第28話

 前にヤヤ子と鈴木くん。そして後ろに俺と涼葉という形で、園内を歩く。


「橋下、どこ行きたい?」

「んー、どこでも」

「主体性のない男子は嫌われるよ?」

「あはは。出た、その理論。でも、涼葉とならどこでも楽しめそうだし、実際どこでもいいんだよ」

「あは、一緒。私も橋下とならどこでもいい。でもなら、私にプラン任せてもらってもいい?」


 勿論、と答える前に、前を歩く鈴木くんが振り返りながら言う。


「まずはメインのジェットコースターっしょ? え? そうっしょ、え?」

「最初から?」

「いやたりめえじゃん?」


 涼葉が露骨に嫌そうな顔をしたので、


「俺ももうちょい肩慣らししてからがいいなー」


 と言うと、鈴木くんは嘲笑した。


「ええ!? 橋下、怖いの?」

「……まあ、最初からは怖い、かな?」


 別に怖くはないけれど、そう言った方がめんどくさくない気がした。


「はは! まじ!? 超ダサくね!? 男としてどうなんだよ!?」

「は? 何、鈴木? ガキじゃあるまいし……」

「わ、わわわ、わかった! 俺乗るから、ね!?」


 涼葉の声をかき消すように言って、涼葉に耳打ちする。


「楽しく、ね?」

「でも、橋下は私を気遣って言ってくれたわけじゃん。なのに……」

「ほ、ほら。今日はダブルデートだし空気壊しちゃ」

「じゃ、もうダブルデートやめよ」

「多分、簡単にやめれないと思う」

「それもそっか。鈴木食いついてきそうだし」

「ね? だからさ、気にしたら負けだって。せっかくのデートなんだし」

「……わかった。無視することにする」


 それはそれでどうなんだろう、とは思ったが、解決策を掲示できないのでそれでいいと頷いた。


「何? 何の話? ってか、距離近くね?」


 マジのトーンが混ざっていたので、適当に誤魔化す。


「いや、俺が腰抜けても引かないで、って言ってただけ」

「ガチ? 橋下、ビビりすぎかよ〜、気持ち悪りぃ。涼葉も引くに決まってんじゃん」


 涼葉はニコニコするだけ。それを肯定と受け取って気を良くしたのか、鈴木くんは上機嫌になる。


「矢野ちゃんも嫌だよなぁ? そんな男?」

「え? あ、あぁ、うん! 私は嫌かなぁ?」

「ちょ、マジなんで疑問形? 俺みたいな、肝座ってる男のがいいっしょ?」

「あ、あはは〜、そうだね〜」


 ヤヤ子が機嫌をとるようにそう言うと、


「だろ? 橋下じゃなく、俺とデート出来て良かったなあ!」


 鈴木くんは勝ち誇った笑みを見せてきた。


 面倒臭い。けれど、そっちよりもヤヤ子。


 空気を壊さないように機嫌をとったと思うけれど、ヤヤ子が恋愛したいと思っていたことに気付けなかった俺には、もはやヤヤ子が何を考えているのかわからない。


 恋をしたい、と言っていたし、鈴木くんの点数稼ぎかもしれない。いや、そうな気がしてきた。


 なら、何も思わない。もう俺とヤヤ子は関係ないのだから。


「行くなら、行こうよ」

「お、そうだな、涼葉。早く、橋下の情けねえつら見てえよ」


 ははは、と歩いていく鈴木くんに、ヤヤ子は気まずそうな笑みを浮かべてついていく。


「ねえ、橋下、キレていい?」

「ダメ。無視するって言ったでしょ」

「むぅ」

「それよりさ、楽しもうよ」

「……うん、そだね」


 と涼葉は言うと、腕を組んできた。


「ちょ、涼葉!?」

「デートだし、これくらいいいよね?」


 柔らかい感触に包まれて、顔が熱くなる。


「そういうの、嫌じゃないの?」

「橋下なら、やじゃない」

「じゃあ」


 と俺は、冗談で女の子みたいに涼葉の腕に抱きつく。


「橋下、重ーい!」

「酷い、重いなんて!」

「っぷは! 男女逆だって!」


 また、2人でケラケラ笑った。


「やっぱり、楽しい」

「そうだな、本当に楽しい」


 笑いながら、次の話題に入る。


 涼葉との会話は尽きることなく、歩みが遅くなった。そのせいで、メインのジェットコースターの列に並ぶ時、ヤヤ子たちとの間に他のお客さんが入る。


 それに気付いて鈴木くんが並びなおそうとしたけれど、俺と涼葉の後ろに客が並んで、また一つ間隔ができてしまった。


「どうする? 並び直す?」


 涼葉に尋ねられて俺は首を振った。


「いいよ、また涼葉がキレそうだし」

「私のこと、短気な女だと思ってる」

「思ってる」


 ほっぺたをぐにぃと引っ張られた。


「冗談だって」

「わかってる」

「じゃあ何で引っ張ったの?」

「キスしやすいよう、口元をほぐしてあげた」


 冗談だってわかっていても照れる。


「……じー」

「い、いや、流石に唇見つめられると照れるんだけど」

「え? あ、うん、ごめん」


 涼葉が顔を赤くして、目を背けた。


 そわそわする甘い空気が流れて、俺も目を背ける。


 無言の時間が続いたが、すぐに涼葉が吹き出して終わった。


「ちゃんとデートしてるね」


 嬉しそうに笑う涼葉との間に、より一層甘い空気が流れた気がした。


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