第18話 〈side:勇者〉大賢者の失態
私の名前はアリア・アート。
ルマトゥーラ王国が認めた最高の大賢者。
百万年にひとりの天才と言われているわ。この前の
ま、晩餐会はすぐ帰ったけど。あのキラキラした感じ、私には無理。居心地悪い。
私の機嫌がいいときに、向こうから来てくれるならいいんだけど……晩餐会って、そうはいかないでしょ? 皆、自分の都合ばっかり。
――嫌なことを思い出した。
そういえば勇者の奴、私が晩餐会を抜け出したのを知って無茶苦茶煽ってきやがったわね。「お前、ぼっちだもんな」とか何とか。
うるさい
たとえ勇者装備といえどもタダじゃすまないからなコラ。
いつもの口げんかだ。
けど最近、ただの口げんかが口げんかで終わらない感じになってきた。
なんていうかさ。イライラすんのよね。
ストレス発散の場所がなくなったというか。
ちょうどラクターの奴がパーティを去ってからかなあ。
なーんか、うまくいかないのよね。
うーん。けどなあ。あいつが居たら居たで、イライラしてたしなあ。
なんていうの? ああいう、いかにも「俺頑張ってますー!」とか「皆のためにー!」とか言う奴、嫌なんだよね。綺麗事言ってんじゃないよと思う。
勇者パーティってさ、圧倒的な力で敵を殲滅してこそでしょ。
ラクターが居たときは、よくこういう話をして、あいつの悔しそうな顔を見るのが好きだったんだけど。
あー、もう。まとまりがない。
実験に集中だ、集中。
――今、私はカリファの聖森林の奥地にいる。
スカルにも内緒で作った、個人的な魔法研究所だ。
人がいるとウザいので、いつもひとりだ。聖域の奥も奥なので、誰も近寄ってこれない。
その点、私は百万年にひとりの大賢者だから、転移魔法でぴょーんだ。疲れるから多用はできないけど、ひとりの平穏には代えられない。
ひとりはいいぞ。ぼっちって言うな。
最近は、とある極大魔法の研究に勤しんでいる。
きっかけは、勇者スカルのセクハラ。
あいつ、私のお尻まで触ってきやがった。「たまには昔の感触も」ってふざけんな。他の女にしなさいよ。いつもやってるみたいに。
……ってことで、勇者スカルでもぶっ飛ばせるような魔法の開発に取り組むことにしたのだ。無駄に強いし堅いからな、あいつ。ちょっとやそっとでは傷ひとつ付かない。
完成した『コレ』で脅したら、あいつはきっと慌てるだろう。そのときの顔を見るのが、今から楽しみだ。
「……けほっ」
咳き込んだ。気がつけば喉がカラカラになっている。
いかん。また悪い癖だ。この研究所にいると気が緩んで、思っていること全部口に出してしまうんだよな。無意識に。
けど私は痛い女ではない。なぜなら百万年にひとりの大賢者だから。他の皆もそう言ってるし。
――研究所を出て、少し森を歩く。
あらかじめ風の魔法で伐採した平地に、藍色の綺麗な球体が浮かんでいる。
大きさは、だいたい半径一メートルほど。順調に成長しているようだ。
私の魔法研究の成果だ。
この魔法は、火・水・風・土のいずれの属性にも当てはまらない。いわゆる無属性魔法。
周囲の魔力と生命力を集め、あらゆるものを内部で崩壊霧散させる超威力の結界を作り出すのだ。
本当は大爆発の方がロマンがあって好物なのだが、仮想標的は勇者スカルだし、王都ごと吹っ飛びかねないので自重した。私、優しい。
「さて、続きといきますか」
私は詠唱した。魔法の球体を活性化させる。
まだ研究途中なので、詠唱もそれなりに長い。若干、声
藍色の球体がうっすらと輝きを放ち、回転を始める。すると周囲からさまざまな色の光粒が集まってきた。魔力と生命力が可視化された光だ。
さすが聖森林。まだまだ元気だね。
光の粒は、魔法球体にどんどん吸い込まれていく。それに伴い、球体の回転速度はどんどん上がっていった。
「……あれ?」
背中にちょっと冷たい汗が出た。
想定よりも勢いが強い。
集まってくる魔力や生命力の量が多すぎる。
バキバキッ――と大きな音がして、私はびっくりした。近くの樹が朽ち果て、根元から折れる音だった。
他の樹も、急速に枯れていく。ひび割れた地面の上に、何かの動物の骨が転がった。
や、どうして? 私、ちゃんとやったよね?
詠唱とかも完璧に――。
「あ」
さっきの声嗄れ状態。もしかしたら、あれで魔法のバランス調整ミスった?
「あ、あ、あ。まずい、まずい。ヤバいヤバい」
背中だけでなく脇汗もすごくなってきた。
このままだったら森が枯れる。そうなったら怒られるだけじゃ済まないかも。
えーと、えーと。
「
私は思いつきのまま、地面に渾身の魔法を放つ。
轟音を上げ、地面がえぐれる。衝撃が辺り一帯に広がり、鳥たちが驚いて飛び上がる。
良い感じに大穴が空いたので、魔法球体を底に押し込んだ。
「
その上から地属性魔法を放ち、球体ごと穴を塞ぐ。
余波で平地の面積は十倍くらいに膨れ上がったが、まあ大丈夫。まだ森はあるし。
額の汗を拭い、塞がった場所をじっと観察。
魔力と生命力の流入は――まだちょっと、続いていた。
「あ、うん。大丈夫大丈夫。綺麗綺麗」
私はうなずくと、踵を返して研究所へ。
中から大事なものを回収すると、そのまま研究所を極大火炎魔法で焼き払った。
結構気に入ってたんだけど。まあいっか。また作れば。
うん。そう。これで解決。きっと誰にもわからない。
「かーえろ。寝たらなんとかなってるよね」
私は自慢の転移魔法で、その場を後にした。
◆◇◆
――自称、百万年にひとりの大賢者が森を去る瞬間。
いくつかの光粒が、彼女の身体にまとわりついた。まるで追いすがる怨霊のように。
あまりに小さな力ゆえ、大賢者はその存在に気づかない。
その様子を遠くから見つめる者がいた。
人間ではない。
それは、巨大な御神木だった。
森の動植物たちの力が徐々に、しかし確実に削り取られていく様子を見て、その御神木はつぶやいた。
『これは~、もう駄目かもしれませんね~』
すべてを受け入れ、耐えてきた存在特有の、達観した声だった。
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