第29話
安全バーが上がり、コースターから降りると、涼葉と笑顔を向け合う。
「景色、めっちゃ良かった」
「席も一番前だったしね」
「コースターも怖かった。声も出ちゃったし」
「出ちゃったのレベルじゃなかったけど?」
「私、こういう時、つい大きい声でちゃう」
「クールなのに、そういうとこ本当に涼葉らしい」
「あはは。いじられてるはずなのに、橋下にしかそう言われないからか嬉しいしかないんだけど」
心底嬉しそうに笑う涼葉に、何だかこっちが恥ずかしくなる。照れを隠すために、俺は口を止めないことにする。
「また乗りたいね」
「うん、でも次は、お化け屋敷とかがいいかも」
「同感。でもまた、声でそうなところ選んだなあ」
「恥ずかしいこと言うな」
「あはは」
2人笑いながら乗り場からでると、外ではヤヤ子と鈴木くんが待ち構えていた。
「んだよ、ぜんっぜんグロッキーになってねえな」
舌打ちしてつまらなそうに鈴木くんは言った。
「いやまあ、怖かったよ。乗り場から出たら、安心しただけで」
「へえ、なら涼葉は橋下がビビってるところを見たわけか。じゃあまあいいか」
何がじゃあまあいいかがわからないけれど、不満がないのならじゃあまあいいか。
「次、お前ら行きたいとこあるか? ないなら、もう一回これ乗ろうぜ!」
鈴木くんの提案にヤヤ子は目を丸くして言った。
「え、また?」
鈴木くんはヤヤ子に責めるような目を向ける。
「矢野ちゃん何? 文句あんの?」
「ご、ごめん。ないよ、全然。その、冗談、みたいな?」
「んだよ、勘違いしちゃったじゃん! 気悪くするから、わかりにきー冗談とかやめろよな!」
「あ、あはは〜。ごめんね〜、私ももう一回乗りたいな〜」
愛想笑いするヤヤ子を見て苛立ち、口を出そうとした。
だが、やめた。
それはただの自己満足に過ぎず、ヤヤ子を真に大切に思うならば意思を尊重すべきだからだ。
ヤヤ子が俺に望んでいるのは、関わらないで、ということ。恋愛しようとしているヤヤ子の邪魔をすることではない。
それに、そういう恋愛に幸せだってあるのだろう。そう思えばこそ、俺はもう意味のない答えに辿り着いた。
再び空を見上げ、気持ちを整理する。
うん、俺とヤヤ子はもう関係がない。何があってもやれることは一個もない。それでよくて、それしかダメだ。
「じゃあ、早速並ぼうぜ!」
「ん、ならさ、鈴木」
「何だ? 涼葉?」
「私ら、お化け屋敷行きたいから、あとでね」
そう言って歩き始めた涼葉を鈴木くんは止める。
「ちょ、ちょっと待てよ」
「何? 矢野も鈴木も乗りたいんでしょ? ならいいと思うけど?」
「え、あ、あー、その、お化け屋敷もいいな! 俺そっち行きたくなったわ!」
「ええ!? 鈴木くん!?」
「矢野は乗ってていいぜ! 俺たちはお化け屋敷行くからよお!」
「橋下、行こっか」
涼葉に引っ張られて歩き始める。
「いい? 橋下?」
いい? には色々な意味が含まれていたが、全てわかった上で俺は頷いた。
「いいよ」
「そか。なら元々気にしてなかったけど、本当に気にしない。楽しみだね、お化け屋敷。どんなお化けが出るんだろ?」
「さあ? もしかしたら、サメお化けかも」
「怖いと怖いは引き算になるんだよ。知ってた?」
涼葉の笑顔に、俺も笑顔で応える。
俺たちは振り向きもせず、笑いながらお化け屋敷へと向かった。
***
青白い蛍光灯しか明かりがない薄暗い廊下。その中央で人形の女の子が泣いていた。
「あれ、多分目がないよ」
「だね。絶対目がないパターン」
女の子は泣きながら言う。
『パパ、ママ、どこ?』
俺と涼葉は顔を見合わせながら笑った。
「絶対、目がない。見えてないからのパターン」
「100目がない」
近づいていくと、人形はまた声を発する。
『暗いよ、見えないよ』
俺と涼葉は噴き出した。
「見えないよ、だって目がないんだから」
「あはは、涼葉そのセリフ悪役っぽい」
そう言いながら、人形の女の子のもとにいくと、女の子は突然振り返った。
そしてギョロリとした目を俺たちの後ろに向ける。
『あ、パパ、ママ』
いつのまにか俺たちのすぐ後ろには、目のない男女2人が立っていた。
「ひやあ!!」
涼葉が悲鳴を上げて走り出したので、俺はついていく。
「あっ」
その時、涼葉が体勢を崩したので、俺は慌てて支える。そのせいで胸に手が触れてしまう。
「ぁん」
大きい嬌声に、俺は慌てて涼葉の姿勢を安定させて離れる。
「ご、ごめん」
「う、うん。ってか、ありがとう、なのに、こっちこそごめん……」
「いや……」
「うん……」
何ともそわそわする空気の中、さっき走ってたのが嘘みたいにゆっくりと歩いてお化け屋敷を出る。
しばらく2人とも黙ったまま顔を赤く染めていたが、涼葉が小さな声を出した。
「お、お化け屋敷楽しかったね」
空気の変え方が不器用すぎて、噴き出した。
「む、橋下笑わないで」
「ごめん。でも、楽しかったね」
「煽ってる?」
「ないって。本当に楽しかったよ」
「うん、私も」
「流石に目が無いのが両親の方だとは思わなかった」
「あはは。私もつい驚いて大きな声出して逃げちゃった。でも、橋下はそう言う割には怖がってなかったけど?」
「俺たちのことをパパとママと誤解してるのかと思って」
なんて冗談を言うと、涼葉は顔を赤くした。が、すぐに唇を尖らせる。
「そういうのは私のネタ。とらないで」
拗ねた涼葉に笑った時、お化け屋敷の出口から、青い顔をした鈴木くんが走って出てきた。
「はあ、はあ、はあ」
肩で息をする鈴木くんに涼葉は尋ねる。
「あれ? 矢野は?」
結局、2人ともついてきたのだけれど、ヤヤ子の姿はなかった。
「ええ?」
鈴木くんは振り返り、そこにいないことを確認すると、口を開いた。
「あ、遅くね? マジ、何してんだよ、矢野ちゃん?」
「まさか鈴木、置いて逃げてきたの?」
「ち、ちげえって!」
涼葉は興味を失ったのか、それ以上尋ねることはせず、俺に話しかけてきた。
「橋下、次、どこいく? そろそろお昼?」
「かも」
「どこ食べいく? 私、バイキングがいい」
「はらぺこさんめ」
「あはは。はらぺこ、とか言うな」
なんて会話をしていると、ヤヤ子が出口から出てきた。
「おせーよ! 矢野ちゃん! 俺が置いてきたとか思われただろ!」
「え……。鈴木くん走って行っちゃったし」
「行ってねえし! 走ってねえし!」
「……あはは。ごめんね、帰宅部だから、足が遅いって言うか」
「ちっ、もういいよ。早く、昼食いに行こうぜ」
鈴木くんがそう言うと、ヤヤ子が恐る恐る手を上げた。
「あ、あの、ならさ、実は私、今日のためにお弁当作ってきてて……」
「矢野ちゃんさぁ、そんなんで飯足りるわけないじゃん。早く、バイキング行こうぜ」
そう言って鈴木くんは歩き出す。
「……あはは、気が利かなくてごめんねえ。私もバイキング楽しみだぁ。たらふく食べちゃおう!」
「おいおい、女子がそういうこと言うなよな!」
「あははぁ……」
早足で鈴木くんの隣に並ぶヤヤ子から俺は目をそらした。
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