第34話 〈side:勇者〉大賢者、敗北のとき(1)


「あああああああああぁぁぁっ、もうっ! ムカツクぅぅあああああっ!!」


 私は叫んだ。そうしないとやってられないほど、イライラしていたのだ。


 ――クソ勇者スカルと性悪聖女エリスによって、王都の研究室を追い出されてしまった私。

 大賢者アリア・アートの名が泣いている。今ならその涙で大魔法が創れてしまいそうだ。それほど、ドロドロした感情が渦巻いている。


「ふーっ、ふーっ」


 荒い息をつく。まるで獣だ。

 ほんと、馬鹿みたい。馬鹿馬鹿しい。ほんと馬鹿。


「ふーぅ……」


 少しだけ、落ち着いてきた。


 頭に血が上って、後先考えずに聖森林まで転移してきてしまったが、これは明らかに失敗だった。

 二週間前、実験のちょっとしたミスをフォローする流れで、ここの拠点を一度焼き払ってしまっていたのだ。転移してからそれを思い出すなんて。


 それもこれも、勇者たちが悪い。あいつらが私を追放したからだ。そんなことをすれば、いかに大賢者といえど冷静さを失うのは当然なのだ。


 そうだ。追放といえば。


「あいつ、今頃どうしてるかな」


 ……すぐに名前が出てこない。荷物持ちばっかりやらせていたから、全然興味なかったんだな、私。まあ仕方ない。その程度の男だったのだろう。


 そうそう、思い出した。ラクターだ。

 あいつも勇者スカルに追放された人間だ。

 私と同じように、勇者への恨みを募らせているに違いない。


 そうだ、よく考えよう。

 対勇者用に開発した大魔法――その威力を私は微塵も疑っていない。だが、それを私が馬鹿正直にぶつけてしまえば、追放時の騒動くらいじゃ収まらない。


 でも、もし、ラクターがその魔法を使ったとしたら?

 追放されたことを逆恨みした底辺男が、傷心の大賢者を脅して魔法のコントロールを奪う。私は抵抗するも、力及ばず止められない。だが残された力を使って男を取り押さえ、犯人として王城へ連行する――。


 悪くないじゃん?


 そのときに私の状態を改めて調べてもらえば、あの性悪聖女によって呪いをかけられたことも明らかになるはずだ。


 うんうん。悪くない。


 あの女、力だけは一流っぽいから、いまだに力が戻り切らないんだよね。悔しいけど。

 でも、この案なら向こうから呪いを解除させてくれと頭を下げてくるかも。

 まあ、その程度じゃ私の腹の虫は収まらないけど、聖女の資格剥奪くらいで許してやってもいい。


「あは、いいじゃんいいじゃん」


 さて。そうと決まればラクターの奴を捜さないと。確かこの森に入ったって話だったわね。イリス姫様絡みの噂によると。

 うーん、広。でもまあ、なんとかなるでしょ。

 私、大賢者だし。


 少し機嫌が戻った私は、お気に入りのとんがり帽子のひさしを整えた。


 そのとき。


「……アリア・アートか」

「んん?」


 どこかで聞き覚えのある声……と思って顔を上げると、なんとびっくり。当のラクター本人が現れたじゃないの。

 おお、これはラッキー。さすが私。大賢者サマ。まだ運も味方に付けていたのね。

 私は胸を張って答えた。


「久しぶりじゃないの、ラクター。元気そうね」

「……ああ。おかげさまでな」


 警戒心も露わに返事するラクター。

 まあ無理もないか――と思えるほどには私にも余裕が出てきていた。

 ただ、余裕が出てきた分、余計なものも目に付くようになる。


 ……ちょっと。なにあれ。

 あの男、いつの間にふたりも仲間を増やしてるワケ?

 しかもなに? 両方結構な美人じゃないの。え、あんたも両手に花って言うつもりなの?

 それ、まんまクソ勇者と同じじゃん。


 あ、ダメだ。勇者のことを思い出したら急にイライラが戻ってきた。心の余裕が一瞬で吹き飛ぶ。向こうの出方次第じゃ、ちょっとくらい譲歩してあげてもいいかなーとか考えてた慈悲の心が急速にしぼんでいくのがわかる。


 全部、男どもが悪い。ラクターが悪い。そう決まった。


 そもそも、あれなに。緑色の髪した女。気持ち悪いくらいでかい胸。頭の栄養がぜんぶ胸にいったクチ? おいこら、その凶器を今すぐどけろ。

 ……気がつくと、私は自分の胸をポンポンと触っていた。

 うん。ムカつく。でも悔しいから笑ってあげる。


「ねーえラクター。ちょっとお話があるんだけど、いいかしら」

「ちょうどよかった。俺もお前に聞きたいことがある」


 おや? これは話が上手く進む予感?

 うん。ダメ。私だけイラついてるのは気に食わない。まずはあんたがひれ伏せ。情けない姿を見せて、私をたのしませてよ。ラクター。


「――――ッ」


 私は小声で高速詠唱をする。周りにバレバレな馬鹿声で詠唱するなんて三流のすることだ。私の詠唱速度と精度は、王都の誰も真似はできない。

 ラクターから見れば、なんの前振りもなく大きな火球が出現したように感じるだろう。

 一瞬、くらりとくる。くそ、性悪聖女の呪いが効いてるのかな。

 まあこれくらい、魔法の行使には関係ない。だって私は大賢者。


 まずは、コレでビビらせてやる。どっちが上位者かわからせる。話はそれからよ、ラクター!


 挨拶代わりの魔法を射出する。

 ほら、弾速は緩めにしといたわよ。さっさと避けるか、申し訳程度の防御姿勢でも取りなさい。そしたら思いっきり笑ってあげる。とっても楽しみ。


 さあ。

 さあ――!


「……………………ふぇ?」


 あれ、なに、この間抜けな声。

 もしかして、私の声?

 そんな、まさか。嘘ウソ、あるわけないわよ。


「そうよ、あるわけ、ない」


 額と背中に冷たい汗がにじむのがわかった。


 ――ラクターは、その場から一歩も動いていない。ただ、右手を私の方に向けただけ。

 それだけなのに。


 私の魔法が、


 いや、違う。よく思い出せ私。大賢者だろ。

 火球がラクターに迫ったあのときだ。すごい魔力を感じた。上から空気の塊が火球を押しつぶした。まるで実験用のカエルを踏み潰すように。

 魔法だ。間違いなく魔法だ。でも、待って。待ってよ。


 あいつ。ラクター。

 ラクターは、


 それに……それに……っ。


「相変わらずだな、アリア。大賢者が聞いて呆れるくらい、清々しいほどの卑劣ぶりだよ。どうせ、ビビった姿を見せてたのしませろ――とか考えてたんだろ。だがな」


 ラクターが私を侮蔑ぶべつする。そのことを怒る余裕もないほど、私は混乱していた。


 ――それにっ、挨拶代わりとはいえっ、私の魔法を簡単に潰したっ、潰せたってことはっ……。

 ――あいつの魔法は、私よりも――上!?


「俺はもう以前とは違う。お前が隠してるヤバい話、きっちり聞かせてもらうからな。大人しくしろ、アリア!」




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