第8話 残された2人

義父ちちの部屋を後にした2人は、ノクトの部屋へ戻っていた。


「何か言いたそうだな。」

「・・・いえ、何もありませんよ?ただ、これなら1人で村に聞き込みに行った方が有益な情報を得られたなとそう思っていただけです。」


ラニットは、明らかに不満げな様子であった。


「仕方ないだろ。義父ちちも言っていたが、事件の最中さなかに自由に動けなくなってしまったんだから。村にこれだけの事が起これば、心身ともに負担がかかる。」

「いえ、あなたのお義父とう様には、何も悪い印象を持っていません。むしろ、お体が悪い中よく村のことを見ているなと思っていました。ボクが信じられないのは、この程度の情報すら事前に集める事のできない無能な化者狩ケモノがりもいるんだなって事です。」

「・・・悪かったな、無能な化者狩ケモノがりで。」

「おや?誰の事とは言っていませんよ?ですが、自覚があるのならこの後の働きで巻き返してください。」


ノクトは、もはや言い返す気はなかった。この若い化者狩ケモノがりに1つ言えば、10は返ってくる事を学んだからである。

一方、ノクトに不満をぶつけたラニットは、いくらか気が晴れたようで清々とした表情であった。


「ボクはこれから村に出て、木こりの夫婦が住んでいた家に調査に行きます。村人達に聞き取りもしておきたいですし。」


そう言って、早々と部屋を出ようとするラニットをノクトは引き留めた。


「おい、ちょっと待て。1人で行くつもりか?」

「当然ですよ。あなたの家には、情報を集めるのに寄っただけですから。ここから先はお互い1人でやりましょう。何か重要な事が分かった時は、連絡しますから。」


化者狩ケモノがりの『定石セオリー通り』というわけである。

『連携』はするが、『助け合い』はしない。

当然、ノクトもその事は理解していた。

それに、この短い時間の中で多少なりとも、ラニットの性格をつかめていた。


ラニットは反抗期の少年のような性格なのだ。

他人に指図される事を嫌い、人を寄せ付けない態度もそういったところからきているのだろう。

ここで強く引き留めた所で、何かと理由をつけて1人で行ってしまうのは目に見えている。

こういう時の対処は、自分の行いを省みえるように、こっちが『鏡』になってやればいいのだ。


「そうか、じゃあオレも出かけるとするか。向かう先が同じかもしれないがな。」

「・・・ついてこないでくださいね。気持ち悪い。」

「仮に行き先が同じだったとしても、だろ?」


ラニットは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

あえて嫌そうな顔を見せつけているのか、それとも本心なのかは分からないが、ノクトとのやり取りの中で初めて見せる表情であった。


「まぁ聞け。お前も言っていただろ?部外者は警戒されるかもしれないって。オレは、この村ではお前よりはるかに顔が広い。理由は言わずもがなだ。一緒に回った方が有益な情報を引き出せると思うが?」


ノクトの言うことが理にかなう事を理解したのであろう。ラニットはしぶしぶと言った様子で、頷いた。


「よし!決まりだな。行くか。」

「もし、1人の方がいいと判断したらすぐに解散ですからね。」


ラニットの扱い方が少し分かったノクトであった。



木こりの夫婦の家へ向かう道中、何人かの村人に声をかけてみても、みな口を揃えて、「事件には関わりたくない。あんた達もあの家には近寄らない方がいい。」と言って取りつく島もなかった。


ラニットは、今すぐにでも1人で行動したい様子であったが、どの道向かう先は一緒なので仕方ないと、諦めた表情でノクトの後ろを歩いていた。

 

村と森の境界線上と言ってもいいほどの位置に、その家はあった。

1件目の事件の現場であり、最も証拠が残されている可能性が高い場所。

義父ちちの話から、今は無人であると推測していたが、どうやら外れたらしい。


人が生活している気配があったのだ。

この家の戸口にも白い小さな花が添えてあり、ノクトが扉を叩くと、反応があった。

「どちら様でしょう?」

「街から派遣された保安隊のものです。失踪事件について何か知っていればご協力いただきたいのですが。」

ノクトがそう答えると、沈んだ面持ちをした若い女が顔を出した。

「どうぞ。」

2人が招かれると、中にはもう1人、若い男がいた。


「急に押しかけてしまって申し訳ありません。私は、街の保安隊に所属しているノクトと申します。こっちは、助手のラニットです。先ほども申しあげました通り失踪事件について何か知っていることがあればご協力いただきたいのです。」

ノクトが紹介すると、ラニットは黙ったまま軽くお辞儀をしていた。

若い男女は顔を見合わせ、決意したかのように頷いた。

「・・・わかりました。私たちの知っている事でよければお答えします。」


居間に通された2人は、さりげなく辺りを観察していた。

部屋の構造は簡素なもので、居間と台所が一緒になっており、左右に扉が二つ見える。

綺麗に片付いており、特に変わった様子もない。


「紅茶を淹れますので、少々お待ちいただけますか?」

礼を言うと、若い女は手際良く茶器を用意し、紅茶を入れ始めた。

その様子をラニットが興味深そうに見つめ口を開いた。

「紅茶を淹れるの上手ですね。」

「ありがとうございます。私、紅茶が好きなんです。これくらいしか上手にできないんですけどね。」

若い女が少し硬い表情を解きそう言うと、場の空気も緩んだ気がした。

「あなたの目、紅茶のように深い紅でとても綺麗だわ。」

「・・・ありがとうございます。」

若い女が、瞳を覗き込むとラニットは顔を俯けた。

ラニットなりの場の空気の弛緩のさせ方だったのだろう。

紅茶を出され、若い男女も席についた所で、ノクトは話を始めた。


不躾ぶしつけで大変申し訳ありませんが、家主のご夫婦は今回の事件に巻き込まれて行方知らずになっていると聞いています。あなた方は・・・?」

当然の疑問である。

村の誰に聞いても、義父ちちでさえも彼等のことは話に出さなかった。


「私の名は、フィオナ。彼の名はリックと申します。私たちは、ひと月前に森の生態調査のためにこの村にやってきました。」

「それで・・・どうしてこちらの家に?」

ノクトがそう聞くと、フィオナは悲痛な顔をして答えた。

「アルベロ夫妻は、見ず知らずの私たちに親身に接してくれました。それがこんなことになってしまって・・・。それに、すでにお聞きかと思いますが、私たちの仲間も1人、行方不明になっているのです。村の方々は、私たちが原因だと思っているようで、捜索に参加しようともしません。ですが、私たちは3人が見つかるまで諦めたくないのです。もし・・・もし、だったとしても、せめて弔って差し上げたいから・・・。」

フィオナは堪えきれなかったようで、顔を伏せ嗚咽おえつを漏らしていた。

リックが彼女を慰めている間、紅茶を勧められたのでお礼をいい、口をつけるが、この雰囲気で飲む紅茶は味も香りもあまり感じなかった。


フィオナは、少し落ち着くと涙を拭いて顔をあげ、こう言った。

「私たちも可能な限り協力しますので、どうか事件を解決してください。」


ノクトは力強く頷き握手を交わすが、そんな様子をラニットは冷淡な目で見ていたのであった。

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