第31話


 昼食を食べ終えると、店から出てどこへ行くかを話し合う。


「せっかくバイキング行ったしよお、バイキングからのバイキングとか洒落てね?」


 バイキングとは、大きな船が前後に大きく揺れるアトラクション。通常なら楽しいだけだけれど、バイキングのあとバイキングは流石に満腹で気持ち悪くなる。


「いや、めっちゃウケそうだわ! snsに上げよ! 俺マジ天才か!」

「私パス」

「俺もパスかなあ」


 俺と涼葉がそう言うと、鈴木くんは不機嫌そうな顔になる。


「何でだよ?」

「満腹だし、気持ち悪い」

「俺も」

「ははは! それがいいんじゃね? 俺たち馬鹿できるんだぜ? みたいなよお?」


 そんな回転寿司で炎上しそうな感性は持ち合わせていないので、俺は「それでもやめとく」と断った。


「は、ノリ悪。つまんねえ、男だなあ」

「じゃ、私ら待ってるから、乗っておいで」

「おう! じゃあ行こうぜ、矢野ちゃん!」

「え、えーと……」

「ん? 行こうぜ?」

「そ、そうだね……」

「ヤヤ子、流石にやめときな。ただでさえ食べすぎてるんだから、絶対気持ち悪くなる」


 ずっと我慢していたのに、つい口を出してしまった。


「……関係ないじゃん。気にしないでって言ったよね」


 ヤヤ子は、唇を噛んだあと、ぼそっと言った。


 小さいけれど、強い声に、硬い拒絶の意思を感じる。改めて、一切関わるな、と言われたようで、完全に踏ん切りがつく。


 そっか、だよな。もう俺は本当に何もしない。


「ごめん」


 謝ると、鈴木くんは上機嫌になる。


「ははは! っぱ矢野ちゃんは橋本より、俺の方がいい男ってわかってるみてえだな! じゃあ行こうぜ!」

「……うん」


 2人の背中を見ながら、涼葉に言う。


「ベンチ近くにあるし、そこに座ろっか」

「だね」


 涼葉と会話しながら待っていると、しばらくして鈴木くんとヤヤ子が帰ってきた。案の定と言うべきか、ヤヤ子は青い顔をしている。


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」


 ヤヤ子がそう言って歩き出すと、涼葉は「私も」とついて行った。おそらく、心配してのことだろう。


 そんな2人を気にすることなくスマホを弄っている鈴木くんに俺は声をかける。


「あのさ、鈴木くん」

「ん? 何だよ、橋下?」

「鈴木くんってさ、ヤヤ子のこと、好きなの?」


 尋ねると、ニヤニヤした笑みを向けてきた。


「おう。好きだぜ。それがどうかしたか?」

「どういうところに惹かれたの?」

「そりゃ、涼葉と違って大人しいところかな!」

「他には?」

「他? 他はねえよ」


 ……そっか。なるほどな。


「なんだ、橋下、妬いてんのか? 女とられて妬いてんのか?」

「いや、全く」

「まじかよ。んだよ、つまんねえ。がちでしょうもねえわ、あーあ」


 心底冷めたように鈴木くんは言った。


 しばらくしてヤヤ子達が帰ってくる。


「お、よし、じゃあ次んアトラクション行こうぜ!」


 ***


 それから、数々のアトラクションを俺は涼葉と、鈴木くんはヤヤ子と回り、午後3時。夕日が出て黄色くなった広場で、俺たちはパレードを見ていた。


「キャラクターが踊ってるの可愛いね」

「私の方が可愛い」

「張り合わないでよ」


 なんて言って2人笑う。


「っぱ、見てるだけじゃ、つまんねえなあ」

「ははは……」


 一方の2人はこんな感じ。


 俺と涼葉も鈴木くんとヤヤ子もずっと同じ調子だった。


「あ、終わった」

「終わったね」


 パレードが終わると、閉館まであと1時間だというのに、今日が終わってしまったんだ、という名残惜しさと寂寥感で何とも言えぬ気持ちになる。


「よし、見終わったし、帰ろうぜ」

「ダブルデートは終わり?」

「だな! 帰ろうぜ!」


 鈴木くんがそう言うと、涼葉はじゃあと言った。


「ここまでだね。んじゃ、橋下、帰ろっか」

「おい待てよ、涼葉」

「もうダブルデートは終わりって言ったじゃん」

「あ、で、でも、一緒に帰ればよくね?」

「やだけど?」


 はっきりと拒絶されて、鈴木くんは立ち止まった。


「じゃあ帰ろ、橋下」

「そだね」


 パレード帰りの客に紛れるようにして、2人で帰路を辿る。もはや、鈴木くんたちから俺たちの姿は見えていないだろう。


「今日、楽しかったね」

「うん、凄く楽しかった。また来たい」

「そうだね、また来たい」

「今度は2人で、ね?」


 涼葉に言われて頷く。


 そのまま人の流れに乗って歩き続ける。お互い、喋らない。だけど気まずさはなく、爽快感に近い心地よさがある。


「あのさ、橋下」

「ん?」

「今日、楽しかったね」

「また?」

「うん、また」

「でもわかる。ずっと言いたくなる」


 今日何度目かわからないけど笑った。


 帰る道中、何度も楽しかったね、と言い合い、笑う。


 落ち着いている甘い空気を存分に味わう。


 ふと涼葉を見ると、何度も見たはずなのに、綺麗とか可愛いとかで脳内が埋め尽くされる。


 出口に差し掛かったところで、不意に無言になる。そこで俺は言った。


「あのさ、涼葉。話があるんだ」

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