その日から見知らぬ母になる
簡単お手軽
現在
第1話 たった今の出来事
「おふぁよう…お母さん」
欠伸を一つ、背を伸ばし緩やかな足取りで少女は私へと寄り添う。
ただし、私は只今調理中。
「おはようついでで、離れなさい」
背後からくっつかれたけど両手は塞がっているので、お尻で少女を押し出す。
たたらを踏んだ少女は後ろへと下がり、離れた事で料理へと集中できる。
まぁ、ベーコン焼いて一緒に目玉焼きを作ってるだけなんだけどね。
油が飛んだら熱いし、女子中学生の玉のお肌に火傷させるなんて…有り得ない。
背中の感触でふと感じたけど、もう中学生かぁ…早いものだ。
「お母さん…私の事嫌いなの?」
演技派女優宜しくの媚びるポーズをしている少女は、どこか滑稽に見える。
何故ならパジャマ姿で…これでもかと言わんばかりのアニメ調の熊さんの顔がふんだんに盛り込まれているからだ。
小学生が着ている様なパジャマなのに…良く似合ってるのが何とも言えない。
「大好きよ。でも、調理中は危ないから近寄っちゃダメ」
「え~。お母さんそんな事言って全然危ない事無いじゃん」
「何があるか分からないから、だ~め。顔洗ってから来なさい」
「は~い」
ぷりぷりと可愛げに作った怒り顔で洗面場へと離れて行く。
育ててきた私としてはまぁ…贔屓目に見て可愛いと思う。
アイドルグループの端っこには入れるかもと、馬鹿っぽい事を想像して笑ってしまう。
「なに~?お母さん笑った?」
「ふふ。何にも無いよ~」
「ホントに~?別に寝ぐせついてないよね…?」
良い感じに半熟で完成。
少女には半熟目玉焼き、私には両面の目玉焼き。
野菜を盛りつけた取り皿に、目玉焼きを載せて、アツアツ厚切りベーコンを添えて。
お味噌汁は…変なテンションのせいで豚汁へと変わってしまったのはご愛嬌。
御飯は炊き立てから1時間は経過してる。
フライパンを流し台に置き、水を張った容器に浸け置き…ジュワっと音を立てて冷ましておく。
「おはよう、お母さん」
背中にまたしても、三つの感触がくっつく。
「おはよう、瑞穂ちゃん。目は覚めた?」
「うん、もうバッチリ。美味しそう…もう食べよ」
「オッケ~。ご飯はどれくらい?」
「自分でよそう。お母さんに任せたら山盛りになっちゃうもん」
少女は私からしゃもじを取り、自分の花柄のお茶碗によそい始める。
失礼な…そんなに山盛りにはしてないよ?
某チェーン店の大盛りくらいしかのっけてないし。
「いっぱい食べなきゃ大きくならないよ?」
「迷信だよ…それに、横に大きくなっちゃう…」
お腹周りを擦りながら、私に訴えかける様に唇を窄ませる。
全然太っても無いのによく言うよ…。
「若い内は食べて損は無いよ?」
「もう…お母さんそういうとこだよ?」
「どういうとこ?」
「お母さんだって若いじゃん」
自分の分をお茶碗によそいながら耳にする。
自分も若い…まぁ、若いっちゃ若いか…。
「はい、お母さん。今幾つですか?」
「女性にその質問はいけません。頂きます」
「あっ、頂きます」
両手を合わせて合掌。
うん、豚汁美味し。
「温まる~。この豚汁…美味し~」
「朝から重いかと思ったけど…なかなか行けるね」
「うん」
歯ごたえのあるベーコンを齧り、野菜を口にし、御飯をかき込む。
美味い美味い。
「未だに20代の…中学生の子供を持ったお母さん」
「具体的に言わないで欲しいなぁ…」
「皆羨ましがってるよ?良いな~って」
「もうすぐ30です~」
「あと1年ちょい先じゃん。あ、今日友達連れて勉強しても良い?」
「良いよ~。誰が来るの?ボーイフレンド的な?」
「無い無い無い無い、有り得ない。ユリとシホだよ」
「そこまで否定しなくても…」
「お母さんが有り得ない事言うんだもん」
「ええ~?瑞穂ちゃん可愛いのに…。ユリちゃん言ってたよ?また告白されてたんだって」
「ユリ~…」
スマホを取り出し、プリンの履歴をパパッと見る。
ふふふ、瑞穂ちゃんの学校生活は筒抜けなのですよ。
「何々?サッカー部のイケメン君と…野球部のエース君。それに…」
「止めてってば。お母さん酷い」
「え~?そうかな?」
「酷い。絶対酷い」
「ぶ~。男友達作れ~。少しは色気に目覚めろ~」
「いやです~」
私の記憶の中の教訓から…瑞穂ちゃんには嫌でも男心を学んで欲しいものだ。
そうすれば…少しは私と同じ道を歩まずに済むかもしれない…。
「御馳走様。お母さん今日はお休み?」
「そうだよ。今日はお休みさんなので何をしようかな?」
「私も休んじゃ駄目?」
「駄目。学校行きなさい。帰りに迎えに行ってあげるから、何か食べに行く?買い物でも良いよ」
「ホント?じゃあ…買い物。夕飯はお母さんのご飯の方が良い」
嬉しそうに立ち上がって食器を洗面台に片してくれる。
ご機嫌取りも偶にはせねばなるまいて。
「あ、でも勉強しに来るんだよね?」
「大丈夫大丈夫。ユリもシホも一緒に来るよ。その代わり夕飯は指定されるかも」
「ん~、無難にカレーでもよろしいかと…」
「さぁ?そこは二人に聞いてみないとね」
合掌、御馳走様でした。
瑞穂ちゃんはご機嫌の様子で自分の部屋へと戻っていった。
1LDKの築20年くらい。
家賃は驚きの28000円。
少し傷んではいるけど…それでも、以前住んでいたアパートに比べれば雲泥の差だ。
1Kの風呂有り台所有りの6畳の汚い部屋を思い出して…止めとこう…。
まぁ…これで普通くらいには暮らせているだろうか…。
「お母さん、これ忘れてた」
「ん?」
さて洗い物っと思った時に渡されたのは一枚の紙。
はてさて…あぁ、三者面談。
「へ~、こんな時期にするんだっけ?」
「どうだろ?空いてる日を書いて欲しいの」
「分かった。先に格好整えなさいよ。若い子がパンツ丸出しで歩かないの」
「若い子だから良いんじゃないの?」
くねくねと腰を動かし、男を誘う仕草をするも滑稽に見えて仕方がない。
まだ、熊さんパジャマの方がいいね。
「ふっ。」
鼻で笑ってしまう。
むっとした表情に変わ、り急いで部屋へと戻っていく。
残念だが、私には効かんよ。
今は同性だしね。
「さて、この日この日…くらいか。サイン~サイン~」
「これでどう!?」
朝から騒がし…、えぇ…?
「何してるの?」
「お色気!!」
スカートを目一杯捲っては、見えるか見えないかのぎりぎりを狙っている。
ポージングも最適を狙うかのように、前屈みで寄せ上げている。
妙に赤らめた表情がよりグッド。
けれども、うんともすんとも言えない雰囲気に…三者面談の用紙を渡して一言。
「はいチーズ」
「へ?」
我がスマホには決めポーズを取った瑞穂ちゃんのエチチな画像が写っている。
写真写りはばっちりで、私専用のフォルダへ直送しておく。
「…止めてね?」
何やら戸惑いを見せる様子の瑞穂ちゃんには、これ以上何も言わない方が良いだろう。
ユリちゃん、シホちゃん、ごめんね。
会ってから見せるわ♪
「絶対止めてね!?」
何を止めればいいんでしょうか?
わたしわからない。
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