第4話 与えられた超越

 やっぱりお母さんが正しかったの? 家族もかえりみずに、あたし達の何もかもをうばったこの教団を信じたお母さんが? お父さんもあたしも……真実を理解出来なかったただの愚者おろかもの? ゆがんだこの世界のことわり変革へんかくをもたらすため現れた神に逆らったのは、あたし達の方だったの? ……けれど……けれど……。

「ふざけるのも大概たいがいにしな、チ〇カスにも足りねえゴミクズ共が。一生テメエの皮の中でくさってろ」

 何度も繰り返される自己矛盾じこむじゅんのループをあざなう、雁字搦がんじがらめにい続ける思考の糸を、神先かみさきさんの鋭いさきの様な声がおもむろにち切り続いて。

「なあ……教祖さんよお、その“奇跡”とやらが何なんだ? さしずめ手前てめえには令状れいじょうが出てんだよ。とっとと荷造りでもして表に出な」

「貴様ああああ!! これだけの奇跡きせきたりにして、まだ教祖様の尊厳そんげんたるたっとき存在が理解出来んとは!! 神にも等しい者に何ののりを説く必要があるのだ!! 現真神あらまがみ聖名みなにおいて、世界を革新かくしんに導くのが教団の務めなのだ!! 一時いっときの情にほだされる下民げみん共のほうなど、無礼千万ぶれいせんばんにも等しいと……!?」

 どおおおおおおおおおおおおおお

 激高げきこうしたままそのはなさきを、神先かみさきさんの気持ち顔面すれすれにまでしゃばったまま、飛沫ひまつさえ飛ばし散らしながら問答無用もんどうむように詰め寄った何だか結構えらそうな信者の人を何気なにげなくあたし達の目の前からBANしちゃった神先かみさきさん……神先かみさきさああああああんん!?

 (↑数行前からの続き↑)おおおおおおおおおおおおおおおおん!!!!

 人間がえがいちゃいけない放物線ほうぶつせんが! ……えーっと? 空気抵抗でしょ? グーパンと相手の体重との力の相互そうご関係でしょ? 当たり前の様に重力の問題でしょでしょ? って何もかもひっくるめて飛び越えた先の祭壇さいだん辺りにどーんっっ!!!

「その“たった”10センチ程浮いてる、が何なんだって聞いてんだよ」

 無慈悲むじひなるその地獄よりの使者みたいな声で追い込む、極黒きょっこくのオーラをまとった魔王みたいな姿の神先かみさきさんは、はたまた闇金ウシ〇マくん辺りなら、きっとレギュラー出演にだってやぶさかではない!!

「高さの問題ではない! 貴様にはまだ分からんのか! 私のこの偉大なる力の……!」

 SNSの例の動画の時も、これと全く同じだった。浮いてるのはたったほんの少し。だから、さっきだってそれ程の間隔かんかくでしかないからその隙間すきまに棒でもって……でも、何のカラクリも無く浮いているってことがその力のあかしであって……。

「……手前てめえは頭がおかしいのか? 必死こいて勉強にはげんで、俺たちくずみたいな人間達がゴミの様に振舞ってた長い時間に、俺には全く理解も出来ない科学やら工学やら学んだ天才と秀才達が生み出す技術革新。適当に流し過ごす学生生活を大半がたしなんでる同じ時期に医学やら薬学を学んで、あまつさえゴミめに住むカスみたいな俺達を救う為にわざわざ医者やら研究者になってまで、こんな世界すら救おうとする奇特きとくな連中がいるってのに!!!」

 神先かみさきさんが言ってること、そう、それは至極しごく当然に、当たり前に真っ当なこと。

「そのほとんど誰もが、誰かに救世主きゅうせいしゅだともたたえられることもない毎日で!! 誰にも知られず見えない深淵しんえんの底でてていってるんだ!! さも当然だとばかりに誰もが通り過ぎる毎日に! 当たり前の様に消費される毎日に!! 手前てめえじゃねえ! 奴等やつらこそが救世主きゅうせいしゅだろうが!! 救世ぐぜを行う存在が、この世界にたった一人だって神様でもがお前に言ったのか!!」

 繰り返される社会の当たり前は、いつの間にか感謝をとどける言葉すら忘れてしまうから。いつだって自分のことばっかり。あたし達がどれだけすごいと思ってる人達にだって、誰かになぐさめてもらい時だってあるし、めてもらいたい時だってあるのに……みんながみんな、自分のことばっかりで。  

「芸術も服飾も美容師も理容も警官も音楽家も運転手も商店街だって消防士や町工場だって教師だって生徒すら! 全ての人達の存在と存在のより良き関係性が、世界の誰かの悲しみを減らすたったほんの少しだとしても、えのない絶対に必要な要因よういんになってるんだろうが!! 手前てめえ以外の全員が救世主きゅうせいしゅなんだろうが!! 手前てめえ以外の全部が、この世界のぜんになおうとしてるんだろうが!!」

 その絶叫でなおさけえたて目の前の獲物えものの心の一切合切いっさいがっさいまでくだこうとしているみたいに。

「そんな誰もが努力すれば身に付く様な力や立場とは、全く異質いしつなものなのです!! 教祖きょうそ様の力は!! だから!!」

 怒りの形相もあらわに、けれどわななき震えひざを突くその教祖きょうそそばで、ひざまずいていのりながら神先かみさきさんに懸命けんめいうったえる一人の信者が。

「パルクールの方が、手前てめえの信じるくだらねえ教祖きょうそよりももっと飛ぶことが出来る。器械体操の方がもっと観客にせることが出来る。誰かのたゆまぬ努力のその集大成こそが他人を感動させ、もしかしたら誰かの心だって救うことが出来るただ唯一の方法だろうが。それに、教祖きょうそのこの力を解明かいめいできた奴でもがいるのか」

 神先かみさきさんのその問いに、そこにいた誰もが口をつぐみだまんだ。

「10年後か? 20年後か? 100年後か? そのころには重力波さえ誰かが研究した理論体系によって、誰もが何かを生み出しているかもしれない。今は誰にもわからない手前てめえの力が、その力をもってして何をも生まねえのに信者達に畏怖いふされてるのは、その異様いような魅力に引っ付いた選民せんみんとしての高揚感こうようかんすえ興奮こうふんをいつまでも味わいたいだけで、本当は“お前自身が利用されている方”なんじゃねえのかよ!」

「き、きさまああああああああああああああっっ!!!」

 絶対的な自尊心じそんしんり所であったはずのその超常ちょうじょうの力を、こうな正論で否定された教祖きょうその悲鳴をもえる絶叫が響く。

「お前達もなりたいのか? そうじゃねえのなら、ここから今ぐ出ていけ!!」

 割れ響く神先かみさきさんのその咆哮ほうこうに、祭壇辺りに転がった男への圧倒的暴力がつい今しがた目の前の現実にさらされて直立不動に金縛かなしばられていた信者達が我先にと悲鳴を上げ始め、おのれをはかった正邪せいじゃの天秤が叩き壊されたみたいな人々の錯乱さくらんが、この阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図からい出そうと、あたし達の向こう側へ駆けずり回り始めた。

「お、お前達! 違う!! 私は……私は本物だ!! 本物の神の使いなんだ!! お前達を! 世界を救う為にこの力を与えられたのだ!! 私を理解しなかった者達に!! 私を必要としなかった世界にこそ、私の力が必要なはずなのだ!! お前達にこそ私が必要なのだ!!!」

 エレベーターから真向まっこうに正反対、その裏口に非常階段でもあったのだろうか。向こう側に突然光があらわれて、雪崩なだれ打つ人達の群れがそこから消えていく。それでも幾人かは、教祖きょうその周りにくずれ落ちていのる者や泣いてる人もいた。

貴様等きさまら公権力こうけんりょくが何をした! この国に何をした! 私は、この力にむらがる人間達からこの社会のやみを知った! 私の様な本物の力も無い“偽物達”が、力ある狂気きょうきの連中と共に、この社会を牛耳ぎゅうじっていたのだ!! 貴様もその一味いちみでしかない!! 私こそがこの世界を救えるはずだ! 私こそがこの世界を救わねばならないのだ!!」

「同じなんだよ手前てめえも。奴等やつらと同じ、そのくさった霊感商法も神がゆるしたってのか? その力の使い方が、尚更なおさらたちの悪い事態じたいを引き起こすって、何で分からなかった」

 ただ侮蔑ぶべつする様に、冷たく突き放すように、神先かみさきさんのその冷酷れいこくさはただ苛烈かれつに、相手の言葉すらみ込み続けるままに。

「この社会においてかねは、かねが絶対なのだ!! かねの力を使う者のたましいの差によって、そのかねの価値が変わるのだ!! 何もしない、見もしない、何も出来ないただの人間達から正しき私がそのかねを集めて、未来永劫みらいえいごうに渡り、神のほうにて等しく正しくこの世界の為に使っていくのだ!」

「他人の不幸にかこつけて集めたかねを、私利私欲しりしよくまみれた教団の為に何処どこぞへ賄賂わいろにでも使ってるだけだろうが。まつげられただけの手前てめえの力なんぞに、“平等”を正しくはかる力が微塵みじんもあるわけがねえ。不幸に泣いてる誰かの家族すら、まして子供達にすら地獄じごくを与えてやがるお前をおもんぱかる優しさなんて、俺は何一つ持ち合わせてねえからな」

 教祖が放つ空疎くうそな言葉だけが、ただ当てもなく彷徨さまよいうつろうだけで。

「お前が“本物の神”を名乗るのなら、俺の“怒り”を手前てめえの力で止めてみろ」

 容赦ようしゃのない悪鬼あっきごとくににらみつける巨漢きょかんの大男を目の前に、恐怖きょうふふるえるただの初老しょろうの男が。

 そして、神先かみさきさんはその大きな右のてのひらを、まるで審判しんぱんの日にまで罪人ざいにんとどめおいたみたいな首輪くびわの様にして教祖きょうそ首元くびもとへ乱暴にあてがい、その怪力のままに教祖きょうその全体重を力任せでもって持ち上げる!

「く、苦しい……」

神先かみさきさん!! そんなことって!! 駄目!! その人が死んじゃう!!」

 宙に浮いた教祖きょうそをその手にけたまま、護摩ごまが届くギリギリ其処そこらの壁にそのまま押し付けた。教祖きょうその息の根をめるためにじゃなくて、その恐るべき力でもってただ、そこにはりつけにするみたいに。


「『可哀相かわいそうに……一緒に遊ぼう』」


 神先かみさきさんの口からそう不意ふいに出た言葉が、苦しそうに藻掻もがき続ける教祖きょうその閉じていた両のを突然見開かせた。

「な、なぜ……!」

 震えるその声にもつれる言葉がかすれ続いて。

「なぜお前がその……その言葉を知っている……神のその……神が私にお与えになった……」

 教祖にい付いたまま離れない、獣そのものみたいににらんだままだったその目線をふっと外しうつむいた神先さんが、何かとても悲しそうな溜息ためいきよどんだ。

「お前がただんだよ。“神”は、お前に世界を救えなんて何一つ言わなかった」

「……!? ち、違う!! ま、間違えてなど!! 神は私に“可哀相かわいそうな人々を救え”と……その為の啓示けいじで……き、貴様は一体何を!?」

 ……神先かみさきさんは……一体何のことを言ってるの……神? ……神だなんてそんな……。

「お前ほどの頭の出来できなら、そのままでもこの世界に何かせただろうに……世の中の奴等やつらの見る目も無かったんだろうな、それには同情するよ……けれど、お前は自分の都合のい様にを解釈“したかった”だけだ。神は、どんな世界のどんなことでもない、ただ“お前”を助けようとしたんだ。そのための“力”だったんだ……可哀相かわいそうなお前と神はただ“遊んでくれようとしただけ”なのにな」

「あそぶ……ち、違う! 私のこの頭脳とこの力があれば世界を……世界さえも……だから神……神は……あの時私に!!」

ゆうちゃん、見てくれ」

 神先かみさきさんは、いてる左手を器用に使って黒スーツの上から中のシャツまでを左半身から引っぺがして、そこに、その背中にあったそれは無数むすうに浮き出たバッテンが……そのバッテンの傷がたくさんあって……。

「俺の母親がさあ、ヤベエ男と再婚さいこんしちゃってな……何が気に入らないんだか、まあ母親を殴るわ蹴るわ……俺はその都度つど、必死に母親を守ろうとしたよ」

 り上げた教祖きょうそをそのままに、そのあらわになった背中越しのままの神先かみさきさんの言葉が。

「でも、まだ小学生の俺の力じゃどうにもなりゃしなくてさあ……で、そのたび義父ちちが、俺の背中にコンロで焼いた鉄の棒でこの傷を付けていくんだわ。逆らえもしねえし、逆らえば母親を殴るって又、おどされるわでさあ……ついに俺の背中はこんなバッテンだらけになったってわけさ」

 そんな、そんなことって……その背中におびただしい程の数びっしりとふくがったバッテンが、ただ数をしていて。

「で、ある日さあ、酒の勢いもあったんだろうけれど、男の行き過ぎた暴力で、母親が頭から顔からさんざん血を流すまでにやられてたんでつい逆上ぎゃくじょうしちゃって……な」

 今ここに、目の前にいる今まであたしが全然知るよしもなかった神先かみさきさんの、本当は何もかもがいつからか途切れてしまってただ空白くうはくに閉じ込めた絶望から逃げ隠れてたんだって……その声もうつろなまま。

「だから、この両手で男を後ろから無我夢中でおそってそのままめ殺したんだ……ただただ、ただ懸命けんめいに……俺自身がどうなろうとそんなことなんてどうでも良かった……俺の背中なんてなあ……本当にどうでも……だけど、母さんだけは守らなくちゃってただそれだけで俺は……俺は……」

 それは、神先かみさきさんのほんのささやかだったはずの日々に訪れた、絶望のすえに犯した回顧かいこ吐露とろだった。

「だけど、その最中さいちゅうだった……俺の頭の中に……『可哀相かわいそうに……お前には“力を与えた人間を消す力”をあげるから……一緒に遊ぼう……』って声がして、そして……確かに……俺の目の前から、この目の前から……め殺したはずの男が消えて無くなって……跡形あとかたも無いんだ……あとで母さんから聞いた話なんだけど、この男も何か小さな規模だけど宗教みたいなことをやってたらしいって……結局、も無くなった人間同士が出会ったんだろうなあ……」

 そんな……! それってつまり神先かみさきさんも……神先かみさきさんも教祖きょうそと同じ……!

「母親はその時何も言わなかった、ただ俺を抱きしめてくれたけれど。俺はだけど、確かに義父ちちをこの手で殺した。でも、本当にあの男の何もかもが無くなってたんだ。この男の普段の素行そこうはずっと近所にも知れ渡っていたし、きっと何処どこかに逃げたんだろうってそんなうわさで結局、捜索そうさく願いを出される様な人間でもなかったしさ……そして俺はこの手で人を殺したんだけど……ずっと何のおとがめも無しさ……全ては母さんと俺と、神のみぞ知るってな……」

 このかわいた独白どくはくが、あたしの心の中にもある大きな傷をずっとえぐやぶろうとするみたいに。

「でも、俺の心はそれからその事実に耐えられなくなって、ずっとおかしくなっていった。中学生で、最早もはや誰も手の付けられないほどに暴れるような暴力にまみれた人間にもなったし、母親に泣かれて入った高校でももう滅茶苦茶さ……正直、どれだけの人間に何をしたのかも覚えても無いほどだから……」

 罪には罰が相対あいたいしなければ、いずれ不安におぼれる自分の良心が救われることが無くなる。この社会で生きて考えれば考える程、常識と向き合う時間が増えていくのは当たり前のことだから。

「それは神じゃなくて悪魔かもって? いや、それは無いんだ……分かるだろ? 教祖きょうそ辿たどったこの道筋にもうその神はいないってことが。それに、神と悪魔の概念がいねんそのものが人間の都合の良い感情で生み出された身勝手な言い分だってことも。自分に都合の悪い誰かを“悪魔呼ばわり”で追い詰めることが出来る誰かの身勝手さが」

 救い様の無い日々がつい無間むげん地獄になった時。

 そこにった、たった一つの光をたよりに道を求め彷徨さまよった末、けれどその光のことさえ忘れてしまうことだって。光はただ光のままそこにあって見失ってしまったのは自分の方なのに、その光さえ“あれこそが闇だった”と逆恨みのままにおちいる人々がのが悪魔であって。

「それでも何とか高校も出てさ……運良く警察の人間に何とかひろってもらえたんだ。体ばっかりでかくなったけれど、その力を今度はい方に使えって……まあ、お決まりの話だけどさ」

 とうとうと、そう自嘲気味じちょうぎみに語ったのち、おもむろに神先かみさきさんが教祖きょうそから目をらせ、粗野そやなままにそこらにつばいた。

「こ、ここは貴様きさまの様な下衆げす汚物おぶついていような場所ではない!! 貴様はただの蛮族ばんぞくだ!! 私の様な崇高すうこうにしてほまだか学識がくしきある人間こそが、神に最も近き存在のはずだ!! き、貴様のような……貴様のような!!」

「この場所は、手前てめえが作り出したただの“奇跡きせき模造品もぞうひん”だ。それになあ……自然界のあらゆる動物ですらそこらでクソをれてあさった死肉を放置して生きてるんだよ。ゴミの概念がいねんすら、細菌さいきんの働きに対する人間の理解すら、自然の本来のサイクルからはずぎたのは俺達人間の方なんだよ」

「ち、違う!! そんな馬鹿な!! 神は!! 神は!! 神に選ばれたのは私だけ!! 私だけだ!! 私が……私が!! ならばこの力は……この力は何のために!!」

 ただただ悲鳴にまみれ泣きさけ教祖きょうそ奇跡きせきの力も今ここに顕現けんげんすらもせず、その呪詛じゅそだけがわめき続くだけで。

手前てめえ思い込みが激しすぎて残念だったな。学も才能すらあるのに、その見識けんしきを他人と共有きょうゆう出来ず一歩も前に進めなくなったお前に、ちょっとした“遊び道具”をくれただけの話だったんだ……独りぼっちだったお前はその不思議な力にはげまされ、もっと未来、人類の歴史にすらさきへの一歩をつけられる存在になれたかもしれないのにな……」

「そんな……私は、私は神に……ただ“遊ばれていた”だけなのか……」

「違う。苦しい時、どうしようもない時にさえ他人は誰も何も助けちゃくれない。だからこそ神がお前と“遊んでくれた”んだろうよ。そして、助けようとさえしてくれた。それをたったお前が、“自分が選ばれた者”だとでも勝手に信じ込んだだけのことさ」

 神様が……神様なんて本当にいるってことだって、それすら信じられない事だけれど……。

「だが、お前は道を間違えた。ほんの少しの、けれどありったけの愛をくれた神さえ裏切りおごり、数多あまたの人間をその欺瞞ぎまん破滅はめつへと追い込む道を“自分で”選んだんだ。だから」

 そして、神先かみさきさんのその手にありない程の何か、得体えたいも常識もその正体しょうたい正邪せいじゃすら分からない様な力が集められてるみたいに……! 神先かみさきさんの存在そのものがあたしの目の前で、何かもっと別の物に変わろうとしてるみたいに……!


手前てめえはもう……消えろ」


「だめ……駄目神先かみさきさん!! そんな奴でも殺してしまったら!! あなたはずっとずっと、その日から苦しみをかかえて生きてるんでしょ!! これからもまた同じ苦しみがずっと……! きっと、その悲しみが重なりあったまま続いてしまうから!!」

 無我夢中むがむちゅうにただ懸命けんめいなそのあたしのさけびも、今この目の前で教祖きょうその命をうばおうとしている神先かみさきさんの、その手の指一本にすらとどかない! そして神先かみさきさんが、少しだけこちらに顔を向けて優しくあたしに語りかけながら。

「ああ……ゆうちゃん。知ってたさ勿論もちろん、お前のそのバッグの中の“出刃包丁”。いいか、お前はまだ子供だ……子供は、大人に守られるべき存在だ。お前が手をよごす必要も理由も何処どこにもないんだ。ただ俺に、もう大人になった俺にまかせればいいんだ。俺は……そうだ……あの時の俺だって、本当は俺が母親を守るんじゃなくて……俺が……俺が母さんに守って欲しかったんだ……ただ、ただそれだけだったのに……」

 一層その手に力が込められた神先かみさきさんの表情が……もうあたしの声なんて何も届かないみたいに……!

「く、苦しい! た、助けてくれ!! お前が、お前もを聞いたのなら、私も……お、お前も同じ存在なんだろう!! 頼む……助けて、助けてくれ!!」

手前てめえは、何があろうと絶対にえちゃいけないラインを自ら踏みえたんだ……見ろ……こんな、ゆうちゃんみたいな子供達を一体どれだけ泣かせてきたんだ? どれだけの弱い人間達を、その罪深いただの思い込みでつぶしてきたんだ!! 子供達を泣かせる大人が、この世界に存在してい訳がねえだろうが!!! 手前てめえはここでその命の重さを、今、ここにり付けられてるお前の苦しみの重ささえ比較ひかくにならない、数多あまたの人達の命に贖罪しょくざいでもとなえながら、この世界から消えればいい!!!」

 そんな……それで、それで神先かみさきさんは救われるの!? その力をもって教祖きょうそを消してしまえば、神先さんの心が救われるの!? ねえ!! 本当に神様がいるのなら!! 本当に神様が存在するのなら!! 今ここで何とかしてよ!! ねえ! 今直ぐに神先かみさきさんを救ってみせてよ!!!

 

手前てめえはもう消えろ……!」

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