まあちゃんとくまさん
末咲(まつさき)
まあちゃんとくまさん
春の柔らかな陽射しが降り注ぐ午前中、まあちゃんは初めてお母さんと図書館に来ました。お気に入りのワンピースにイチゴのカバンを持って、とびきりオシャレしています。
図書館の中は、広くて、静かで、本棚がいっぱい!
まあちゃんは「まあ!」とびっくりしました。
お母さんが「しーっ」と人差し指を口に当てて、まあちゃんに顔を近づけます。まあちゃんも真似をして、「しーっ」と楽しそうに笑いました。
絵本コーナーに行くと、絨毯の周りをぐるりと本棚が囲み、たくさんの絵本が待っていました。まあちゃんは嬉しくなって、ぴょんぴょん跳ねながら「まあ!」と笑いました。
お母さんが「しーっ」としましたが、「でも、今は他に誰もいないから、小さい声でならお喋りしてもいいよ」と笑いました。まあちゃんは嬉しくなって、お母さんのほっぺにほっぺをくっつけて、小さく「まあまあまあ!」と喜びました。
「その前にお靴を脱ごうね。まあちゃんはお靴を脱げますか」
「まあちゃんは、お靴、脱げますよ」
まあちゃんは絨毯に座って靴を脱ぎました。少しだけお母さんが手伝ってくれました。
絨毯にはテーブルやマットレス、大きなくまのぬいぐるみがあります。まあちゃんはぬいぐるみに突撃しました。
「痛い、痛い、びっくりした」
ぬいぐるみは大きな松の木のようなしわしわだけど心地良い声で、のんびり言いました。
まあちゃんはびっくりして「まあ!」と叫ぶのを手で抑えて、お母さんを見ました。お母さんは、まあちゃんのために絵本を探しているので気付いていません。まあちゃんは、今度は優しくぬいぐるみを抱き締めると、小さな声で「ごめんなさい」と謝りました。
くまさんはフォフォフォと穏やかに笑うと、まあちゃんの顔を見つめました。
「君は初めて見る子だね。ぼくは、くまさん。君の名前はなんだい?」
「まあちゃん」
「まあちゃんはどんな絵本が好き? ぼくに読んでくれないかい」
「いいよ!」
まあちゃんは力強い小声でうなずくと、お母さんの背中に抱きついて、手元を覗き込みました。まあちゃんが好きな絵本、面白そうな絵本、難しそうな絵本、色々あります。
「どうしたの?」
「くまさんが、」と言いかけて、口を手で抑えました。なんとなく、お母さんには内緒にしたほうがいいと思ったからです。
「くまさん? ああ、大きなぬいぐるみがあるねえ。お友だちになれた?」
「うん。ねえ、お母さん、くまさんが好きな物ってなあに?」
「そうだなあ、ハチミツかな?」
「ハチミツ!」
まあちゃんはお母さんから離れると、本棚を見て回りました。タイトルの下にミツバチのイラストが描かれた絵本を見つけて、「まあー」とにっこり笑って引っ張り出しました。
〈みつばちのぼうけん〉と書いてあります。ページをめくると、可愛らしいミツバチたちが賑やかに描かれていて面白そうです。ひらがなだし、カタカナにも振り仮名がふってあるので、まあちゃんでもなんとか読めそうです。まあちゃんは喜び勇んでくまさんのもとに戻ると、「じゃーん」とくまさんに見せました。
ところが、くまさんは「いけない、いけない、それはこわい!」とぼそぼそ情けない声で縮み上がりました。
「その絵本は、クマがハチミツをもらおうとして、ミツバチたちにたくさん刺されるんだ。こわくて、こわくて、たまらないよ」
「まあー、じゃあ、ちがうの探してくるね」
「ありがとう、まあちゃんは優しいね」
くまさんはホッと肩を撫で下ろしました。
まあちゃんは再び本棚とにらめっこです。
くまさんの気持ちになって、くまさんが好きな絵本を探そう。
まあちゃんは頭の中でくまさんごっこをしました。
春、暖かくなって冬眠から目が覚める。洞穴を出ると雪が溶けていて、空は青くて陽射しが暖かくて眩しい。風はまだ少し冷たいけれど柔らかくて優しくて、草花の美味しそうな匂いがして…、
ぐー。
まあちゃんは自分のおなかの音にハッとしました。
まあちゃんも、くまさんも、おなかが空いている。ハチミツ。これだ!
まあちゃんは必死に絵本を引っ張り出して探します。あの絵本、お母さんが読んでくれたことのある、大好きなあの絵本。
「まあちゃん、どうしたの?」
たくさん絵本を抱えたお母さんに振り返り、「まあ!」と指差しました。
ありました、ホットケーキの絵本!
まあちゃんはお母さんから大好きなその絵本を受け取ると、くまさんに「じゃーん!」と見せました。
「それ! ぼくも大好きなホットケーキの絵本じゃないか。メープルシロップの代わりにハチミツをたっぷりかけるんだよね」
「まあちゃんも、好き!」
「それは嬉しいね。こんなにたくさん絵本があるのに同じ絵本が好きだなんて、ぼくたち、もっと仲良くなれそうだ」
「まあー」
まあちゃんは嬉しいのと照れたのとで、にこにこしながら、くまさんにもたれかかるように座ると、絵本を大事に広げて、一生懸命ひらがなを読みました。たどたどしくて、たまにわからなくなると、いつの間にか隣に座っていたお母さんが優しく教えてくれました。
「おしまい!」
最後まで読み切ったまあちゃんが満面の笑みを浮かべると、お母さんが「すごいねえ、まあちゃん、絵本を読めるようになったんだね」と頭を撫でてくれたので、嬉しくて、「まあね」と大人びた返事をしました。
「さあ、そろそろ帰ろうか」
「もう?」
「もうすぐお昼よ」
「まあ大変!」
道理でおなかぺこぺこなわけです。
まあちゃんは、くまさんに抱きついて「またね、バイバイ」と別れを惜しむと、くまさんも「また来てくれるのを楽しみに待ってるよ、まあちゃん」と穏やかに返しました。
お母さんに少しだけ手伝ってもらって靴を履き、お母さんと手を繋いで、もう一度くまさんを見ました。くまさんは絵本コーナーの王様のようにどっしりと座って見送ってくれました。
たくさんの絵本を借りて図書館から出ると、陽射しの眩しさに目を細めました。冬眠から目覚めたくまさんの気分です。
「図書館、どうでしたか?」
お母さんの質問に、まあちゃんはにこにこしながら答えます。
「楽しかった! また行くの。お友だちと約束したんだ!」
「そっかー、それならまた行こうね。くまさんに会いに」
「うん。…あれ?」
お母さんにくまさんのこと話したかしら?と首を傾げるまあちゃんに、お母さんは悪戯っ子な笑みを浮かべて、人差し指を口に当てました。
「お母さんもね、小さい頃、くまさんとお友だちだったのよ」
「まあ!」
まあちゃんは、この日いちばん大きな「まあ!」を上げて、ぴょんと跳ねました。
くまさんが遠くでフォフォフォと笑ったような気がしました。
おしまい
まあちゃんとくまさん 末咲(まつさき) @suenisaku315
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