第57話 森を抜けると


 書記官キリオが言っていたことは――残念ながら――マジだった。


 あの野郎、ご丁寧に国王の御璽ぎょじ入りの招待状まで持参していた。国賓こくひんであることを示す記章きしょうを俺に手渡し、「謁見の手順は自分が把握しておりますので、ご心配なく」とのたまう。

 そこまで言われたら、さすがに冗談でないことはわかる。


 ちくしょうめ。こっちに来るのが遅れたのは、もしかしてこのせいなんじゃねえか?


「……国賓扱い。まったく……はあ」

「ラクターさん。私の父が無理を言ってすみません」

「いや、まあ……な。国のトップ同士が会談すること自体はおかしなことじゃない」


 おかしなことじゃないんだが……その当事者に自分がなってるってのが釈然としない。こんな立場にまでなるつもり、なかったんだがなあ。


 ――俺たちは今、カリファ聖王国の王樹を出て、スクードへ向かっていた。


 一国の主に会いに行くのだ。こちらも、それなりに形を整える必要がある。

 カリファ聖王国側からはリーニャ、ルウ、それと神鳥も連れていく。『見目が重要』とはキリオの弁だ。

 王樹の留守は森の動物たちと、レオンさん親子に任せた。


 アリアも同行している。本人は渋っていたが、イリス姫に促され、迷った末についてくることに決めたようだ。


 で、俺の方はというと。イリス姫から賜った礼服をぴっちり着こなし、パテルルの背中に乗っている。目の前には、同じくホワイトウルフの背に横座りになった姫がいた。

 イリス姫も、従者たちの手でばっちり身支度を調えていた。

 繰り返すが、『見目が重要』とはキリオの弁である。

 もちろん、姫の従者たちもずらり勢揃いだ。


 ……何が悲しくてこの格好で森の中を闊歩かっぽしなければならんのか。


「あ、ラクターさん。襟が少しズレています。じっとしていてくださいね。あ、こちらには葉っぱが。ふふ、こうしていると悪戯いたずらした後みたいですね」


 ……おまけにイリス姫はやけに機嫌がいいし。まあ楽しそうならいいけど。


する人間の心理は、このようなものなのでしょうか?』


 違う。この女神、学ぶべき用語のチョイスがぜったいに間違っている。


 とにかく!


 ルマトゥーラ王国の王から直々のお誘い。王都に行きたくないと我が儘言っている場合ではない。

 それに、だ。

 キリオの報告にあったように、エリスがもたらした瓶のことがある。

 一度、王都を訪れる必要があるとは思っていたところだ。

 何事もなければいいが……そう都合良くはいかないだろうな。

 もし王都で召喚獣騒ぎが起こった場合、俺たちだけで対処するのは難しいかもしれない。


 俺は心の中でアルマディアに声をかけた。万が一のときに備え、頼みごとをする。


『承りました。リーニャとルウにもその旨伝えておきましょう』


 女神はうなずいた。

 彼女の声を聞くことができる者は限られている。イリス姫やその従者たちに、余計な心配をさせずに済むのはありがたい。あとでそれとなく、アリアにも頼んでおこう。


 ――カリファ聖王国の境界、森の出入口が見えてきた。


「…………は?」


 俺は思わず口をぽかんと開けて呆けてしまった。

 森を出てすぐ、街道沿いにずらりと騎士が並んでいたからだ。

 立派な馬に乗った、ひときわ強そうな騎士がやってきて、馬上で敬礼する。


「お待ちしておりました。ラクター・パディントン陛下、イリス姫殿下。ここからは我らが先導いたします」

「先導……?」

「おふたりはどうぞ、あちらの馬車にお移りください」


 恭しく示された先には、細かな彫刻が施されたっかそうな馬車があった。しかも屋根なし。俺が転生する前の世界で言えば、純白のオープンカーといったところか。


 俺は生まれる前も後もれっきとした庶民である。思わず聞いた。


「靴のまま上がっていいのか?」

「は?」

「なんでもありません」


 さびだらけのブリキ人形のように無理矢理笑うと、俺は書記官野郎を振り返った。


「どういうことだ、これは」


 小声、低音で聞く。キリオはいつものように眼鏡のブリッジを上げた。


「舞台は整いました」

「頼んでぇって言ってる」

「すでに王都の目抜き通りでは、王城の者たちが人寄せと交通整理を行っていることでしょう。何事かと集まってきた人々のところへ、颯爽と我々が現れ、行進する。これ以上ない凱旋パレードです」

「それヤラセって言わないか書記官」

「インパクトが大事なのです。我らが国王陛下もおっしゃっていました」


 あ、りぃ。


「ラクター陛下がどうしてもとおっしゃるなら別の方法も考えますが……此度のパレードのために市中しちゅうを駆けずり回った者たちの苦労が水泡に帰しますし、なにより、ほら。お隣の姫様が非常に悲しそうなお顔をされているではないですか。『私と一緒ではやっぱり駄目なんですね……』と」


 ず、りぃぃぃぃっ!!


 書記官の言葉通りの表情を浮かべたイリス姫をなだめ、馬車の席に着く。隣には着飾った一国の姫。なんだこれ。


 馬車の昇降口にキリオとスティアの双子従者が張り付いてこちらを見上げていた。俺は心を込めて言う。


「後で覚えてろよ貴様ら」

「ぜひそうしてください。我々はラクター陛下からのご報告を心待ちにしております」

「陛下の方から覚えていただけるとは、筆頭騎士として願ってもないこと。ぜひ姫様の一挙手一投足を私たちにお示し下さい。それが何よりのご褒美です」

「……やっぱ覚えてなくていい」


 双子従者が敬礼して後方に下がる。

 がっくりとうつむく俺。気遣って肩をさすってくれる姫。


 一頭の馬が隣に来る。馬上にはアリアがいた。


「あんたも大変ね」

「……マジでこの精神状態で王都に乗り込めと?」

「同情するわ。その上で言うけど」


 アリアが辺りを見回す。つられて俺も辺りを見回す。

 王都に続く主要街道のひとつを、物々しい騎士や派手な見た目の男女やデカい鳥が列をなして占拠している。

 はるか後方では、商隊らしき一行が行く手を遮られ、何事かとこちらを見ていた。


 大賢者サマは言った。


「さっさと進め」

「わあったよ!! ――出発だ!」


 俺の一言に安堵したように、騎士隊長が王都へ向けて凱旋を指示した。

 凱旋? なんの?

 俺が知るか!



  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る