第13話 三枚のお札
-- 前回までの『スナッキーな夜にしてくれ』 --
と勘違いしてしまい、恥ずかしいチュ~顔を曝け出してしまう常松。
しかし唇を尖らせながらも、彼の奥義である“エアーパイパイ” によって、なんとか両手に掴んだもの……
それは柔らかな感触とは程遠い“御札”のような代物だった。
この御札はいったい何なのだろうか?
ただの紙キレなのか?
ママの名刺なのか??
それとも、あのキョンシーを操る霊○道士が用いるとされる呪符なのだろうか?
『そこを例えるなら、むしろ陰陽師の呪符なんじゃね』
という天からのお叱りの声が聞こえてきそうだが、道士が操るキョンシーってのは、
そんな、しょーもない考察はさておき、ユリコママからゲットした御札は、文字通り裏世界(異世界)から脱出する切り札となるのだろうか!?
物語は、ようやく脱出篇へと突入する……だろう、たぶん。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
やるせない想いと共に常松が両手に受け取ったのは三枚のお札のような代物だった。
「……これは…いったい……」
ユリコママから受け取った千社札とも思えるような三枚の紙切れを見つめながら常松はボソリと呟いた。
「その御札はね♡ 私からのプレゼントよ♡」
「プレゼント…...ですか…」
常松は気のない返答をかましつつ、思案する。
(夢の中だとすれば、もっとこう、なんていうかグッとくるような、なんかこう“夢にときめけ”的な、そんな感触を我が手中に収めるはずではないのか? そしてマシュマロチックな喜びを感じるはずではないのか!? なのに、このいかにも昭和の下町芸人を彷彿とさせるアイテムとは?……つまりはこれは……夢ではなく現実ということなのか!? どうやらそうなのだろうか? きっとそうなんだろう……)
残念!!
ようやく夢ではないことを悟った常松は、同時にその昔に友人の落語家からもらった指パッチンでお馴染みのポー○牧さんの千社札を背中に貼られてしまった苦い記憶を想い出してしまう。
(あれを貼られたせいで、周りの友達から嵐のような指パッチンの
悲しみに満ちた遠い過去が蘇り、やるせ無さが募る。
「あら~、あんまり嬉しくなさそうね~」
「いや、あの、そういうことではなくて、その、ちょっと妙なことを想い出しただけなんですよ」
「妙なことってぇ~、もしかして、これでしょ」
と言いながらユリコママはクルッと身体を右回りに一回転させてから両手の指をパチンと鳴らす。※注1
「…………………………」
店内に暫しの沈黙が訪れる。
常松は、自分の気持ちを見透かされたことへの驚きなのか、それともママのあまりにダサい指パッチンを見てしまったからなのか、どうでもイイのだが目が点になってしまう。
が、気を取り直してユリコママを褒めちぎる。
「ママって、俺の考えていることが何でもわかっちゃうんですよねー」
「あら、イヤだわ~、何でもなんてことはないわよ~」
「いやいや、まさかの○―ル牧師匠を当てるとは! というよりも普通はポ―◯牧師匠のことを考えていたんなんて思わないですよ! それを見事に的中させるなんて、ちょっと怖いくらいですよ」
(っつうか、俺がポー○牧さんのことを想い出していたことそのものが小っ恥ずかしいんだけどね)
「それじゃあ、しょーもない指パッチンの話はこれくらいにしておきましょうね♡」
(いやいや、しょーもないそれを口に出したのはママの方でしょうがーーー)
ちょっと放心状態の常松を余所にママが続ける。
「それでね♡ そのお札のことなんだけど~、それは私の愛が沢山詰まっているそれはそれはありがた〜いアイテムなのよ♡ それを使えば、すっごい漲るような力が発揮されることもあるのよ」
「……これが…ですかー?……」
「これが~、そうなのよ! 例えば、恐ろしい鬼に追われた時にねぇ、『助けてえ〜』とこのお札に願いを込めれば助けてくれたりするのよ~」
「……それって~、もしや昔話に出てくる“あれ”ですかねー?」
「ピンポーーン♡ その“あれ”なのよ。 常松さんも小さい頃に鼻水垂らしながらテレビアニメの昔話を観たり、その鼻水でベタベタになった絵本を読んだりしたことあるでしょ~」
「……いや、そんな、鼻水ベタベタってえ……」
「まあ、今では夜な夜な、いやらしいグラビアばかりの週刊誌しか読まなくなっちゃったんでしょうけどね~」
(おいおい、“今では夜な夜な”のくだりはいらないでしょうーが!)
「いやらしいグラビアのことはこの際どうでもいいとして、じゃあ、この札は危機に晒されたときに願いを込めて使う
「そうよ! ここから出口(エレベーター)に辿り着くまでには厳しい検問があるし、次元パトロールは厄介だから、きっと必要になるだろうと思ったのよ。だから、もしもの時に使って欲しいの」
「.........こんな俺なんかのために......夜な夜なスケべなグラビアしか見ないような俺のために......」
「常松さんが心配だから......私からの心ばかりのプレゼントよ♡」
「ママ~! ホントありがとう!! 今日初めて会ったばかりだというのに、俺のことをここまで心配してくれるなんて、なんと御礼を言ったらいいのか…」
(ゲッチュ〜ゥとかゲッパ〜イとか考えていた俺はなんてエロバカなんだろう。俺は自分が恥ずかしいぞ!)
ママからグッとくる気持ちを受け取って猛烈に感動してしまう。同時に自らエロ妄想を猛反省した常松は、少しだけ男前の顔つきになる。
「私の方こそ、久しぶりにあちらの世界の殿方とお話が出来たし、美味しいお酒と楽しい時間をいただいたから」
目頭が熱くなり過ぎた常松は、涙がこぼれないように上を向いて叫ぶ。
「よーーーし! こうなったら、とにかく絶対に、無事に元の世界に戻るぞーーー!!」
「頑張ってね♡ そして絶対無事に帰ってくださいね」
「だけど、こんなに素敵なママに出会えたのになーー! なんだか残念だよなーー俺!!」
常松の言葉に黙って優しく微笑むユリコママ。
ー 私も同じ気持ちですわ ー
常松には、そんな声が聞こえた......気がした。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
帰り支度を済ませた常松は店の扉の前に立った。
「ママ、本当にありがとう! パトロールに見つからないように気をつけて行くよ!」
「最後にひとつアドバイスよ。ここを出たら先ずは“アイアンヘッド”に入ることをお勧めするわ」
「………あーっ、あのヘビメタバーですね」
「うふふ…そうよ。常松さんが看板を見て残念だと思ったお店よ」
「参ったなー! やっぱり、俺の考えはすべてお見通しって訳ですねーー」
(俺がスケベな行為…じゃあなくて、好意を抱いていることもお見通しなんだろうな)
「私も常松さんは素敵だなって思っていますよ! でも、あんまりエッチイーなこととか
考えてばっかりだと危険な目にあいますから、気をつけて下さいね」
(そんなこと言われると後ろ髪を引かれる気分になるなー)
そんな気持ちを振り払うかのように、常松はユリコママに向かって親指を立てる。
「それでは!! アイル・ビーじゃなくて“素敵なサムシン・グ――”」
未来からやってきたマシーンが繰り出すキメポーズのように立てた親指には、僅かばかりの
勇気を込めた常松の決意が込められていた。
ときめきだけを残して店を出て行く男の背中をユリコママは黙って見つめていた。
※注1:ポー◯牧師匠の指パッチンポーズ。30代以下の方には全く認知されていない◯ール牧師匠の往年の芸。
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