第二次アルマゲドン
単三水
第一話 死んでから始まる運命
「あっちぃ…」
半袖の制服で歩いているポニーテールの女の子。彼女の名前は、城田 理沙。この日は塾があるので歩いて行っている所だった。
「はぁーあ。なーんでこんな暑い時期にわざわざ塾に行かなきゃなんないのかな。勉強したくないなぁ」
いつもはこんな事言わない。どうやら拗ねているようだ。彼女は昼に母と言い争いになり、無理矢理出ていく形で塾に出る事になったのである。
「危ない!」
突然言われて、上を見ると、
「へ?」
上から落ちてくる鉄骨が、自身を下敷きにしながら地面との距離を縮める。グシャと潰れる身体の音、その後聞こえた鉄骨と地面の音。それに気づいた時には、私はもう人の形を留めていなかった。
「…?」
痛みは一瞬きたが、もう死んだのだろうか。
(意外と早く死んだなぁ、もっと生きれるかと思ってた)
生まれて僅か十四年。まさかこんなに早く死ぬとは思わなかった。まぁ、今こんな事を思っても仕方がない。
「さぁーてと。ここは…」
周りを見回すと、さっきまでいた世界から色を抜いたような白黒の世界が広がっていた。
「…どこだろう」
足下には、自分を押し潰したであろう鉄骨が何本か落ちている。そして、その下に自分の体が下敷きになっていた。だが、その周りに人は全く居なかった。
(うわ、グロ…っていうか、おかしいな、私といえども人が死んだんだから騒ぎにはなると思うんだけど)
その直後、周りに何か人の大きさのものが大量に湧いて出た。
「うわっ!?」
突然のことだったので驚いてしまった。その白い身体には腕はなく、丸い頭に大きな黒と白が反転した目が一つついている。それらがじっとこちらを見てくるので、少したじろいでしまった。
(…見てる、だけなのかな?)
別に、何をするというわけでもない、ただ見てくるだけだ。敵意がないことを確認し、ほっとする。
しばらくして、途方に暮れていると、今度は近くのコンビニから大きな口を持った太っちょのものが出てきた。それはこちらを見て、途端に走ってきた。
「うわあああああああああああああ!?」
咄嗟に理沙も走ったが、太いくせに足はあちらの方が上のようで、じきに追いつかれるだろう。歯をがちがちと鳴らす音が近づいてくる。
(く、食われる!!)
その音が頭の近くで聞こえるようになったとき、ザシュッという音と共に、それが聞こえなくなった。
「大丈夫か!?」
振り返ってみると、さっきの化け物は居ない。代わりに、裾がスカートぐらい長く、緋色のちゃんちゃんこを着た自分と同じぐらいの背丈の女の子が立っていた。結んでいない髪は腰ぐらいまで伸びていて、加えてちょっと太めの触覚ヘアーだ。手には黒い剣らしき物を持っていて、左手首には黒いリボンを巻いている。足下には白いジグゾーパズルのピースが散らばっていた。
そして、僅か一瞬だが…この女の子の後ろに太陽が重なって、日食が起きたかのような錯覚に陥った。
「あ…ありがとうございます!!助けてくれて」
「えっと、ここってあの世なんですか?」
「そうだ。その様子からすると、君はついさっき亡くなったみたいだね。でも、凄いね。そんなに落ち着いてるなんて」
「あ、自分でもよく分からないんですけどね。それより!さっきの、かっこよかったです!なんか、突如現れた正義のヒーロー!って感じで!!」
「そ、そうか?」
照れている。ガシガシと頭を掻きながら照れ隠しで顔を逸らす様子は、
(か、可愛い…)
先述の通り可愛かった。おそらくギャップ萌えというやつだろう。そして、一目惚れもしてしまった。
(な、何だろう、私の中で新たな萌えの世界が広がったような気がする…こうしちゃいられない!)
「師匠!私を弟子にしてください!!」
「で、弟子ィ!?」
「わわ、私、師匠っていう柄じゃないし、さっきの怖かったんじゃ無いのか⁉︎」
「だから、自分でも身を守って、怖い思いをしないために強くなるんです!」
そんなのはデタラメだ。本当は、この人と一緒に居たいだけである。今ここで押し切っておかないと、と本能が告げる。
暫く説得を続けていると、
「…クロザキ マイ」
「へ?」
「私の名前だ、黒咲 真衣。ただし、師匠っていう柄じゃないから、先輩でよろしく」
「…!城田 理沙です、先輩!!よろしくお願いします!!」
「いやー、私の経験上お前みたいなタイプは意地でも意見曲げないからな。仕方なく、だぞ?そこんとこ、わかっとけよ?」
そう言いながらも、先輩の顔は僅かに綻んでいるように見えた。
「ハイ!承知しました!!」
丸い渦のような物に飛び込むと、白黒の世界から抜け、色のある世界に戻る。
「おお…」
視界がぐにゃりとする感覚が結構面白い。
「じゃあまず、明日秦広王の所まで行こうか」
「そういえば、賽の河原とか無いんですか?」
そもそも私は賽の河原や八大地獄や閻魔大王ぐらいしかあの世を知らないが。
「ある。ただ、子供の場合、賽の河原の制度を無視して狩人になることが出来るんだ。余程悪い事をしていない限りはな。因みに狩人は、さっきの白い奴らを狩る人達の事だ」
「へぇ…」
「それに、どっちみち火葬で六文銭が備えられるまで三途の川を渡れないからな。力技でも良いが、奪衣婆に服を剥ぎ取られたくはないだろう?」
「それはまぁ、確かに」
「うーん、…親不孝、かぁ。私もなんだけどな」
ちょっと寂しそうに、真衣が言った。
「取り敢えず、明日になるまで書斎に居るか?そんぐらいしか無いんだ、すまないな」
「いや、ありがたいですけど…何で書斎なんですか?」
「私の書斎だけこの世とあの世が繋がっててな、まぁ狭間に有ると言ってもいい。だから、三途の川を渡ってなくても書斎だけは入れるんだ」
何という摩訶不思議な書斎だろうか。
山奥を歩く。幽霊になってからそんなに経っていないので上手くコツを掴めず、飛べないでいる。明日から練習するらしい。
「ほら、あれだ」
先輩が指差した先には、不自然にポツンと立っている家、ではなく部屋があった。
「えぇ…?凄く不自然ですね…なんかの番組とかで取材とかされないんですか、ここ」
「霊感のある奴にしか見えないからな、都市伝説とかにはなりかけてるが」
「どんな?」
「入った者は二度と出て来られないらしい、その言霊から本当にそんな書斎になってしまったから困ったもんだ。生きた人間が入ったら狭間に取り込まれるか妖怪になる、それか悪霊とか。だから最近取り壊そうかとも思っているんだが、そうしたら狭間が広がる可能性もあってな。中々良い案が浮かばないからそのままにしてある」
本いっぱいの本棚が壁一面に置いてあり、椅子とテーブル以外の余計なものは一切置いていない。
「漫画ばっかですね、最高です」
「だろ?隣にはゲーム部屋もある。さて、もう夜遅いから寝ような」
「幽霊にも睡眠って必要なんですか?」
「ああ。睡眠は体力回復に大事だぞ。生身の人間と構造は一緒だからな。待ってろ、奥から布団を取ってくる。そこら辺の漫画でも読んで待っといてくれな」
「はーい!」
先輩は、ドアの奥へ布団を取りに行ったらしい。
「少年漫画多いなー…ん?」
そこにあった一冊を手に取ると、奥に何か薄いものが見えた。
「これは…?」
それを手に取ると、青年と青年のツーショットの表紙、R-18の表記、これは間違いなく。
「び、BLだ…」
しかも奥にぎっしりと。たまに百合やケモケモしいものが混じっているが、ノーマルは全くと言っていいほど見当たらない。
「…見なかったことにしておこう」
人には知られたくない秘密の一つや二つあるものだ。百合は後で漁っておこう。
(イメージトレーニングもしないといけないしね)
人はそれを妄想という。
先輩が二人分の布団を持ってきて、床に敷く。赤いちゃんちゃんこは腰ぐらいまでの長さになっていた。ジーンズを履いている。
「先輩!隣に寝たいです!!」
「ん?良いぞ」
「やったぁ!」
今日で急接近するという不純な動機ながらも、何一つ疑いなくOKしてくれた。
(疑いなさすぎだろ可愛い…)
恋は盲目である。
翌日。
「ほら、起きろー。朝だぞー」
真衣がゆさゆさと体を揺らしてくる。
「…ん…あと五分…」
「お前の葬儀が終わったらしいから、さっさと三途の川渡って朝風呂に入ろうと思ったんだが…昨日は入ってなかったからな」
「起きます!さっぱりしたいです!!」
即刻起きた。大体考えていることは分かる。
「…葬儀、終わったんですか」
「あぁ。…まだみんな集まってるらしいが、会いに行くか?」
「…はい」
着いた。みんな、暗い顔をしている。
「ここがお前の実家か?」
「いえ、おばあちゃん家です…あ、父さんと母さんだ!」
信じられない位に泣きじゃくっている。鼻は真っ赤、目の下にはクマができていた。ショックで眠れなかったのだろう。
「…ごめんなさい」
自然と涙が溢れてきた。しばらく、両親とは話せないのだろう。そう実感した。
ふと、先輩が呟いた。
「…おねえちゃん…?」
「へ?」
「い、いや、何でもない」
母さんには、妹などいなかった筈だ。
「あ!そういえば…すまん、言い忘れていた、というか、忘れていた。理沙、お前はこれから山道を八百里歩かなければならない」
「えっ!?」
(お風呂は?)
心の中が煩悩だらけである。
「死出の山だ。およそ三千キロメートル、真っ暗な山道だ」
「さ、三千キロメートル!?む、無理ですよ!何日掛かるんですか!?」
「最低でも七日間だ。大丈夫、誰しもが通る道だ」
(死ぬ!いや、もう死んでるけど、もう一回死ぬ!!)
想像しただけで辛すぎる。
「本来は一人で歩かなければならない、だが。何と特別大サービス、私が同行していってやろう。…これには運命的な何かを感じたのでな」
前言撤回、最高である。
「ちなみに、裁判には通算で四十九日かかる。頑張れよ」
「…うへぇ…」
「うわ、先輩いなかったら発狂してましたよ私…」
周囲は真っ暗で、僅かに星の光が差すのみ、長い長い山道、本来なら私一人しかいなかったであろう空間。
(怖すぎでしょここ…マジで先輩居て良かった…)
こんなホラーな所を歩くなんて正気の沙汰では無い。お化けでも出てきそうだ。いや、今は自分がお化けなのだが。
「先輩も此処を歩いたんですか?」
「あぁ。もう心底震えながら歩き続けたさ。何しろ、こんな長時間一人なんてこと、今まで無かったからな。…あっ、そうだ。今の内に、あの世の説明をしておこう。時間はたっぷりあるからな」
「はい!お願いします!!」
「まず、狩人は昨日言ったように白い奴、【色無し】を倒すのが仕事だ。他にも、依頼されたらボディーガードとかもする。まあ、戦闘を生業としてるようなもんだな。他にも職業は色々あるが、まぁそれらは必要な時に説明しよう。次はこれだ」
そう言うと先輩は、胸に着けている、黒く丸い宝石のような物がついたネックレスを握りしめると、表現としては変だが黒く光り、頭よりちょっと小さい位の玉が出てきて、真衣がそれを受け止める…というより、玉を手のひらの上で浮かせている。
「これは【魂の器】と言ってな、今は一人一人が必ず持ってるもんだ。ほら、それ」
先輩に左手首を指差され、見る。すると、気付いていなかったがそこにも宝石みたいなものがあった。星形正八角形の形をした白いものだ。
「握りしめてみろ」
そう言われて握りしめると、白く光り、星型の立体が出てきた。どうやらこれが私の魂の器のようだ。何か黒い液体が入っている。
「通称【器】。コレが自分の命みたいな物だから、大切にしろよ」
そして、七日間が経ち、秦広王の元へと辿り着いた。倶生神が秦広王に何か告げている。
「…うむ、大した嘘はついていないようだな。無益な殺生もしていないし、虫は弄んで踏み潰したりしない限りは流石に仕方ないだろう」
「よ、よかったぁ…」
日々の行いである。
「あの、この子、狩人になりたいらしいんです。なので、一応報告を頼みたいのですが…」
「あいわかった。では、行くが良い」
「ありがとうございます!」
先輩がぺこりのお辞儀をして、先に行く。理沙もそれについていこうとすると、
「ちょっと待て」
秦広王に引き止められた。
「昨日のデタラメには目を瞑っておいてやるから、あの子の心の支えになってくれないか。中々不遇な奴でな」
「…?はい!私、真衣さんの後輩ですので!ありがとうございました!」
そう言って、先輩について行った。
「あ、さすがに私も知ってますよ!これ、三途の川ですよね!」
「ああ。本当はこの川を渡ると現世に帰れなくなるんだが、狩人は仕事だからな。浮遊霊に混じって活動してる奴もいる。あ、そうだ、善人は橋でいいからな」
という事で、浅瀬でザブザブと進む死者や溺れながら進んでいる死者たちを尻目に有橋渡を渡り、衣領樹にたどり着いた。奪衣婆と懸衣翁がその下で待っている。
「六文銭は持ってるな?」
「はい」
六文銭を手渡した。
「おや、真衣も一緒なのかい。珍しいねぇ、大体ルナや大輝としか真衣は行動しないのに」
「後輩になるって聞かなくて」
「その割にはまんざらでもなさそうだねぇ。はい、返すよ」
「あれ、いいんですか?」
「癖でなぁ。渡し賃だとは分かっているんだが…」
そして、四十二日が経ち…
「やっと…やっと裁判が終わった…!長かった…」
「よく頑張ったな、理沙」
頑張ったのは先輩もだろうに、頭をなでなでしてくれた。うれしい。
「…さて。残念だが、ここでお別れだ」
悲しそうな顔で告げられる。
「…え?何でですか!?私、何か嫌われるような事しましたか!?」
突然すぎて意味が分からない。なんで?なんで?なんで、なんで。
この時点で少し狂気じみた脳内をしているぐらいには、真衣が好きであった。
「…違う。私といたら、理沙が嫌われるからな。…だから。これで…」
「…私は、あなたのそばを離れませんよ、先輩!!」
先輩の手首をがしりと両手で掴む。
「私が離れたくないんだから、離れません!…これは、私が決めた事です。先輩にも揺るがされませんよ!」
最早一種の執着である。
「…ありがとう…」
先輩が私の肩に両手を置いて、顔を伏せる。先輩の目から、ぽろりと涙が一粒落ちた。
「…ありがとう…!」
何やら、のっぴきならない事情を抱えているようだ。
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