第32話 授かる魔法、与える居場所


『ラクター様』


 出発の準備を進める俺に、アルマディアが声をかけてきた。

 振り返ると、大精霊ルウを先頭に、動物たちがずらりと並んでいる。魂動物たちも一緒だ。


 魂動物たちは、大神木の結界内だとより長く存在し続けることができるようだ。同胞たちを護るためこの場所に残る決断をしたと、俺はリーニャから聞いている。

 すまないな。俺がもっと力を付けていれば、他の奴らと同じように、自由に森の中を動けたはずなのに。


 ルウが俺の前まで進み出る。

 俺たちに、聖森林異変の原因を示してくれた彼女。だが、大神木の精霊であるルウは、この結界から外に出ることができないらしい。


 アルマディアが言った。少し、無念さを感じさせる口調で。


『ルウ。あなた、やはりもう移動することもできないのですね……』

「そうですね~。少し前なら、それも可能だったのですが~」


 例のドラゴンや、他の地域に遺棄された魔法生物の対処で、かなりの力を消費してしまったと教わった。

 アルマディアが歯がゆく思う気持ちはわかる。

 いっそ、ルウも俺を依り代にすることはできないのだろうか。


『ラクター様。お気持ちは立派ですが、どうかお考え直しください。いくらあなた様でも、神と同等の力を持つ存在をふたつも宿せば、魂に悪影響は避けられないでしょう』

「むう……」

『私たちのために、あなた様が苦しみ壊れる姿を見たくはありません』


 わかったよ、とうなずく。

 女神の力――【楽園創造者】であっても、ままならないことはたくさんあるなと、俺は改めて思い知った。


 大精霊ルウは、相変わらず慈愛の微笑みを浮かべている。


「ラクター、ありがとうございます~」

「いや。礼を言うのはこちらの方だ。おかげで原因と目的地がはっきりした。ばっちり回復させてもらったしな」

「まだまだ~、お礼し足りません~」


 そう言ってさらに近づいてくるルウ。圧倒的なボディライン。

 さっきのセリフと相まって、非常に危険な匂いがする。


「主様。交尾か?」

『ラクター様。でしたらもう一日滞在されますか?』

「お前たち……」


 素で間違いを犯させようとする頼もしい仲間どもを、俺は睨んだ。

 ルウはわかっているのか、いないのか、微笑みを浮かべたまま小首を傾げる。


「もう少し実体化を強化した方がよいですかね~?」

「だあああ、もういい加減からかうのはやめてくれ! で!? なにか言いたいことがあるんだろ、ルウ!」

「はい~」


 眠くなるような優しい声音で、大精霊が抱きついてきた。

 という超絶破壊力を秘めた必殺技――おそらく無意識――を受け、俺は三度気が遠くなりそうになる。ええい、気をしっかり持て!


「本当は同行したいのですが~、わたしはついて行けません。なので、代わりにわたしの魔法をお伝えしようかと~」

「……なんだって? 魔法?」

「ラクターが眠っている間、アルマディアから聞きました~。神力を高めるため、さまざまな魔法を習得しようとしていると~」

『彼女は大精霊。私とは違う系統の魔法を使えるはずです。新しい刺激は、あなた様をより高みへと導くはず。どうかルウの餞別せんべつ、お受け取りください』


 アルマディアも真面目な口調で進言してくる。

 俺に、いなはない。

 だが、どうやって?


「ラクターの身体は、気持ちいいですね~。癒やされます」

「……おいルウ。頼むからそういうのは」

「さあ、力を抜いてください~」


 戸惑う俺にそう語りかける。

 すると、俺たちの周りに大きな花びらが現れた。つぼみのように俺とルウを内側に包み込む。

 ルウの体温が心なしか上がった気がした。俺の全身に熱が伝わってくる。けど、それは決して不快なものではない。


「アルマディアほどではないですが~、この中でなら、あなたにわたしのイメージを伝えられます~」


 こつん、とルウが額をくっつけてくる。


「わたしの胸元に注目してください~」

「無理」


 訴えは無視される。

 穏やかな息づかいがすぐ近くだ。


 すると、視界に光を感じた。彼女の言葉通り、深くて大きな谷間に、光る種が浮き上がる。

 密着した身体ごしに感じる。ルウの神力が凝縮され、種の形に生成されていく流れが。

 種はひとつ、ふたつ、みっつと増えていく。


 ――ふと、大精霊と視線が重なった。

 深い深い水の色をした瞳。そこに、俺はイメージを見た。


 種のひとつは、発芽して四方へ伸びる蔓に。

 別の種は、見たこともない豪奢な鳥へと変化。

 そしてもうひとつの種は――派手に爆発した。


 ルウがまばたきする。イメージが消え、元の優しげな目に戻る。気がつくと、胸元の種も消えていた。花びらの結界もすぅーっと薄れていく。


「今のが、私の魔法です~」

「あれが……。種に神力を込めて任意の効果を発動させる、ってとこだろうか」


 実に大神木の精霊らしい。

 イメージからすると……主に『召喚』と『爆弾』。後者が物騒すぎる。

 まあ感情を抜きにすれば、非常に有用だ。アルマディアのグロース系魔法とは違い、魔法をあらかじめ準備して、携帯することができそうだ。用途の幅も広がるだろう。


『ラクター様。よろしければルウの魔法を『シード系魔法』と呼称したいのですが。いかがでしょう』

「ああ。いいね。わかりやすい」


 コツはなんとなくつかんだ。いきなりルウほど上手くは使いこなせないだろうが、必ず役に立つはずだ。


「ありがとう。ルウ。大事に使わせてもらう」

「いいえ~。この魔法をわたしだと思って~、大事にしてください~」

「相変わらずのセリフだなあ」


 いい加減呆れた俺だったが、ふと、閃くものがあった。

 俺の方からルウの両肩を握る。


「あらあら~」

『積極的ですね。私は肯定します』

「主様。やっぱり交尾か?」

「集中するから黙れください」


 黄色い声を耳からキックし、呼吸を整える。


 まずは、覚えたてのシード系魔法を発動。身体に巡る神力を集め、種の形に凝縮する。

 GPゲージが数ミリ減った。種を作るだけならこれくらいで済むようだ。

 俺はさらにGPをつぎ込む。種の大きさは変わらないが、まるで生きた心臓のように、種の中の光が脈動し始める。

 込めるイメージは、召喚。


 そして、もうひとつ。



 ――『楽園創造』。



 シード系魔法発動に費やしたのと同じくらいのGPを使い、俺はこの小さな種をすっぽり包むような結界を創りだした。

 俺とルウの間に、不思議な種が浮遊する。

 虹色に薄く輝く綺麗な立方体の中心に、深い水色をした種が浮かぶ。ルウの瞳と同じ色だ。立方体は、大神木の結界と同じ姿――。


 顔を上げると、初めて見るような驚きの表情をしたルウがいた。俺は彼女に言った。


「ルウ。この種を依り代にすれば、結界の外にも出られるんじゃないか?」

 

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