TSしたオレが女子バスケ選手としてプレイする話(改訂版)

武藤かんぬき

プロローグ1


「ひなたちゃん、気をつけていくのよ」


 少しの手荷物だけが入っているリュックを背負って靴を履いているオレに、背後から声が掛かった。振り返ると実の母によく似た面差しの女性、叔母が立っていて心配そうにこちらを見つめている。


「大丈夫だよ、地元だからね。叔母さんも体に気をつけて、叔父さんにもよろしく伝えてね」


「もう、お母さんとお父さんでしょ。あっちでボロを出さないようにしなきゃ駄目よ」


 チョン、と人差し指でオレのおデコを押す叔母さん……もとい、お母さん。実の母のふたつ下だからそろそろアラフィフの仲間入りなはずなのだけど、若々しいなと思う。


 何やらややこしいことを言っているなという自覚はあるが、ここで少しオレの事情を説明したい。


 現在のナリはどう見ても女子中学生ぐらいだが、そんなオレが身長180センチを悠々と超える相川湊あいかわみなとという高校生男子だったと言ったら信じられるだろうか。もしもオレが当事者じゃなかったなら、絶対に信じないだろう。


 しかしそんな信じられないような現象がオレの身に起こってしまったのだから、世の中の都市伝説になっている超常現象って案外本当に起こったことなのかもしれないと考えるようになった。


 忘れもしない高校に入学して数日過ぎたある日の朝、1階からオレを呼ぶ姉貴の声に段々と意識が浮上してきて、眠さに負けそうになりながらも目を一生懸命に開いた。そして目に飛び込んできた光景はいつも通りのオレの部屋なのだが、目の前に簾のように垂れ下がっている髪が邪魔で半分ぐらい視界が隠れてしまっていた。


 その時のオレはスポーツ刈りで髪を短くしていたので、前髪がこんな感じに視界を邪魔するなんてありえない。意味がわからなくて反射的に体を起こして髪をかき上げると、まるで何年も髪を切らずに無造作に伸ばしている人みたいな髪の重さと質感を手に感じた。昨日の夜に寝るまでは、ツンツンとした髪が手のひらに当たるぐらいの感覚しかなかったのに。


「湊! 何回呼ばせれば気が済むの……えっ!?」


 バターン、とけたたましい音を立ててドアが開くと、明らかに激怒している姉貴が姿を現した。語気を強めて怒鳴っていた姉貴の声が、オレの姿を見た途端に驚きの声に変わる。当然誰何されて湊だと訴えるけれど、なかなか信じてもらえず。不安な気持ちが涙となってポロポロと溢れ出して、なんとかわかってもらおうと這々の体で姉貴に近付いてしがみついた。


 さすがに泣いているオレに厳しくできなかったのか、姉貴はオレを抱きとめると背中に手を回してポンポンと優しく叩いて宥めようとした。つーか姉貴の腕の中にすっぽり入るとか、おかしいどころの騒ぎではない。180センチ以上あるはずのオレが、165センチしかない姉貴より小さくなっているのだから。


 嗚咽も収まってオレが少しだけ落ち着いた頃に、オレと姉貴が共通で知っているであろうことをいくつか尋ねられた。小学校五年生の家族旅行でどこに行ったとか、姉とふたりで留守番した時にこっそり食べた物はなんだったかとか。すぐに答えられる質問だったから助かった。


 まだ半信半疑ながらもとりあえず納得してくれたのだろうか、姉貴はオレの体を離すとちょっと待ってなさいと言い残して早足で部屋を出ていく。どこに行ったのかと部屋のドアをジッと見つめていると、両手にブラシとヘアゴムと洗顔用のヘアバンドを持っていた。


「後で前髪はどうにかしてあげるけど、とりあえずはこれでまとめましょう。視力が落ちるからね」


 姉貴はそう言うと、あっという間に手早くブラッシングして髪をまとめてくれた。前髪はヘアバンドのおかげで視界が普段通りに戻って、すごく快適だ。姉貴にお礼を言うと、なにやらニヤけそうなのを我慢するような顔をしていた。いや、それどういう表情なんだよ。


 とりあえず自分のことながらオレもまったく現状を把握できていなかったので、姉貴に手伝ってもらいながら確認していく。ただとんでもないことになっていそうな雰囲気は、普段よりも低い視点や突然とんでもない伸び方をした髪の毛から感じていた。


 気が動転してついさっきまで気付いていなかったが、なんか下半身がスースーする。ふと視線を下げると履いていたはずの短パンとトランクスの存在がなくなっていた。姉貴がブカブカになっているシャツの裾を掴んでグイッと持ち上げると、生まれた時から股間にあった相棒がいなくなっていたのと、その代わりに女性特有のクレバスが存在していた。胸は少し膨らんでいる感じだが、まだまだこれから成長していくのではないかと思われる程度の大きさだった。


 姉貴には何か変な物を食べたり飲んだりしたかと聞かれたが、そんな記憶はまったくない。原因がわからず姉貴とふたりで首を傾げていると、オレも姉貴も降りてこないことに痺れを切らしたのか母親が怒りながらオレの部屋に入ってきた。


 当然姿が変わったオレのことがわからずに、母親はパニックになりつつも息子をどこにやったのかとこちらに詰め寄ってくる。姉貴が防波堤になりつつ落ち着かせようとしてくれたが、母親の火事場のクソ力とでも言おうか、パワーがすごくて押しのけられてしまう。


 なんとか落ち着かせて姉貴に信じてもらった方法で話をするも、母親は姉貴より頭が固いのか納得してくれない。昔からオレ達姉弟のかかりつけである近所の医者に行くために、姉貴が用意してくれた服を来て家を出ることにした。母親に冷静になってもらうためにも、時間を置くことが必要だと思ったからだ。


 病院でオレがこんな姿になってしまった原因がわかればいいのだが。なんとなく不安な気持ちになりつつもかなり大きめの姉貴のスウェットを着込んだオレは、エンジンを掛けた姉貴の車の助手席に乗り込むのだった。

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