第21話
焼き鳥が美味しい居酒屋。掘りごたつのテーブル席で、運ばれてきた焼き鳥を囲んでいた。
「うんまあ! 涼葉よく知ってたね、ここ!」
「私じゃない。矢野と橋下だから」
「へえ〜、もしや2人はグルメ?」
「そんなんじゃないよ。な、ヤヤ子」
「うん、知り合いのお店ってだけかな」
テーブルには、俺、ヤヤ子、正面に、涼葉、猿渡といった並び。男1、女3、といった人数配分のせいか、それとも涼葉と同じ席のせいか、二つテーブルが離れた鈴木から、恨みがましい視線が飛んできていた。
ま、何か言われたとしても、遠くて聞こえないからいいけど。
「うんまあ、私、ぼんじり好きなんだよね〜、知ってるどこの部位か?」
「私、知らない」
「私も知んない」
「知らないんかい」
「ん、橋下は知ってる感じ?」
「知ってるよ。鶏のお尻の骨周りだよ」
「え、マジ。お尻なのに、こんな脂乗ってんの? 涼葉は……なさそうだし、矢野なら……よし、矢野、尻見せて」
「えええ!? 私!? そそそりゃ、だらしないケツしてますけれど」
「だらしないケツって笑うんだけど」
「わ、やば、千尋とのノリで言っちゃった」
「千尋? あぁ、橋下か。何? 橋下とはそんなノリなんだ?」
「ええ、まあ」
「もったいなー。面白いから、いつもそのノリしてなよー」
「い、いや、それは恐れ多いと言いますか……」
「えー、涼葉もそう思うよね」
「ま、それについては同感」
「涼葉まで!?」
女子同士がわいわいきゃあきゃ盛り上がっていると所在なさを感じる。鈴木は羨ましがってたけど、俺は替わって欲しいくらいだ。
「てか、最近さぁ、男とご飯行くこと増えたんだけドォ」
「え、そんなにお腹減るの? カロリー大丈夫?」
「あっはは! 男とご飯行く理由が、お腹減ってるからなわけないじゃん!」
「違うの?」
「涼葉はガチで言ってそー、マジ笑う」
なんて笑う猿渡を見ながら思う。
金髪で、メイクバッチし決めた、誰もが一眼で一軍と気づく美少女。そして涼葉の友達。
涼葉は、友達だけど大切かどうかは別、って言ってたけれど、それなりに仲良さそうに見える。俺がわざわざ大切な人になるまでもなかったんじゃないだろうか。
「橋下」
最初に頼んだ注文を食べ終えたころ、猿渡にそう声かけられた。
「何?」
「矢野をもらっちゃって、い?」
「そんな粗末なものでよろしければ」
「どうも贈り物です」
「あっはは。やっぱ、矢野いいね!」
猿渡は笑って続ける。
「矢野可愛いし、ウチらのグループおいでよ」
無邪気に悪意なく猿渡は続ける。
「最近さぁ、なーんか、飽きてきたんだよね〜。皆、新鮮味がなくなったていうか、涼葉なんかクールなだけでおもんないし」
だからさ、と猿渡は言った。
「新キャラ登場、とかでさ、上がんないかなぁって」
悪意がないのはわかる。
だから、涼葉もヤヤ子も乾いた笑いを上げるだけ。
だけどその言葉は、俺にはあまりにも刺々しすぎた。
「涼葉がクールなだけでおもんないってさ、どこの世界線の話?」
「ん? 橋下、急にどした?」
「涼葉は面白いよ。少なくとも、飽きるなんて考えられない」
猿渡は眉を顰めた。
「何? 橋下? 何が言いたいわけ?」
イラッとした猿渡の口調に怯むことなく、俺は続ける。
「猿渡はさ、涼葉が動物が好きなことを知ってる?」
「そうなの? 涼葉?」
どうすべきか悩んでいたであろう涼葉は、流れに身を任せることに決めたのか、「そうだよ」と頷いた。
「そうなの。でもそれが何?」
「涼葉の動物好きは異常なんだよ。今日、動物園に行った時も、この動物の雑学ないって無茶振りしたら、何でもペラペラ話してくれたんだよ。普段クールなのに、すっごく饒舌に」
「へえ……」
「他にも、好物がハヤシライスとかカレーとかシチューとかなの知ってる?」
「何それ、わかりやっす」
「それに、あれだけ澄ましてるのに、すっごくウブなところとかも知ってる?」
尋ねると、猿渡は涼葉に言った。
「ちんぽ」
「っ〜〜〜〜〜!?」
赤くなる涼葉を見て、猿渡は笑った。
「本当だ、橋下の言う通り面白いじゃん!」
さっきまでの剣呑とした空気はどこへやら、猿渡は身を乗り出して俺に聞いてくる。
「何で、橋下はそんなに涼葉に詳しいん!? 最近仲良くなったってのは嘘!?」
急な変化に狼狽えるも、俺はちゃんと答えた。
「涼葉とは最近仲良くなっただけだよ。詳しい理由を言うんなら、多分、大切に思ってるからだと思う」
「大切に、か。そだね、たしかに私、涼葉のこと大切にしてなかったから、あんまり興味を持ってなかったのかも」
ニッ、と笑った猿渡さんに、しっしと追い払われる。
「涼葉に変な虫をつけてはならん。むこーのテーブル行けえ」
「ひどくない?」
「私、橋下は大切にする気ないもん!」
そう言う猿渡に従って、俺は向こうのテーブルへ向かう。それは、俺がいたら話しづらいことを話すつもりだとわかったからだった。
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