第58話 集まる群衆の片隅で


 王国騎士の先導する大行列が、雄々しく街道を進む。

 ここまで来たら、腹をくくるしかないな――俺は肩の力を抜いていた。

 不思議なもので、「なるようになれ」と考えた途端気持ちが楽になる。視野も広くなる。

 そこで気づいた。イリス姫とアリアの方が、俺より緊張している。


 ……いちおう、これでもカリファ聖王国のトップ、なんだよな。俺。

 自分のことばっかウダウダ言ってちゃ、格好付かないだろうさ。


「なあイリス姫、せっかくの機会だから教えて欲しいんだが――」


 俺は緊張している姫に話しかけた。強ばった肩がいつもの綺麗な姿勢に戻るまで、雑談に付き合う。


 で。


 後ろで、これまた緊張した様子で馬の手綱を握る大賢者様には、勇者パーティだった当時の笑い話をふっかけた。

 今でこそたもとを分かった勇者たちだが、パーティに加入したばかりのときはそれなりに話ができていた。『笑える失敗談』のひとつやふたつは思いつく。


『さすがですね、ラクター様』


 王都の門が近づいてきたころ。

 女神アルマディアが心底感心した様子で言うので、俺は肩をすくめて応えた。

 人間マニアのくせに、大げさだ。


 それから背筋を伸ばし、まっすぐに前を見る。

 やたら立派な俺の服も、多少は場違い感が薄れるように。王国の華と呼ばれるイリス・シス・ルマトゥーラ姫の名を汚さないように。

 そして、これから対面するであろうルマトゥーラ国王と、同じ目線でいられるように。


 ――王都に、入る。


 書記官キリオが言うように、目抜き通りの人出は増えていた。

 先導する騎士がやんわりと注意を促し、行列の妨げになる人々を両サイドに誘導する。


 仕事途中。買い物帰り。遊び途中。呑んでくつろいでいる最中さなか

 いろんな人たちが、俺たちの一行を物珍しげに眺めている。


 熱烈歓迎――って空気じゃない。

 どっちかつーと、道ばたで突然始まったパフォーマンスに足を止めたって感じだ。

 ま、そんなもんだよな。

 いくら王国の偉い人が下準備したと言ったって、市井の人間からすれば日常の一コマなわけで――。


 ……街人の声が、聞こえてきた。


「おい、見ろよ。あの中央の馬車。あれ、イリス姫様じゃないか?」

「隣にいるお方は誰だ? あんな立派な姿、どこかの貴族様か?」

「ねえ、これってもしかして、アレじゃない。ついにイリス姫様の心を射止めた殿方が現れたって」

「な、なるほど。そう言われれば、確かにこんなすごい行列を従えるなんて……只者じゃないぞ」


 ……ざわめきが、大きくなっていく。


「そういえば、あちこちでお触れが出ていたな。今日は王国にとって超が付くほど重要な人物が来られると」

「おとうさん、おかあさん、みてみてー! すっごく綺麗な鳥さんー!」

「よ、よく見ればもの凄い顔ぶれじゃないか……? あ、見ろ! 大賢者様もいるぞ!」

「なんだか知らんが、これはすごいことだ!」


 ……あとはもう、聞き分けることができなくなった。

 もうね、「わあああっ!」と効果音付けた方がぴったりくる感じでね。

 目抜き通りを半分も進まないうちに、大歓声に包まれてしまった。


 後ろの方で「計算通り……」と聞こえた。もしかしなくても眼鏡書記官殿である。

 横ではイリス姫がにこやかに手を振っている。後光が差すほどサマになっていて、住民のボルテージがさらに上がる。

 姫にならい、ゆっくりと手を振って人々に応えながら、俺は思った。


 ――ルマトゥーラ王国、大丈夫か?


『純粋で良いではないですか。さすがは勇者スカルを担ぎ上げた国民性です』


 皮肉が過ぎるぜ女神様よ。


 これも仕事か。そう思いながら皆の見世物になっていると――。


「……?」


 微かな、違和感を覚えた。

 首筋がざわめくというか、視線が絡みつく感覚というか。

 誰かから、睨まれている。


「ラクターさん?」


 イリス姫が小首を傾げて、俺の顔をのぞき込む。俺は努めて冷静に、笑顔を作った。


 直後、どしん、と背後で衝撃。

 振り返る。襲撃――ではなかった。

 神獣少女リーニャが、列の後ろからこの馬車まで跳躍してきたのだ。


「主様」

「どうしたリーニャ」


 集まった人々に動揺を与えないよう、表情や態度を変えずに尋ねる。


「イヤな視線、感じた。すっごい、イヤな臭いも。主様のほう、じっと見てる」

「こんだけ人がいれば、俺を気に入らない奴のひとりやふたりはいるだろうな」


 隣の姫様に不安を与えないよう、おどけるように応え――声を潜めて付け加える。


「あまり怒りを表に出すなリーニャ。不審がられる」

『ラクター様。わたくしもリーニャに同感です。大精霊ルウも違和感を抱いています。殺気をはらんだ、強い力の波動です』


 一瞬、表情が変わりそうになる。

 俺。女神。神獣。大精霊。

 神力を感じることができるメンバーが、揃って違和感を覚えた。

 よりによって、王都スクードのど真ん中、しかも大勢の人々が集まったこの場所で。

 俺は素早く思考を巡らせた。


「アルマディア」

『承りました』


 俺の意を受け、女神が指示を出す。


 三対の雄大な翼を持つ神鳥が、己の存在を誇示するように大きく羽ばたき、行列の頭上で旋回を始めた。

 突然のパフォーマンスに、沿道に集まった人々が大きくざわめく。


 皆の視線が、上空に集中した。


「リーニャ。頼んだ」

「にゃ」


 神獣少女が路上に降りる。常人を遙かに超える身体能力を存分に発揮し、違和感の元凶を追跡する。

 雑踏に紛れ、あっという間に見えなくなった。


 リーニャには、いざというときのために、ルウが宿る『種』を渡してある。神獣と大精霊が一緒なら信頼して良い。

 あとは俺が――がこのざわめきを護る。


「アリア! お前も手を振れ。大賢者様の凱旋だと、お前もアピールしろ」

「はあ? ラクター、あんた。それ本気で言ってんの?」

「いいからこっち来て、一緒に手を振れって」


 手招きして、馬車と併走させる。

 渋々といった様子で群衆に応えるアリアに、言う。


「沿道にヤバい殺気を出す奴がいる。リーニャたちが追っているが、警戒を怠るな。いざとなったら、俺たちで護るぞ」


 アリアは振り返らなかった。

 何事もなかったかのように手を振り続ける。右へ左へ、前へ後ろへ。気づいていないフリを装い、四方に目を配り始める。

 俺も、同じようにした。


 違和感は、夏の熱気のようにまとわりついていたが、少しずつ、薄れていった。

 行列は、粛々と進んでいく。


 ――やがて、王城の入り口にたどり着く。


 さすがに敷地内にまで人々は入れない。ざわめきは背後で遠くなっていった。

 代わりに、騎士隊長が駆け寄ってきた。俺の指示を耳にしたらしい。「警邏けいらを出しますか?」との問いに、俺は首を縦に振った。ただし、こう付け加える。


「予定外に集まった群衆の整理――とか適当な理由をつけた方がいい。あまりおおっぴらにやって、刺激しないでくれ。街の人々も、怪しい奴もだ」

「承知しました」


 騎士隊長が列を離れる。


 俺は大きく息を吐いた。座席の背もたれに身体を預ける。

 ふと、姫の表情が目に入った。

 王国の華と呼ばれるイリス姫は、俺を尊敬の眼差しで見つめていた。


「ラクターさん。すごいです」

「まだ何も解決してないさ」


 身体を起こす。それから馬車を先に降り、姫の降車を手助けする。

 馬車から降りるときも、降りた後も、ずっと姫の視線が突き刺さってきてむず痒かった。

 王城と街とを隔てる城壁を見る。


 ――さて。何が出るか。

 


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