第10話 初めてのギルド訪問

ドリーの引率で街に入った恒達は、まずは寝床と食事の確保が先だということで意見は纏まるが、その前に先立つものがないことに気付く。

「ねえ、泊まるところを探すのはいいけどさ、私達は、こっちの世界のお金なんてもってないわよ。ドリーは泊まれるだけのお金は持っているの?」

「金か。すまんが、ワシには持ち合わせはない。冒険者活動で得た金は全部酒に替わるからな」

「え~じゃあなに、いい大人が一文無しなの?」

泊まるところを探していた恒達だが、由香が不意に思い付いたことをドリーに尋ねる。

「ワタル、もう一度言うが、コイツはどうにかした方がいいぞ」

「ドリー、ごめんね。由香。この街に入れたのは少なくともドリーのお陰ではあるんだから。少しくらいの感謝はしようね」

「少しかよ!」

「それもそうね。悪かったわね、ドリー」

全然、謝意が感じられない由香の謝罪に嘆息しながら、ドリーが恒に提案する。

「そんなに金のことが気になるのなら、先に冒険者登録と換金を済ませてしまおうじゃないか。なあ、ワタル」

「そうだね。明良達もそれでいいよね」

「ああ、構わない。メシを食うにも金は必要だしな」

「なら、冒険者ギルドで先に冒険者登録を済ませるか。あそこなら、メシもあるしな。それに持ち物を換金するのにもちょうどいい」

「やった!」

ドリーが冒険者ギルドへ寄ろうと提案すると由香が突然、奇声を上げる。

「由香、何がそんなに嬉しいの?」

「久美! だって、冒険者ギルドよ! あのラノベの中ではいつも出てくるの! あ~これで私も、あの憧れの『冒険者』になれるのよ! あ~でも、やっぱりお決まりの洗礼を受けるのかしら。『そこの坊主、その美少女をよこしな!』って、キャ~」

由香が妄想を広げて奇声を上げるの見て、ドリーが恒に話しかける。

「ワタル、もう一度言うがは考え直した方がいいぞ」

「ごめん、ドリー。でも、冒険者ギルドに憧れる気持ちは俺も分かるからね」

「そうか。ならいいがな」

妙に浮かれる由香と違い、どこか不安げな明良と久美を連れドリーと冒険者ギルドを目指す。


そして、石造りの三階建ての建物の前でドリーが足を止める。

「ここがそうだ」

「ここなの? 『冒険者ギルド ラニナ街支部』か。って、普通に読めた」

「なんだ。そんなに驚くことか?」

「いや、だって俺達って異世界人だし……」

「あ、そうだったな」

「ねえ、そんなとこに立ってないで早く入ろうよ。ほらぁ~」

剣と盾をモチーフにした看板の横に書かれている文字が普通に読めることに感動していた恒に対し、ドリーが不思議がっていたところを由香が後ろからぐいぐいと押してくる。

「それじゃあ、ワタル達は冒険者の登録を先に済ませるか」

「そうだね。えっと……受付は?」

恒がカウンターらしき場所を見ると、どう見てもフラグが立ちそうなケモ耳のお姉さん、色気と胸部から何かがはみ出しそうなお姉さん、そして禿頭のギロリとこちらを睨むおじさんの三人が座っていた。

恒はおじさんを一瞥すると『目を合わせちゃダメだ』と本能が警告して来たので、ここは無難におじさんから遠く離れたケモ耳のお姉さんに足を向けると「どこへ行く?」と野太い声で恒は引き留められる。

だが、恒とは限らないと恒は無視してケモ耳のお姉さんに向かって歩こうとすると、また声を掛けられる。

「無視するな! そこの坊主! お前だお前! いいから、こっちへ来い!」

「……」

『坊主』と言われ、辺りを見回すが回りは明らかに自分達よりは年上だ。じゃあ、残るは恒か明良だけど、明良は自分じゃないと顔の前で手を振り、『違う違う』と言っているようだ。

しかし、ハッキリと名指しされた訳じゃないと恒は開き直り、にっこりと笑うケモ耳お姉さんの前に向かうと後ろから肩をガッシリと掴まれる。

「よう、坊主。さっきから呼んでいる俺を無視するとはいい度胸だな。おい、リリーこいつは俺が対応する。後の小僧と小娘はお前達に任せる」

「「分かりました。ギルマス」」

「え~そんな~」

「いいから、お前は俺がちゃんと対応するから大人しくするんだ」

「……はい」

ギルマスと呼ばれたおじさんに襟首を掴まれ、ぶら下げられた状態でカウンターの前の椅子に座らせられる。

そしてギルマスがカウンターを挟んだ前の椅子に座る。

「ほら。これが登録用紙だ。書けるか?」

「多分……」

カウンターの上に置かれていたペンを取り、用紙に名前を書く。

「ん? これはどこの文字だ? これじゃ読めんから登録は難しいぞ」

「え~でも、こっちの文字は知らないし……」

「ほう、か……」

「あ……」

ギルマスに名前を書くように言われたが、思わず『こっちの文字は知らない』と呟いてしまい、『しまった!』と思ったが、ギルマスが話した内容に驚いてしまう。

「ふん、心配はいらん。ドリーの紹介だからな。何かあるとは思っていたが、そうか。お前もあの国の『異世界召喚』の犠牲者か」

「わ、分かるんですか?」

「お前な、自分の今の格好とその辺の連中との格好を比べてみろ! つま先からてっぺんまで違うだろうが」

「あ~なるほど。確かに」

ギルマスに言われ、改めて自分達の格好が、このギルドの中で浮いていることを認識させられてしまう。学校指定の白地のシャツに黒の学生ズボンに上履き姿のままだからだ。

「まあ、分かったのなら早いとこ、その格好をなんとかすることだな。だが、このままウロつけば一緒か。おい! リリー!」

「なんですか、ギルマス。私はまだ作業中なんですよ」

ギルマスが、恒達の格好が目立つことを危惧して、さっきのケモ耳お姉さんを大声で呼ぶと、不承不承ながらも由香の相手をしていたリリーがギルマスの元へと近寄ってくる。そして、ギルマスはぷりぷりと憤慨するリリ-に向かって、お願いをする。

「それは分かるが、コイツら四人の服と履き物を一揃い用意してもらえないか」

「それはいいですけど、趣味とか好みがあるんじゃ?」

「いいよ、そんなのは。まずはコイツらの格好を目立たなくすることが先だ。あと、登録が終わったら、俺の部屋に連れて来い。おい、ドリー分かったな?」

「ああ、分かったよ。ギルマス。心配り感謝する」

「な~に、後から面白い話を聞かせてくれるんだろ。なら、これくらいどうってことはないさ。よし、話が長くなったな。お前『異世界言語理解』を持っているんだろ?」

「え? なんでソレを?」

「いいから、ソレを持っているんなら、こっちの世界のことを強く思いながら、自分の名前を書いてみろ」

「強く思いながらって……こんな感じかな?」

ギルマスに言われた通りに恒は『こっちの世界の文字で書く』と強くイメージしながらペンを走らせると、登録用紙の上にはこっちの世界での共通文字で『ワタル』と書かれていた。

「ほう、やれば出来るじゃねぇか。よし、あとは同じ要領で、『性別』『歳』を書いてくれ。出身地は……分からないわな。まあ、そこは空白でいいぞ」

ギルマスは恒が書いた登録用紙を隣の色気満載のお姉さんに渡すと、「後はよろしく」とだけ、言って恒を連れて奥の部屋へと連れて行く。

「ドリー、他のも終わったら連れてきてくれ」

「ああ、分かったよ」

「よし、じゃあそれまでお前は俺と楽しいお喋りだ!」

「「恒!」」

「由香、久美……明良は何も言わないんだな」

「変なことされそうになったら、逃げてね!」

「お尻だけはしっかり守ってね!」

「そうなのか、恒?」

「違うから! 違うよね?」

恒は縋るような目でギルマスを見るが、ギルマスはニヤリと笑うと執務室の扉を開け、恒を放り込む。

「「恒~!!!」」


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