絡を取ってみようかと提案してくれた。
とりあえず母親とオレの頭を冷やす時間を稼ぐために、姉貴がオレをこうして連れ出してくれたのだが、母親があの調子だと家に居づらい感じになりそうなんだよな。母親からしたら息子が消えてどこの馬の骨かわからない女の子が自宅に居座る訳だから、複雑な気持ちになるのはすごく理解できる。
とりあえず実験にも付き合うから病院に入院できればいいなと思いつつ、先生にはその教授との顔つなぎをお願いした。そして現在のオレの状況が非常に希少な症例であることから、おそらく最速で連絡してくるだろうとおじいちゃん先生は言っていた。
オレと姉貴は最後にもう一度頭を下げて、病院を後にした。お互いによく知っている長い付き合いの病院だから使える手だが、今日の診察代は湊の保険証をそのまま通してもらった。さて、まだまだ午前中にこれからどうしようかと考えていると、もう一度シーツを頭から被せられて車の中に放り込まれた。
看護師さんにお礼を言って車を発進させた姉貴は、今度はファストファッションのお店へと車を走らせる。
「その髪じゃ外を歩けないし、美容室に連れて行くにもそのブカブカの服じゃ不審者でしかないから。何着か服を買ってくるわ」
病院からの帰りは後部座席に座っていたのだがそこに姉貴が乗り込んできて、メジャー片手にオレのサイズを測っていく。身長は縮んでるしせっかく筋トレしまくって鍛えた筋肉も消えてしまって、女の子らしいやわらかい体になっているのがめちゃくちゃ悲しい。
「中学生ぐらいかしらね、それでもちょっと小柄だけど」
「……元に戻れればいいんだけどな、マジで」
本当に切にそう願う。もしも男に戻れなかったら、オレはどうやって生きていけばいいんだ。ほんの昨日までは親友や先輩達、チームメイトとバスケを頑張っていたのに。この体で元のようにバスケができるとは思えないからな、男だった時は体躯に恵まれていたから特にショックがデカい。
姉貴が車から出て行って、店の中に入っていくのを見送る。手持ち無沙汰なのでスマホをいじっていると、ピロンと軽い音を立てて親友からメッセージが送られてきた。
『今日はどうした、風邪でも引いたのか?』
さすがに小学校から一緒にバスケを続けている親友、学校を休んだことを心配してくれているその気持ちが何より嬉しい。ちょっとウルッとしながらも、オレはいつも通りの軽い感じで返事をした。
『朝起きたら熱があってな、悪いけど何日か休むかもしれないから先生と顧問に言っといて』
『そんなに熱高いのか? 部活帰りにアイスとか買って見舞いにでも行った方がいいか?』
『いや、大丈夫だ。母親や姉貴が帰りに買ってきてくれるらしいから、風邪だとしたら
もっともらしい理由をつけて親友の申し出を断ると、あっちも軽い感じで『そうか、お大事にな』と引いてくれた。本当に気遣いができる親友だ、実際に会うと結構やんちゃな感じなのだが。
了解の意味のスタンプを返して、メッセージアプリを閉じる。この女への変化が一時的なものならいいのだが、もしもずっとこのままだったら。湊としてはもう学校に通えないかもしれないという不安に、オレはふるりと体を震わせるのだった。
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