機動兵器・レッグベース

@bellbell1031

レッグベース


 人の歴史は争いの歴史。かつて人類はその争いにより自らを破壊した。

 地上が壊滅する程の被害を出した戦争は、資源の枯渇による物だったという。

 過剰な採掘が、一つの街をその内に納めてしまう程の地下大空洞を世界中に作り、あらゆる資源を取り尽くした人類は、やがて奪い合うようになったのだ。

 奪っては奪い返し、奪い返されては奪い返し、それを延々と続けていた。

 やがてその連鎖に終止符を打つ出来事が起こった。

 資源が欲しければ相手を消し去ってから奪えばいい。彼らはそう考えたのだ。そして自分達が消耗しない為には、一瞬で終わらせればいい。

 一つの国が核を放った。しかし、他の国も核を放った。どの国も核を放った。

 地球は恒星のように輝き、やがて焼き尽くされた。

 その間は、わずか数時間だったと言う。

 たった一瞬で、人類の文明は滅びたのだった。




「とまぁ、ざっくり説明するとこんな感じかな」

『質問なんだが、人類は滅亡したのになぜ僕たちがいるんだ?』


 僕はノマ・ルージュアル。LMレッグモービル乗りのストレイだ。


 普段はLMを駆って傭兵稼業をしているのたが……今は、ちょっとした用事があって、「ユニオン社」の支社にお邪魔している。

 しかし、用事が中々始まらない。だからこうして、歴史の勉強をしているのだ。


「戦争してた時、一部の人は地下に逃げたんだ。バカデカい採掘跡の地下大空洞に逃げ込んで生き延びたらしい。」

『それが旧居住区か』

「うん、だけど容量的に限界が来て、もう一度地上進出をはじめて、今に至る訳だ」

『なるほど』

「ま、結局は各地に散らばった勢力同士でまた戦争をしてるんだけどね。みんなが中立勢力だったらどれほど平和だろうかねぇ。我々ピース・シティのようにね」


 中立都市「ピース・シティ」

 人類が地上に進出し、初めて文明を再建した場所だ。

 教育に福祉、必要な物はほとんど揃っており、平和主義者が住むには最高の場所だろう。


『そうだなぁ。だが、争いが無くなっちまったら僕らストレイはお先真っ暗だがな。兵器売ってるアンタらも、そんなもんだろ?』

「ははっ。不謹慎な事言ってはいけないよ」


 そんなブラックジョークを話していると、ロビーの奥から一人の女性が歩いてきた。


「ノマさん、準備が出来ましたのでこちらに。」

「お、できたか。それじゃあ」

『暇つぶしに付き合ってくれて助かった』

「いやいや。不真面目そうに見えて、案外真面目に聞いてくれるものだから楽しかったよ」


 それじゃ、と手を振りながら去って行った。

 そう、今日は歴史の授業を受けに来たのではない。

 LBレッグベースを受け取りに来たのだ。


「ノマさん、改めてLBについてお話致しますね。

 LBとは、頭部、腕部、胸部、脚部からなる18m程の人型兵器で、太陽エンジンと呼ばれるジェネレーターによる大出力、一つの関節に対し限界までアクチュエータを詰め込むことによる馬力を備え、更には超硬度特殊合金、ガルディア合金製の装甲を備えています。

 機体各部にはハードポイントを装備しており、武装の装着や換装による汎用性があるので様々な任務に対応が可能。

 そして、このLBの兵器としての最も特筆すべき点は……」

『自己再生能力、だな』

「その通りです」


 LBは、全身がナノマシンで構成されている。

 このナノマシンはあらゆる素材で自分の体を構成する事ができ、更に自己増殖が出来る。

 例えば、装甲材として増殖した個体は自分の体をガルディア合金で構成し、コックピットの座席として増殖した個体は合成樹脂で体を構成する。

 このナノマシンは、旧時代の超技術が生み出した奇跡の人工細胞と呼べる代物なのだなのだ。


「汎用性、半永久的な動力、自己再生能力。まさにストレイの方々にはもってこいの代物ですね。

 それではノマさん、こちらへどうぞ」


 先程のロビーとは打って変わって、無機質な金属製の壁が周囲を覆う。看板を見る限り、ここは格納庫への通路だろうか。


「間もなく我が社の格納庫です」


 カードキーを通すと、重厚な扉の、その向こうが露わになる。

 すると、扉の向こうにはおおよそ人間の10倍はあろう巨人が鎮座していた。

 しかし、それは人と呼ぶにはあまりに異形だった。


『これが、僕のレッグベース……』


 尖った形状に曲線が混じった、スポーツカーを思わせるフォルムにショッキングピンクより暗い、フィエスタローズの装甲色。


「背部に出力可変ハイ・ブースターを装備。広範囲の行動を可能にした、我がユニオン社の試作型です。

 エネルギー出力、装甲強度、どれを採っても他を凌駕する高性能機となっております」


 こんな高性能機を、ただの一般人である僕が手に入れられた理由。

 それは単に、データ収集の為らしい。


「貴方にはデータ収集への協力を条件に本機をお渡しします」

『ああ。分かってる』


 すると、廊下から勢いよく金髪碧眼の少女が、走り寄って来た。

 こんな大事な時に遅れてくるとは先行きが不安だが、あれが僕のサポロイドだ。


「お、遅れましたー!すみません!」


「サポロイドFT1エフティ・ワン、遅刻ですよ。これからの仕事もそのような調子ならば他と取り替えますが?」


「す、すみません……」


 サポロイドとは、非常に人間に近い構造をし、身の回りの世話から機械のメンテナンスまで、なんでもこなす万能ヒューマノイドだ。

 このLBの管理、そして様々なサポートをさせる為にユニオン社側が用意してくれたらしい。


「遅れてすみませんノマさん。これから日々のサポートをさせていただくサポロイド、エフティ・ワンです、よろしくお願いします」

『よろしく』

「これでお渡しする物は全て揃いましたね。それではどうぞ、LBにご搭乗下さい」


 昇降機に乗りコックピットに近付くと、まるで僕を受け入れるように自動でハッチが開いた。

 導かれるように乗り込み、指示通りに各システムの起動を開始する。


『システム起動だ』

「メインシステム起動。パイロットの生体認証を開始……確認完了。機体名の登録をお願いします」


 名前か……機体色からとって「フィエスタローズ」にしようか。


「機体名、フィエスタローズを登録しました」


 ヘッドアップディスプレイに様々な情報が表示される。外気温や湿度、気圧や天気のような簡単な物からレーダー、弾薬残量等の実践的な物、更には機体表面温度やコックピット内温度や高度、エネルギー出力量/消費量……等のいつ使うか分からない情報まで表示されており、情報で頭がパンクしそうだ。

 果たして、これら全てを使う事などあるのだろうか? 

 そんな疑問と戦っていると、画面の端に何かが拡大表示された。


「ノマさん! 私を置いて行かないでください!」


 あ、エフティ・ワンを忘れていた。

 忘れられまいと必死にアピールしているようだ。

 ロックを解除しハッチを開けると、エフティ・ワンがシートの後ろに乗り込んだ。


「エフティ・ワンは少々ポンコツな部分が目立ちますが、上手に運用してくださいね。

 それでは格納庫のハッチを開放します。エフティ・ワンの指示に従って発進してください」


 格納庫のゲートが開いていくと、それに比例して格納庫が次第に明るく照らされていく。

 外の光が眩しい。影を掻き分け、フィエスタローズの足元に向かって光が伸びる様は、光のカーペットのようだ。


「この瞬間、好きなんですよね。まるでこれから進む道を照らしてくれてるみたい」

『お前、ロマンチックな事を言うな』

「高圧的な口調、怖いです……」

『あ、ああ。ごめん』


 アンドロイドとは、こうも人間味溢れた物だったのか。どうにも罪悪感が湧いてしまう。

 まぁ、エフティ・ワンとの関わり方はこれから考えていけばいいか。


「ゲートオープン、LB、発進どうぞ」

「まずはゆっくり、操縦桿を動かして下さい。左右の操縦桿を両方とも前に」


 コックピット内のペダルや操縦桿等のインターフェースを使って、フィエスタローズに意思表示をする。

 するとフィエスタローズは、ゆっくりと足を動かし、前進し始めた。

 心地の良い重低音。足からコックピットへと、一定間隔で振動が伝わる。普段、タンク型のLMに乗っている僕からすれば、とても新鮮な感覚だ。


「上手ですっ! さぁ、次はブースターを使ってここから飛び出しましょうっ!」


 頭上には晴天の空。気付けばもう、僕は格納庫の外に居た。


『えっと……』

「操縦桿を倒さずペダルを踏んでください。ゆっくりとですよ〜?」


 前部のフロントブースター、後部のバックブースターが地面に向き、ゆっくりとプラズマを噴き出す。

 するとフィエスタローズは、少しずつ浮上を始めた。


「いいですね! 多分最初は推力に耐えられないから、強く踏み込まな……うわぁっ!」


 僕はついに空を手に入れた。今までずっと地べたを這いつくばって戦ってきた僕がだ。

 もはや、この興奮を抑える術はない。まるでおもちゃを貰った子供のように、全力で遊び尽くしたいのだ。

 ペダルを一気に踏み込むと、花火程度の噴射だったブースターが大きな光を勢いよく噴射し、機体を押し上げた。

 圧倒的な加速だ。地面がどんどん遠ざかっていく。


「い、痛ぁ……ちょっとノマさん! 頭ぶつけたんですけど!」


 操縦桿を左右に倒しながらペダルを踏み込み、サイドブースターを右、左と起動させる。

 空中においても高い機動力を発揮するのがこのLBだ。前後左右に瞬間的に移動し、ただでさえ頑丈な装甲に被弾すら許さない。


『すごい……圧倒的だ』


 前後に高速移動、大腿部の追加ブースターで急速旋回。これなら、どんな攻撃だって捌くことが出来そうだ。


『ふふふっ……』


 全能感。この感情を敢えて言葉にするのなら、これしか無いだろう。 

 居ても立っても居られず機体を乗り回していると、コックピット内のスピーカーから先程の女性の声が聞こえてきた。


「問題無く稼働しているようですね。それでは、そのままお帰り頂いて結構です。よい旅を。」


 最後に、ハイ・ブースターを起動する。

 背部ブースターにプラズマを大量に収束し、爆発的に噴射するものだ。

 その加速力は戦闘機に肩を並べ、閃光が如く飛び回ることが出来るという。


「ハイ・ブースター……!?」


 かなり焦った様子でシートの後ろにしがみつくエフティ・ワン。果たして……どんな力を秘めているのだろうか?


『……!!』


 一瞬の溜めの後、奔流のようにプラズマが溢れ出すと同時に、体を後ろに引っ張るようなとてつもないGが僕をシートに押さえつける。今まで体験したことのない力だ。


『ンぐぐぐぐっ!!』 


 歯を食いしばり、胃から内容物が押し出されるような感覚をこらえ、限界まで加速する。


「ひぃーっ! また頭ぶつけるぅーっ!」


 景色が流れていく。なんて心地が良いんだ。


「ノマさん、止まってぇー!」


 ただ速く、ただ遠くへと僕は飛んでいった。




 思う存分飛び回り、借りているガレージに帰還した。

 僕たちストレイは定住の地を持たない。その為、基本は行く先々でガレージを借りて寝泊まりをするのだ。

 LM内の居住スペースで一息つく。

 多くのガレージは宿泊施設を併設しているが、今は少々金欠気味で節約をしなければならない。

 だから今日は、LMの中で寝泊まりだ。


『ふぅ』


 このタンク型LMは、キャンプカーのような居住スペース持った"ベースモービル"と呼ばれる特別な物だ。結構広く、のびのびとできる。

 更に、ナノマシン3Dプリント技術を利用した簡易な製造設備を備えており、スプーンや弾薬から集積回路まで製造ができる。


「ノマさん、改めまして、これからよろしくお願いします」


 改まって挨拶をするエフティ・ワン。どうやら何か伝えたそうな雰囲気だ。


「早速ですが、私の名前、決めていただけませんか?」


 これが言いたかったとばかりに目をキラキラさせる。

 マニュアルには、名前の設定なんて物は無かった。恐らくは、この個体特有の願望なのだろう。


『名前か』

「面倒でしたらそのまま、サポロイドやエフティでも大丈夫ですけど……」

『なんとなく、エフティじゃ不満そうだね。それじゃ可哀想だから……』


正直な所、ネーミングは得意でない。センスが無いのだ。

 しかし、これから長い付き合いになるのだ。いくらサポロイドとはいえ、ちゃんとした名前くらい付けてあげるべきか。

 それに……なんだかこう、この子には人間臭い感情が溢れている。あまり異種族という感じがしない、親近感が湧くのだ。


『じゃあ、機体名のフィエスタローズから取って、フィエスタにしよう』

「ありがとうございます!今日から私はフィエスタです!」


 ニコニコするフィエスタを横目に晩ご飯を用意していると、キラキラと目を輝かせ始めた。


『お腹減ったの?』

「ま、まぁ、少しですけど……」


 そういってご飯を食べ始めたフィエスタは止まる事を知らなかった。


『「ごちそうさまでした」』


 レッグベースを手に入れたことで、ストレイとして更に稼げる仕事が出来るようになった。

 LMとLBとではできる仕事に大きな差がある。報酬の面でも、それは大きな差だ。

 しかし、急に難しい仕事は出来ない。

 明日からは簡単な依頼をこなしつつ、慣れていこう。


 

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