第21話 基礎訓練を始めます

「「「「おはようございます!」」」」

「おう、ちゃんと遅れずに来たな。褒めてやろう」

ギルドの訓練場に向かうと既にギルマスがいたので、朝の挨拶を済ませると同時にギルマスが皮肉めいたことを言うとニヤリと笑う。


恒達はゾクリと何か背中に冷たい物が流れる感覚に襲われるが、目の前のギルマスから目を離せずにいた。


「まあ、そう緊張するな。まずはお前らの体力の限界を知ることから始めようか。俺もそうだが、自分達でも体力の限界は知っといた方がいいぞ。分かったら行け」

「「「「え?」」」」

「え? じゃねえよ。だから、まずは体力の限界を知れって言っただろ。ほら、訓練場の周りを走ってこい。だが、いいか? 手を抜くなよ」

「「「「……」」」」

「ほら、分かったら行け」


恒達は不満そうにしながらも、ギルマスの言うメニューを熟さないと次には進めないから言われた通りに走るしかないと観念すると、渋々だがゆっくりと走り出す。


ギルドの訓練場は意外と広く、その外周となれば大体三キロメートルくらいだろうか。だから、元々運動どころか基礎体力も怪しい久美が最初に脱落する。

「なんだよ。一周もしない内に脱落かよ。お~い、先ずは一匹離せ」

「はい。最初だから、一番若いのでいいな」

ギルマスに言われた一人の『従魔使い《ビースト・テイマー》』がベア・ウルフを一頭だけグラウンドに放す。


放たれたベア・ウルフはグラウンドに座り込み休憩していた久美を目掛けて走り出す。そしてそれを確認したギルマスは久美に向かって大声で話しかける。

「お~い! そこでサボっていると噛まれるぞ! 噛まれたくなかったら、走るんだな!」

「え?」

遠くから聞こえるギルマスの声を聞いた久美は何事と後ろを振り返ると、薄茶色の犬っぽい何かが自分を目掛けて走ってくるのが目に入る。

「え? 何あれ? もしかして、私を……嘘でしょ! なんなのよぉ~」

久美は立ち上がると、これまでの人生で最速と思われる速度で駆け出す。

途中、ゆっくり走っている恒達を追い抜いたことにも気付かないくらいに。

「あれ? 久美は休んでいたハズじゃ?」

「でも、様子が変だったぞ」

「そうね。まるで何かに追い掛けられているみたいに……え?」

由香が走りながら後ろを振り返ると、涎を垂らしながら走ってくる何かに気付き、知らず知らずに走る速度が速くなる。

そんな由香に離され始めた明良が由香に声を掛ける。

「由香までどうしたんだ? まだ先は長いんだぞ。ゆっくり走ろうぜ」

「バカ、後ろを見なさいよ! 悪いけど私は先に行くからね!」

それだけ言い残し、由香は恒達を残して走り去る。

そして由香に言われた明良は後ろを見て「冗談じゃねえ」とだけ言うと一気に加速する。

そんな明良達を見て恒はと言えば、慌てるでもなくのんびりとゆっくり走っている。

「そんなに慌てることか? ねえ」

『グルル……』

恒の横にはいつの間にか追いついていたベア・ウルフが恒と伴走していた。

その様子はといえば恒を襲う素振りは一切なく。どちらかといえば、日本でよく見かける飼い主と一緒にジョギングしている飼い犬といった感じだ。


そんな様子を見ていたギルマスは、横にいた『従魔使い』に声を掛ける。

「おい、ちっとも襲わないぞ。どういうことだ?」

「おかしいですね」

『従魔使い』の男がそう答えるとギルマスがギロリと睨む。

「か、勘違いしないで下さいよ。俺はちゃんと走る四人を追い掛けるように指示していますよ。でも、なぜかあの男だけには向かわないんですよ。本当ですって!」

「くくく、ギルマスよ。ワタルには違う手段を考えた方がいいぞ。それにアイツにはこれは無意味だ。見ろ」

「ん?」

「分からないか? 他の三人は汗だくなのに。ワタルだけは汗一つかいてないだろ。多分、アイツの体力的な限界を引っ張り出すのは相当掛かるぞ」

「そうか。じゃあ、手を替えるか。お~い! 坊主。お前はもういい! こっちへ来い!」


ギルマスに呼ばれた恒は走るのを止めて、ギルマスの元へと向かう。そして、伴走していたベア・ウルフに「じゃあな。ほどほどにな」と挨拶を交わすとベア・ウルフは尻尾を振り、恒の手をペロリと舐めると本来の仕事とばかりに吠えながら猛ダッシュすると、最後尾を走る久美を追い掛ける。

「また、来た~もうなんなのよぉ~」

『バウ!』


恒がギルマスの元に来ると座れと言われたので、グラウンド横に用意された座席に腰掛ける。


「それで、なんで俺だけ呼ばれたんですか?」

「ドリーの助言でな。お前の体力の限界を測るのは無理だろうと言われてな。だから、お前はドリーの元で一足先に武術指導だ。いいな、ドリー」

「おう、いいぞ」

「分かったよ」


「もう、コイツしつこいぃ~明良なんとかしてよ!」

「なんで俺なんだよ。そうだ! 久美、お前の魔法でどうにか出来ないのか?」

「どうにかって、無理だよ! でも、やってみる! え~と、『スロー』」

『キャン……』

「あれ、効いてる? 私がやったの? 私ってばやれば出来る子なのね」

「久美、喜んでいるところ悪いけど、ダメっぽいよ」

「え? どうして、なんで?」

「なんでも何も掛かりが浅かったみたいだぞ」

「え~そんな~そんなの私のせいじゃないじゃん!」

『バウ!』

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